カラーレス・ワールド

紫月音湖*竜騎士さま~コミカライズ配信中

第1話 わたしと彼女

 わたしの世界には色がない。


 皆が騒ぐ人気のアイドルや映えるスイーツが話題のカフェ、学園一のモテ男が誰々と付き合っているとか、正直そういう話にはまったく興味がない。


 朝起きて、ご飯を食べて、学校に行く。

 勉強をして、適度に運動もして、帰宅したらまたご飯を食べて、たいしてはまってもいないアプリゲームで適当に時間を潰して寝る。


 生まれてからまだ十七年。人生を語れるほど生きてもいないけれど、積み重なってきたわたしの十七年は今のところ空っぽだ。


 何もない。

 人に語れるだけの夢も、挫折も。

 

 毎日を何となく生きている。

 平坦で安寧な日々は退屈でも穏やかでもなく、ただ与えられた日常を機械のように繰り返しているだけだ。それをつまらないとか孤独だとか、そう感じられるほどわたしの心は生きていなくて――。



 わたしの世界には、色がなかった。





「それでいいんじゃないの?」


 雨上がりの屋上で出会った彼女は、そんなわたしを肯定した。

 自分のことを話す気はなかったのに、どうしてだか彼女を前にするとわたしの舌は饒舌になるらしい。

 彼女もまた、色のないひとだったからだろうか。無色透明。どこにでもあって、どこにでもない二人だから、混じり合えたのかもしれない。


「だって私たち、まだ子供だよ」

「法律ではあと一年で成人だけどね」

「成人って言っても、あと一年で一気に心まで大人になれる?」

「……なれないだろうね」

「だからさ、急ぐ必要はないんだよ」


 空を仰ぎ見て、彼女は笑う。まるでその先に広がるのが、色鮮やかに花開く未来であるかのように、尊く、羨望に満ちたまなざしで。


「きっとこの先、あなたは何色かに染まっていく。それがしあわせな色か絶望の色かはわからないけれど、無色のあなたは何色にでもなれるから」


 トンッ、と軽くステップを踏んで背後に飛んだ彼女のからだが、ふわりと浮いた。無色の彼女に、ほんのりと寂しさのブルーが入り混じる。


「だからなるべく優しいものにたくさん触れて、あなたの心をゆっくり育ててみて。疲れた時は目を閉じて、休んでもいいんだから」


 面倒くさいとも、楽しいとも思えなかった。今は、まだ。

 青空に溶けて消えていく彼女が、「それでもいい」と笑ってくれた気がした。


 大人になる前に、この屋上から無色のまま飛び立ってしまった彼女の名をわたしは知らない。

 彼女の代わりに何かをしてやろうとか、そういう気持ちではないけれど――。


 雨上がりの空。

 彼女の寂しさブルーにかかった虹の七色は、わたしの世界に初めての色を落とした。



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