第8話 大好きで大嫌いなあなたはもういない

「お願いします!少しだけ話をさせてください!」


七瀬は明人に頭を下げた。


「話すことなんて何もないよ」


「私はある!お願い!」


七瀬の懇願に明人は困惑した。


「ごめん。見て分かると思うけど俺、今、彼女いるんだよ?」


そう言って隣にいる栞を指さした。


「黒川栞。高校卒業してから付き合ってる俺の彼女。それに七瀬だって今、彼氏いるでしょ?俺たち、もう終わったんだよ。話すことなんてないでしょ?」


七瀬は頭が真っ白になった。何故姿を消したのか知りたいだけなのに。こんなにも拒絶されるのか。


さらに明人は続けた。


「高校時代の恋なんてあってないようなもんでしょ?いつまで引きずってるの?」


そう言い残して明人は栞の手を握って立ち去った。


 七瀬はあまりのショックに言葉が出なかった。自分にとって初めての彼氏。色んな初めてを経験させてくれた彼氏。その彼氏に付き合ってたことさえなかったことにされるなんて思ってもなかったからだ。七瀬はその場に立ち尽くした。





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〜黒川栞の視点〜


「さっきのどういうつもり?何で私が彼女だなんて嘘ついたの?」


家に着いた瞬間、栞が聞いた。


「だって、、」


「あなた、私の告白2回も断ったよね?何?元カノの未練を消させるために嘘ついたの?」


「そうじゃないけど!でも今さら話すことなんてないよ」


「本当は怖いんじゃない?全部正直に話したらまた気持ちが戻っちゃうんじゃないかって」


「……」


「あんな嘘つくくらいなら本当に私の恋人になってよ!」


「ごめん。傷つけて。もう嘘はつかない」


「そうじゃなくてさ!」


栞は怒って明人の家を出た。



………ほんとに!何も分かってない!私がどういう気持ちで今の関係続けてると思ってるの?………


栞は半泣きになりながら一人寂しく歩き出した。








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〜笹井七瀬の視点〜


 七瀬は気持ちの整理がつかないまま、帰宅した。帰宅早々、楓に明人と出会ったこと、そして明人に彼女がいたことを話した。


「明人に彼女いたことにショックを受けてるの?」


「違うよ。ただ、、付き合ってたことまでなかったことにされてることに。結局、明人にとって私は数いる歴代彼女のうちの一人にすぎなかったんだなぁって」


「だから忘れなって!今あなた、幸せでしょ?何も言わずに消えたクズのことで悩む必要ないって!」


「そうなんだけどさぁ、、」


七瀬は頭の中でもやっぱり明人との思い出を回想してしまう。この6年間、必死に考えないようにしてたのに。少し会って話しただけですぐに思い出してしまう。それほどまでに初彼氏の明人の存在が七瀬にとって大きかった。




 一緒に撮ったプリクラ。スマホ内の写真。お揃いで買った帽子にペアコーデ。全て捨てたのに。愛した証を全て投げ捨ててきたのに。未練を断ち切るため、そして新しい日々へと歩き出すため。だって大好きで大嫌いな明人はもういないって分かっていたから。だから6年間、必死に未練を断ち切ったのに。





………ここまでして未練を断ち切ったのは私だけだったの?………








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〜河原良太の視点〜


 良太は考える。いきなり美波にキスされたという現状を。良太は根っからの陽キャで恋愛経験はそこそこあったが恋愛面に関しては真面目な人間であったため、浮気などは一切したことがなかった。もちろんキス等もちゃんと付き合った人以外とはしたことがなかった。



………美波って意外と軽い人なのか?………



 気持ちの整理をつけるために少し美波と距離を置きたいと考えていたが現在、シックスラインズとのコラボ企画中のため、明日も仕事で会わなければならない。それが何より気まずかった。明日は七瀬もいるのに。



 良太は七瀬が明人に気持ちが戻ってしまうのではないかという不安と美波といきなりキスしてしまったことへの罪悪感が重なり、押しつぶされそうになっていた。何とかして不安を解消したかったのだろうか、七瀬に『結婚式場、どこにする?なるべく早めに決めたい』とメッセージを送った。









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〜笹井七瀬の視点〜



_____ピロン。


 七瀬の元にラインが届く。良太からだった。



『結婚式場、どこにする?なるべく早めに決めたい』



七瀬はすぐに返信する余裕がなかった。今は一旦、今日のことに整理をつけて明日返信しようと思い、そのまま放置して眠った。









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 翌日。現在進行中の七瀬&良太カップルとグループユーチューバー、シックスラインズとのコラボ企画の撮影が続いていた。現場で七瀬と良太は顔を合わせたがプライベートな話題はあまりしない方がいいと思い、昨日のラインの話は触れずにいた。七瀬は心を落ち着けてから返信しようと思って放置してそのまま返信を忘れていただけだったのだが、良太は既読無視されたことに疑念を抱いていた。既読無視されたくらいで怒るほど良太は心が狭くなかったが結婚式場を決めるという大事なラインを無視されていたため、自分との結婚に躊躇いがあるのではないかと余計なことを考えてしまっていた。そんなことを考えていたため、その日の撮影は少し気まずい状態で終わった。




 撮影終わり。美波が良太の元にくる。



「今日、七瀬ちゃんと超気まずそうじゃなかった?なんかあったー?」


「別に」


「おっとー?これはお酒必要かな?」


「本当に何もないから!」


良太は押し切った。


「そんなに否定しなくても。あ、そうだ。来週の花火大会、何人かで行きたいねってなってるんだけどどう?」



「花火大会か!いいね!」


良太はイベントごとが大好きな人間。美波の誘いにすぐに乗った。



………花火大会かぁ………


二人の会話が偶然、七瀬にも聞こえてしまっていた。



………私は誘われないんだろうなぁ。みんなでワイワイイベント行くの、性に合わないし。でもSNSで充実した姿見せたいなぁ。花火大会行きたいなぁ、、………



 七瀬はこういう時にも良太との『住む世界の違い』を痛感させられた。




そして思い出す。



………明人といたとき、こういう気持ちになったっけ?………






結局、七瀬は楓を誘って花火大会に行くことにした。







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〜山口明人の視点〜


 明人が仕事から帰ると栞からラインが届いた。


『昨日は急に怒ってごめん。来週の花火大会、良かったら一緒に行かない?』



明人は栞のことを彼女と嘘ついてしまった罪悪感からその誘いに乗った。




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 複数人で花火大会に行く予定の良太たち。楓と花火大会行くことになった七瀬。そして栞と二人で花火大会に行く明人。この三人の行く予定の花火大会が全部同じ会場だということはこの時、誰も知らなかった。



 そしてこの花火大会をきっかけにみんなの恋がさらに複雑な方向へと進むことになる……。

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