第2話 色

 私は老人に聞き返した。


 「焚火の炎の色が人生を表している?」


 老人が再びゆっくりと言った。


 「そうなんだ。焚火に火を付けたばかりのときはね、まだ青白い炎なんだ。青春の青白さなんだよ」


 すると、私の眼の前の焚火の炎が、オレンジ色から青白い色に変わった。


 私の脳裏に昔の思い出がよみがえった。


 学生のときだ。失恋した。私は泣きながら夜道を歩いていた。雨が降ってきた。私は傘もなく、濡れながら歩いた。踏切があった。周りには誰もいなかった。遮断機が下りていて、警報がカンカン、カンカンと鳴っていた。黄色と黒に彩られた遮断機に雨粒が当たって跳ねていた。もうどうでもよかった。死にたかった。私は遮断機をくぐった・・・そのときだ。誰かが私の肩をつかんで強く引き戻してくれた。私の鼻先を電車が猛スピードで走り抜けていった。・・・警報がやんで、遮断機が上がった。その誰かが私の手に傘を握らせてくれた。私はその傘をさして、呆然と踏切を歩いて渡った。踏切を渡り切ったとき、振り返ったら、そこはもう誰もいなかった。・・・そうだ、あれは誰だったんだろう? 私は、あれからあの傘をどうしたのだろう?


 老人の言葉が聞こえた。


 「そして、炎の色は赤になる。情熱の赤だよ」


 焚火の色が赤に変わった。


 再び、私の脳裏にある光景が浮かんだ。


 結婚式の日。私の伴侶になるはずの人が消えた。あの人は、私に何も言ってくれなかった。結婚詐欺だったのだ。私は誰もいなくなった結婚式場に入っていった。あの人への思いが胸にあふれてきた。私は耐え切れず、式場の椅子に座って、顔を手で覆って泣いた。すると、私の前のテーブルにナイフが置いてあるのが見えた。ウエディングケーキをカットするナイフだ。私たちが使う予定だったものだ。私はそのナイフを手に取った。ナイフの刃が天井の明りに反射して光った。こんなナイフでも役に立つだろう。私はナイフを手首に押し当てた。そのとき、後ろから、誰かの手が伸びてきた。その手が、ナイフを持つ私の手をつかんだ。そして、ナイフを取り上げてくれた。私は呆然として、そのまま椅子に座っていた。気がついて、振り返ると・・・そこにはもう誰もいなかった。


 老人が言った。


 「そして、炎の色は、赤から円熟のオレンジ色に変わる」


 その声が終わると、焚火の炎がオレンジ色になった。私の心の中に、ある情景が浮かび上がった。


 仕事は何をやっても、上手くいかなかった。私は世の中には必要とされていないのだ。ある日、小さな会社のバイトを首になった。私はその会社を出て、トボトボと歩道を歩いた。どこを歩いているのか、自分でも分からなかった。・・・ふと見ると、小さな雑居ビルの階段があった。私はその階段を上がった。いつの間にか、屋上に出ていた。私が死んでも、悲しむ者は誰もいない。私の前途には絶望だけがあった。私は、屋上の柵に手を掛けて、身体を持ち上げた。後は、身体を傾けて重心を前にするだけだ。私の身体がゆっくりと前に傾いていった。・・・そのとき、誰かが私の肩をつかんだ。そして、ゆっくりと私を引き戻してくれた。あの雨の踏切のときとよく似ていた。私は呆然となって、屋上からの景色を見つめた。気がついて、振り返ると・・・もうそこには誰もいなかった。

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