第3話 生
我に返ると・・・私は焚火を見つめていた。オレンジ色の炎が小さくなっていた。
私は老人に聞いた。
「この焚火は・・・最後はどんな色になるのですか?」
老人が私を見た。
「オレンジの次は灰色だよ。灰色は終末の色だ。灰色になって、焚火は消えるんだよ。そして、人生は終わる・・・」
すると、炎が灰色になった。そして、炎が小さくなって・・・消えた。焚火から白い煙が立ち
その煙が、私に昨日のことを思い出させた。
昨日も私は近所の図書館に出かけた。私は孤独だ。家族なんて誰もいない。友人もいない。私は毎日、一人で起きて、一人で食べて、一人で寝ていた。私は一人だけで、この世の中で生きているのだ。毎日、町の図書館に行って本を読むことだけが私の楽しみだった。昨日も私は、図書館のいつもの窓際の席に座って、本を読んでいた。・・・すると、急に寂しさが私を押し包んできた。私は、その寂しさに耐えられなくなった。いたたまれなくなって・・・私は読んでいた本を書架に戻すと・・・ふらふらと図書館からさまよい出た。気がつくと・・・私は家に帰っていた。布団をかぶって、そのまま寝てしまった。眼が覚めると、夜中だった。絶望だけが私の心にあった。もう、この世から、いなくなってしまいたかった。そして、私は・・・大量の薬を飲んだのだ。死ぬために・・・
眼の前の焚火から煙がひときわ大きく上がった。それきり、煙は上がらなくなった。もう炎は見えない。
私は悟った・・・
そうか・・・この焚火は私の人生だったのか・・・
では、私はもう死んでいるのだろうか?
私は老人を見た。今度は、満月の光が老人の顔に淡いオレンジ色の陰影を作っていた。その淡いオレンジ色の陰影の中で、老人の口が開いた。
「死ななくてもいいんだよ。誰かが必ず、あなたを見守っているんだ。あなたは一人ではないんだよ。だから、いつでも、すぐにやり直せるんだよ。こんな風に・・・」
老人が煙を上げてくすぶっている焚火の中に、何本かの細い木を差し入れた。細い木に小さな炎が上がった。小さなオレンジ色の炎がよみがえった。老人がさらに太い木を差し入れた。少しすると、その太い木に炎が燃え移った。オレンジ色の炎が大きくなった。再び、パチパチパチと木がはぜる音が響いてきた。・・・やがて、焚火の炎は、さっきと同じように大きくなった。再び、オレンジ色が周囲を照らした。
老人の身体にもオレンジ色が反射していた。オレンジ色の老人が私を見た。優しい顔だった。老人が私に言った。
「さあ、もう戻りなさい」
私は丸太から立ち上がった。焚火を背にして、もと来た道に一歩、足を踏み出した。私はそこで立ち止まった。老人に背中を見せたままで聞いた。
「あれは・・・いつも私を助けてくれたのは・・・あなただったのですか?」
私の背中から、老人の声は聞こえなかった。私は後ろを振り向いた。老人の姿はなかった。丸太もなくなっていた。そこには、オレンジ色の焚火が勢いよく燃えているだけだった。私の耳に、老人の声がよみがえった。
「死ななくてもいいんだよ。誰かが必ず、あなたを見守っているんだ。あなたは一人ではないんだよ。だから、いつでも、すぐにやり直せるんだよ。こんな風に・・・」
私は、もと来た道を歩き出した。私は一人ではないんだ・・そう思った。
了
焚火 永嶋良一 @azuki-takuan
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