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 俺の中で、ルドルフ・マルティアンという男子生徒の第一印象は優しいやつだなと思った。


 生まれ落ちた世界の環境がどんなに悪くても、逆境に抗って、笑って、友情を育んで、時には友が馬鹿にされれば本気で怒れる、王道な主人公。


 対して俺はどうだろう、と不意に考えたことがある。

 喰って、寝て、働いて、必死になって勉強するのもいつからか馬鹿馬鹿しく思えてきて。学生時代にダチだったやつと、疎遠になって……まあ、笑える。娯楽として作られた、ただの作品である主人公と比べたって意味無いのに。


「必死だな」


 ふと、口から溢れた。特に愚弄したつもりはない、それでも発言してから最低なことを言っているのを理解してしまった。



 俺は今、ギルタ・カーディとして、ルドルフに背負われていた。所謂、おんぶされてる。

 どうしてそうなってしまったのか、そんなことは校長にでも聞いてくれ。


『カーディ君を寮の部屋まで送り届けること』


 と、ルドルフに念押しで言っていた。


 別に、俺は他のモブ二人に比べて大きな怪我はしてないし、ルドルフの武器である日本刀が軽く手に擦れたくらで大したものでは……と、思っていたのだが実際のところ、日本の平々凡々な生活から急遽変わった世界に腰が抜けていた。要するに、あくまで彼にとって効率的な手段でしかない。


「まあね。早くビズくんたちの方を手伝いから」

「……さいですか」


 そりゃそっか、主人公だもな。


 苦労した過去があれど、彼の物語は学園に入学してからになる。

 これは本編でもルドルフの心理描写が無いから推測でしかないが、今の優しい環境を守ることに必死なのかもしれない。……って、どこかの考察ブログで見たことある。


 前方から風を切る。

 同じ男におぶられてる、という非常に情けない姿だが不思議と心地良さを感じていた。


「ねぇ、ボクからもひとつ聞いていい?」


 軽い思考の末、俺は渋々答える。


「どうぞ」

「うん、ありがとう。キミはこれまで、入学からボクに三回くらい喧嘩を吹っ掛けて来てるよね。まあ、名前に関しては……さっき知ったし、キミたちがボクに言いたいことも、痛いほどわかる」


 ――魔法が使えないくせに。校長のお陰で入学出来たくせに、調子に乗るなよ。


 これまでルドルフが何度も浴びた言葉の数々。

 恐らく、俺も……正確には、俺という望月悟の記憶が蘇るまでにも言っていたはずのギルタや他の生徒たちの台詞。彼は責めた発言をしたいのではない、それでも視線を下に向ける以外には出来ることなど限られていた。


「ごめん、前置き長くなったね。本題の質問について。どうしてキミはさっき、手を抜いたの?」

「っ……!?」


 何となく、ルドルフの言いたいことを理解してしまった。


「あれ、今度は飛躍し過ぎたかも。えっと、何が言いたいかというと戦闘の時にキミはこれまでの三回、ルーカスくんほど威力はなくても、ボクを的確に狙っていた」


「……っ。そ、それが?」

「うーん、まだ伝わらないか。そうだな……急激に弱くなった」


 冷や汗が浸る。

 つまり今までとは動きが違う、ルドルフはそう言いたいのだろう。当然だ、だって見た目は同じでも中身は全然違う人間で……いや、これをルドルフに言ったところで何になるのか。そもそも、正体がバレたとて。


「確かにキミは、火属性の魔法が得意なのかなとは思ってた。ボクは魔法のことはよくわからないけど。ビズくんたちは基本となる地水火風の四大属性の中でも火を扱うのが一番難しいと言ってたから。名前がわからなくても、キミのこと一目置いてたんだ――なのに、さっきのは失望だよ」


「………………そう」



 失望、か。

 だって、だって! だってだって、使ったことないんだから仕方ないじゃないか……!! 初めてだったし、魔法名もぶっちゃけ朧気だし!


 と、無様に心中嘆いたところで、それこそ仕方ない。


「あ、ごめんね。最終的に質問ではなくなってしまった。まあ、調子が悪かっただけかもしれないし、ゆっくり休んで。はい、寮棟に着いたよ」

「あ、ああ……助かった」


 ひとつの建物の中に三つの渦巻き状のドアが、いつの間にか目先にあった。


 生徒たちが住まう寮。通称、寮棟には行き交う生徒が多い。そのお陰でこの姿はは嫌に目立っているわけだが、ここでひとつ問題が浮かぶ。奇しくもルドルフと同時に。


「あ、爺ちゃ……じゃなかった、校長は部屋まで送迎しろって言ってたね。キミ、何寮?」

「えっ」


 し、知らねぇよ……! メインに描かれてるキャラはともかく、モブキャラの寮振り分けとか!


 フェアリードの寮は王道にも三つに分けられている。

 ルドルフとビズが所属する、太陽のへーリオス寮。ルーカスが所属する、地平線のオリゾンダス寮。そしてアッサムが所属する、雲のネポス寮。


 要するに答えは三つにひとつ。……運を頼りに当てずっぽうで行けるか? しかし、間違えた時におかしいだとか、違和感を残す結果になるだろう。それで余計に警戒されても――。


「ギルタくん、大丈夫?」


 暫く無言が災いしたせいか、ルドルフの声音が無駄に優しい。どうしよ、ここはやっぱり憶測に頼るしかないのか。


「あ、ああ……えっと、その。へーリオスだよ、へーリオス」


 ……たぶん。正直、自信無いけど。


「へぇ、そうだったんだ。ボクと同じだね」

「らしいな。あ、俺はここでいい」

「え、でも」

「お仲間のところ、早く行きたいんだろう? 背中からウズウズした感覚が凄い伝わってくるし」


 それから、部屋の番号までも問われたら絶対に当ててれるわけないし……ここは別行動を心の底から要求する。さあ、空気を読んでくれ。


「そうだったの、ごめんね。それから気遣い、ありがとう」

「お、おう。校長には互いに口裏合わせれば問題ないだろ。んじゃ俺、行くから。気を付けろよ」


 早々に、その場を逃亡。

 ルドルフの返事を待たずして行動してしまったが、また勘繰られると面倒だ。


 ぐにゃりとした寮のドアを抜けると、床が赤色に染まった場所へと転移した。寮棟前のロビーとは違い、静かで物音すらない空間に肩の力が何となく降りる。まだ自分の部屋、というか寮もわかってないけど。


「はぁ……とにかく、頭の整理ついでに寝たい」


 どっと疲れた身体を強引に引きずりながら、俺は廊下を歩く。


 そして数分後、奇跡とも言うべきこと――自身の部屋を無事見つかったことに感動しては、寝具にダイブして深い眠りに陥った。




 これから思い出す、災厄な出来事を想起してしまうとは知らずに……。

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