色の話
木曜日御前
とある休憩の二人
「デパートのカウンターでコスメ選ぶ時に、『どの色がいいですかね?』に対して、『お客様の好きな色を選びください』って言われると、ちょっと萎えません?」
茅場町にあるオフィス内のデスク。
仕事が一段落した琴子は、隣に座る後輩の幸恵のぼやきに思わず顔を向けた。
「なんでまた?」
「なんか、こう、『勝手に選べよ』と言われてる気分になるというか。もっと言い方あるよなと思うなって」
「ああー」
確かに、言いたいこともわかる。デパートコスメで買うというのは、別にコスメを買うだけではない。カウンターで購入するという体験を買っている部分がある。
「なんか、どの色が人気だとか。使いやすい色はどれだけとか、トレンドとか、新色とか。せめて、『どういう用途で使いたいか』くらい返してほしい」
ぶつぶつと続くぼやきを聞くに、どうやら、最近カウンターで何か嫌なことがあったようだ。でも、確かに、「好きなのを選べ」というのは一見優しさのように見えて、正直突き放しているようにも感じる。
「別にイエベブルベとか、冬とか春とかの話はしてないのに!」
幸恵は口を尖らせながら、肩を下げる。昨今、ブルーベース、イエロベース、パーソナルカラーというものが世の中に浸透してきた。浸透してきたからこそ、問題もある。
「それに囚われてる人も多いから、『何色がいいか?』って聞かれると身構えちゃうんじゃない?」
パーソナルカラーというのは、基準の一つでしかない。しかし、あたかもそれしか基準として許されないと思っている人も多い。
「この前、BAさんが『イエベ春にはどれ?』ってめっちゃ聞かれてて、凄く困ってたの見ました」
幸恵が話すエピソードは、私も実は見たことがある。BAさんというのはあくまでも、自分が担当するブランドコスメをセールスしてくれる人。パーソナルカラーを診断してくれる人ではない。
よくパーソナルカラーを自己診断している人がいるが、あれは有資格者が判断して意味を成すものだというのを知らない人が多い。
素人判断のものに、素人判断したところで、なんの意味も無い。
「下手なこと言えないとなると、『好きなの選べ』になるんじゃない?」
「極論じゃないですか?」
「人は、極論とわかりやすい基準に頼りたくなるものよ」
肩を竦めれば、幸恵は少しばかり複雑そうな顔をする。
「パーソナルカラーは知っといて損はないし、取り入れられれば強い味方になる。けど、それを絶対視してはいけないのよね」
と、思いつつ天井を向く。そして、頭にふと一つ浮かんだ。
「てか、口頭でパーソナルカラーで選ぶよりも、お試しも出来るのがカウンターの良いところなのに」
「それはそうですね。先輩」
ふうと、二人で息を吐いた。時計を見ると、針は思ったよりも進んでいる。
やばい、そう思いながら静かに二人は仕事へと戻った。
色の話 木曜日御前 @narehatedeath888
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