1-1.牢獄での出会い
牢の窓、その隙間から入り込む風は優しく、そして冷たい。
あれから何度か夜と朝を繰り返したのに、僕の起きるところは変わらず、夢も寂れたものばかりだった。
刑期だとか処罰だとか、そもそも釈放されるのか。恐らく昼頃に足音が三つほど伝うだけで、ここに入れられてから交わした言葉は一つもない。
そんなあり様に苛立っては僅かな音の先へ怒鳴ってみたり、雨音に釣られて泣いてしまったり、でも最終的に変わることのない静寂に頭を埋め、僕はただ過ごしていた。
「……でもやっぱり、つまんないよな」
身体は動くから気持ちも動いて、僕は抗おうとしたけど現実は無視するばかり。だから身体は動くのに止まってしまった、叫ぶことは無くなった。気持ちが止んでしまったから。
「違うのはここが牢獄だということ、そして終わりがわからないのも病院と違うか」
「ビョウイン? それってどういう意味? なんかの呪文?」
「呪文なわけがないだろ。病院というのは、そうだな、そういうつまらないボケを治す場所――――うわっ!?」
独り言は日当たりに照らされて化けたのだろうか、いつも響き返ってくる自分の声は別の色をして、そこには知らない好青年? がしゃがんでいた。
「やぁ、始めまして。僕はブライヴ、この辺境の町、ペルキヒでパンを作ってるしがなーーーーーーい。若者さ」
ブライヴと名乗る農家はあの鬼畜ロリとは違い、親切に自己紹介すると握手を求め、牢の中へ手を伸ばしてきた。
「ど、どうも」
「身長は僕と同じくらいで年齢も同じくらい。ただ肌の色はやや白く、そして元気がないようだ」
「な、なんだ? 看守だったのか!」
物珍しそうな目の動きと口調に手を引っ込めるも、ブライヴは優しげな面持ちのまま、どこからかスポンジケーキを取り出して、「どうぞ」と手渡してきた。
「あ、ありがとう?」
「やっぱりパンだけじゃ食欲が飢えるだろう。まぁ、そのパンも僕が作ってたんだけどね。でも美味しかっただろう?」
「は、はい。美味しかったです」
「そんな敬語なんていらないさ、怯えなくてもいいよ、僕は君と話に……そういえば、名前を聞いてなかったね、何て呼べばいい?」
「えっと、斗真って名前」
流されるままに素直に自分の名前を告げると、ブライヴは難しい様子で腕を組んで黙った。
やっぱりそのまま言うべきじゃなかったか。そもそも捕まった理由もわからないし、コイツも町の人間だし、これからの会話は尋問と考えた方がよさそうだ。
そう気持ちを切り替え、警戒してブライヴの様子を伺っていると、奴は腕を組むのをやめ、ハッとして純粋な眼差しで口を開け、
「ムッセ! これなら町の人も疑わないだろう!」
「え?」
と僕の疑心へ真っすぐ返答した。
なんの論も無く、あまりに輝くブライヴの目に、これは尋問ではないな、と呆気にとられてしまった。
「今日から君はムッセだ!」
「は?」
――――それからだった。ブライヴは毎日、牢へ現れるようになった。
どこから来たんだ、そこには何があるのかだとか、熱心に僕に聞いてはメモをし、最初は怖くてこっちも嘘をついていたけど、次第に面倒になってやめた。
いや、違うか。話し相手がいるだけでちょっと嬉しかったからか。
例えこの場所から動けなくても、その中に感情があるのなら、少しだけつまらなくもない。
「――――だとしても、こっちは捕まってるんだ。なんでそんな嬉しそうなんだよ」
「いやだって、こんな辺境に異国の民なんて珍しくてさ、僕は外の世界のこと知りたいし」
外の世界、そうだった、ブライヴはこっちに話しかけてくるばかりじゃなく、よく外の世界、確かエーテルの世界? だとかを熱弁していたか。それも忘れるくらい質問ばっかりされるが。
でもそのおかげで何で捕まったのかわかったんだ。どうやら僕は風人、エーテル人だと疑われているらしい。なんかエーテル人は災いをもたらすだとか。
ちょっとだけ整理してみると――――ここはホワイトヘッドっていう雪の大地、その辺境にある麦の村、ペルキヒ。エーテルの世界はまた別の大地にあるらしい。海の向こうだとか。
「でも僕は牢の中なんだけどな……そろそろ出してくれよ」
「うん、皆もそう願ってるんだけど、なかなか砦の人が来ないからね。『早く、砦に連れていかないと災いが』って皆、不安だからね」
「ちょっと待て」
「なに?」
「砦ってなんだよ? 連れてかれたらどうな――――」
「そりゃあ、処刑だよ。火炙りかな」
純粋な顔して発言が殺伐、どこか鬼畜ロリの面影を感じるが、永遠のように思えた時にも終わりがあるらしい。
ただ、そんな理不尽な決まりを受け入れられるほど、廃れ切ってもいない。苛立ちは自然と声に変わる。
「なんでだよ! エーテル人じゃないだろ、僕は!」
「お、よく覚えてたね、僕の知ってる情報から判断すれば、君は間違いなく異国の民、エーテル人ではなさそうだよ」
「だったらなんでさ!」
きっと外まで聞こえるであろう訴えをブライヴにぶつける。感情のままに、最も強い抵抗、死への恐怖をぶつける。
でもただ哀しいことだと気付かされた。ブライヴはなんの起伏もなく、真っすぐこちらを見ていた。
ブライヴにあたったところで仕方ないじゃないか。
「言ったでしょ? 僕は知ってるけど、皆は知らないし、知ろうともしない。不思議なものだね、知らないのに恐れてるなんて」
「そうか……」
「僕もちょっとだけ説得したんだけどね……まぁでも、まだ時間あると思うし、なんとかなるよ。じゃあ、今日はこの辺で、また明日」
けれども、こっちは死に際かもしれないのに、ブレイヴは変わらず平気な足音を響かせ、どこかへ出ていってしまった。
ああ、最後に外の風にあたったのはいつだろうか。
エスト ラッセルリッツ・リツ @ritu7869
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