焚火

永嶋良一

第1話 炎

 気がつくと、私は林の中を歩いていた。夜だった。空には満月が輝いていた。周囲は、鬱蒼うっそうとした木々が取り囲んでいた。満月の明るい光の中に、周りの木々の黒々とした陰が浮かび上がっていた。足元を見ると一本の細い道があった。私はその道を歩いているのだ。


 ここはどこだろう? 昨夜は、いつものように床に就いたはずなのに? これは、夢だろうか? 


 私は周りの木々の葉に触れてみた。葉っぱには夜露が付いていた。水滴の冷たい感触が手に伝わってきた。葉っぱの青い臭いが鼻をついた。


 これは、夢ではなかった・・・


 では、どうして、私はこんな林の中を歩いているのだろう?


 手掛かりになるものは何もなかった。私は道に導かれるままに、林の中をあてもなく歩き続けた・・・


 すると、前方の木立の間にオレンジ色の光が見えてきた。私は足を速めた。


 そこは、木々に囲まれた小さな広場だった。むき出しの土が見えていた。中央に焚火が燃えている。焚火の横には一人の老人がいた。老人は私に側面を見せる形で、丸太に座っている。老人は黙って焚火を見つめていた。老人の横顔に深いオレンジ色の陰影が出来ていた。


 広場の端に立って、私は老人を見つめた。


 すると、老人がこちらを見た。老人の顔の上で、オレンジ色の陰影が揺れた。老人が言った。


 「やあ、よく来たね。ここに掛けなさい」 


 老人のすぐ横には、丸太が一つ転がっていた。老人がその丸太を指差している。


 私は黙って丸太に座った。私の正面から焚火の熱が伝わってきた。


 老人は何も言わなかった。黙って焚火を見つめていた。パチパチパチと焚火が小さく音が響いていた。静かだった。


 私も黙って焚火を見つめた。


 焚火のオレンジ色の炎が闇の中に浮かび上がっていた。炎は・・闇の中に手を差しのべるかのように伸びあがって・・縮んで・・誰かを探すように右に動いて・・次の瞬間にはもう左に向きを変えていた。


 私は変幻自在に動くオレンジ色の炎を黙って見つめた。


 「どうじゃな、焚火は?」


 私は老人の声で我に返った。私は横の老人を見た。老人が私を見つめていた。炎が揺らいで、老人の顔のオレンジ色の陰影が複雑に形を変えた。私は答えた。


 「ええ、とても暖かいですね」


 老人は私の言葉にうなずいて、再び焚火に眼をやった。


 今度は私が聞いた。


 「いつから、焚火をしてるのですか?」


 老人は焚火を見つめながら言った。


 「ずっと前からだよ」


 私はさらに聞いた。


 「いつもここで焚火をしているのですか?」


 老人がポツリと言った。


 「そうだよ」


 それを聞いて、私も焚火に眼を戻した。


 「焚火の炎っていいですね」


 老人の声が聞こえた。


 「焚火って人なんだよ」


 「えっ?」


 老人が何かをかみ砕くように、ゆっくりと言った。


 「焚火の炎の色は人生を表しているんだよ」

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