名工の器

魚田羊/海鮮焼きそば

俺と三ッちゃん

 らっしゃい。

 初めて見る顔だね。今日は何かお目当てでも? ああ違う、売るほうね。何を出してくれるんで。

 

 ……ほう。見せて貰えるかい。


 これはこれは。

 忌川三ツ夫いみかわみつおの晩年の作。平鉢ひらばちが一個に、湯呑ゆのみが五きゃくと。あんたそう云ったね。

 怯えるんじゃァないよ。これでも目は確かと評判でね。よっぽどのことがなけりゃ、何だって相応の値をつけるさ。そんで、これァ確かに逸品だ。発色も鮮やか。言葉は無用。


 鑑定の前に一ついいかい。あぁ、嫌ってンならそれ以上は訊かないよ。

 ――あんた、三ッちゃんとはどういう関係で?


 そうか、あんたが三ッちゃんの云う『尚ねえ』かい。よおく覚えてるよ。あいつから家族の話を聞くってのは、この辺に雪ィ降るより珍しかったもんだ。

 三ッちゃんが独立するまで姉弟二人暮らしで、あくせく日銭を稼いでやってたんだってね。陶工の卵ったって風来坊と変わり無ェのは、三ッちゃんも分かってたんだろう。いつだったか、あんたに感謝してたよ。

 生きている内に伝えて欲しかった? ハハッ、そりゃもっとも。

 

 あいつァ生前、これ締めて百万はくだらんと云ってたのかい? そうかそうか。売っぱらう理由わけァ訊かないよ。無論あんたの自由だし……予想もつくからね。

 そう云う旦那こそどこの誰よ、だって? 三ッちゃん呼びの辺りで察しとくれ。

 まあ、兎角とかく云うんじゃァない。俺とあんたは、只の美術商と客。そうだろう。

 

 さァて、鑑定といこうか。



 

 


 驚いたかい、贋作で。

 にしちゃずいぶん色をつけたねって? あんた、それは野暮だよ。

 さて。

 あんたが売ったこいつは確かに忌川三ツ夫の作じゃァないが、さっき云った通りの逸品だ。覚えとくれ。

 

 そんじゃ失礼。

あんたもさっさと帰るといい。それが互いのためってやつだよ。

 


 

 


 そうかそうか。人の縁ってのは不思議なもので。てめぇが死んだあと、俺が工房を畳んで商いに回ったのも。尚ねえとやらが何も知らずにあれを俺ンとこへ持ち込んだのも。ひとえに、定めだったんだろう。

 俺の道はいずれ噓っこきてめぇと交わる決まりだったと、お天道様がおっしゃるわけだ。

 なあ三ッちゃんよ。

 創れなくなりつつあるとは知っていた。常に新しいモノを求められる立場ってのは、俺には想像できねェ厳しさがあるんだろう。そりゃ泉の水も枯れるわな。

 只ねェ。

 ――俺の工房の肥やしになっていた試作品を盗み出し、忌川三ツ夫てめぇの銘で美術商に流していたなど、思いつけってのが無茶な話だ。赦せってのは、無理な話だ。

 俺と三ッちゃんは、それでしまい。次に会ったのは墓前だったよなァ。


 買取金に色をつけたのは、死んだ親友の姉に恩義を図りたいがゆえ。尚ねえはそう受け取ったようだが。あらァ買い被りだわな。

 全部ぶち撒けてやりたかった。それだけだ。


 『あれは、俺の作だ』

 『堕ちたてめぇとは違う』

 『百万ぽっちの値じゃ済まねェ』


 蒐集家に泡吹かれても困るからねェ。懐にしまったまんまここまで来たが。あいつの只ひとりの家族だったあんたにだけは、抑えきれんかった。

 すまないね、尚ねえ。

 あんたとは、三ッちゃんが陶工でいる内に出会いたかったもんだ。

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名工の器 魚田羊/海鮮焼きそば @tabun_menrui

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