第44話 グレースの失敗

 時刻は朝6時――

 アクセル事務所のヒーロー達は、都心から離れた田舎へと来ていた。

 古びた民家がポツポツと並ぶ、人口わずか100人ほどの小さな村。

 凜音、律、グレースは二階建て古民家の庭で待機し、スターズは少し離れた位置でバイクに乗って待機。スカイバニーは全体を見渡せる古民家上空で待機している。

 完全包囲が完了し、拳銃を抜いた凜音がトレーラーで待つ結城に連絡する。


「パパ、全員配置についたよ」

『了解、その家に潜伏しているのは20代男二人組、南蜘蛛なぐも兄弟だ。弟の方は土系能力者、兄の方は無能力者だが爆弾を作るスキルがある。彼らはテロ組織ブラッドオーダーと繋がりがあり、いくつかのテロに関与している』


 結城は犯人の情報を全員に共有する。


『南蜘蛛兄弟は既に4回の爆破事件を起こしていて、新宿では間接的ではあるが、建物の倒壊で数百人が被害を受けた。彼らは自分たちの事を革命軍と名乗っており、ヒーローを殺すのにも躊躇しないだろう。家の中にも爆発物をしかけている可能性は高い、注意せよ』

「了解」

『凜音、律、グレースが室内に突入、他のヒーローは逃げ出してきた犯人を確保。ブラッドオーダーの情報を吐かせる為に、可能な限り生かして捕まえること」

「「「了解」」」

「時間だ、総員……作戦開始』


 凜音は作戦開始命令と共に、古民家の木製の扉をハイヒールで蹴り破る。

 照準器、レーザーサイト付きの拳銃を構えて突入。

 玄関にはうず高くゴミ袋が積み上げられており、そこら中に何か物が散乱している。

 見た目も汚いが、鼻を突くような臭いまで漂ってくる。


「くっさ、なにコレ? 硫黄とか爆弾の原料?」

「いえ、ただの腐敗物の臭いです」


 律は転がったコンビニ弁当や、飲みさしでハエがたかったジュースのペットボトルを指す。


「最悪ね。こんな家の男とは絶対付き合いたくない」


 3人はゆっくりと廊下を進み、台所、リビング、トイレ、和室を回る。しかし人影は見えず。


「パパ、一階にはいないわ」

「NO、二階もいませーん」

「目標見つかりません。生体反応も出ませんでした」

「最悪よ、このゴミ屋敷。平然とネズミが歩いてるし」

「トイレなんかこの世の地獄デース」

『律、入る前は生体反応出たんだよな?』

「間違いありません。二人分確実にありました」

『お前の目を誤魔化してる何かがあるのか……ウサちゃん、スターズ、外に何か出た気配は?』

『上空からは何も』

『こちらもです』

『スターズ、オールネガティブ』

『俺も少し離れた位置で見てるが、逃げた様子はない。多分下だ』

「地下ってこと?」

「この家は構造的に、地下はありませんが」

『南蜘蛛弟が土能力者だ。地下通路を掘っている可能性は高い。ゴミの下とか探してみな』


 凜音達は、このゴミ山を探すの? とげんなりする。

 仕方なく何が入っているかわからないゴミ袋をどかすと、予想通りのものが出てくる。


「「キャァッ!!」」

『どうした凜音、律! 敵か!』

「すみません、ただのGです……」

『……Gよりトラップに注意してくれ』

「すみません」


 探してみるとすぐに地下への入口を発見。まるで核シェルターのような頑丈なハッチが現れる。

 幸いロックはかかっておらず金属レバーを引いて重い扉を開くと、薄暗い階段が地下に続いていた。


「間違いないここです。足跡がまだ残ってます」

「あたしたちに気づいて、慌てて潜ったってことね」

「すぐに捕まえてやるわ! ミーに続きなさい!」


 グレースがショットガンを取り出して地下に進もうとするが、結城がそれを止める。


『ダメだ、地下には入るな』

「ノーノーダッド! 今追いかければ見つけられるわ!」

『ダメだグレース、引き返せ』

「ミーは行きマース!」

『グレース! 怒るよ!』


 珍しく結城に叱られ、地下に進もうとした彼女のカウボーイブーツが止まる。


「グレースさん戻りましょう。パパが怒る時は何かあるので」

「そうよ、パパの話無視していいことあったことないし」

「ダッドはミーを信用してないのよ!」


 グレースは足元に転がってきたゴミ袋を、イラ立ちに任せて地下に蹴り落とす。

 その瞬間、階段下に隠されていた爆弾のセンサーが反応し、ピーピーという明らかにやばそうな音が鳴る。


「やばっ! なんか作動した!」

「凜音先輩、扉閉めて!」


 凜音が咄嗟に地下扉を閉め、全員慌てて古民家から脱出する。

 直後チュドーンという轟音と火柱をたてて、家が爆散した。

 グレース達はなんとか助かったものの、地下に踏み込んでいたらどうなっていたか想像に容易い。


 それから1時間ほどして、到着した警察の現場検証が始まり、結城はどこにでも現れる石崎警部に小言をもらう。


「ヒーローが雁首揃えて突入して取り逃がしたわけか」

「地下穴を掘っていまして、入口にちゃんと爆弾をしかけてました」

「爆弾魔ならそれくらいやるだろう。よくまぁケガしなかったもんだ」

「ウチのヒーローは勘がいいので」

「ふん、勘がいいなら爆発させてほしくなかったもんだな。犯人にも逃げられるし」

「いやでも、片割れは逮捕しましたし」


 家が爆発した後、マンホールからひょっこり顔を出した南蜘蛛弟をバニラが発見。

 身体検査を行うと、爆発物を所持していた為逮捕した。


「弟の方は捕まったが、兄の方はそのまま逃げた。ブラッドオーダーに関する証拠もあったかもしれんのに、それを木っ端微塵にして」

「それはすみません」


 なんとか石崎に解放された結城は、皆の待つトレーラーへと戻る。

 そこではシュンとしたグレースが、座席に座っていた。


「ソーリーダッド」

「いや、ケガがなくて良かった。君の手足がもげてたら、デッカードさんにミサイルで大気圏外まで射出されていただろう」

「ソーリー……」


 凜音がポンポンとグレースの肩を叩く。


「あたしも10回くらいパパの命令無視したからわかるよ。パパの言う事無視すると、大体痛いめにあうって」

「凜音先輩は、アホの犬レベルで学習しませんでしたからね。パパが何度もやめろって言ってるのに、突撃しちゃうこと多かったですし」

「ただ今日のパパのダメは、本気ってすぐわかった。焦ってたし」

「そりゃ焦るって、ウチの子が爆死するかもしれんと思ったら」


 結城は深く溜息をつくが、凜音は心配されていることにどこか嬉しさを感じていた。


「ダッドは、なぜ爆弾があるとわかったです?」

「俺は相手にやられたら嫌だなって思うことを想像して言ってる。今回のは入口に爆弾仕掛けて、足止め狙ってくんじゃないかと思った。それをちゃんと言ってやればよかったな」

「あの一瞬じゃ説明しきれませんよ」

「まぁ凜音いるし、なんとかするかなとは思ってた」

「えっ、あたしそんなに信頼されてるの?」

「お前の氷が強いからな。盾にしてもいいし、足止めにも使えるし、万能だ」


 事実、爆発する時突入チームは窓から家を飛び出し、凜音が氷のドームを作ってグレースと律を守ったのだった。


「凜音は能力の使い方がうまくなってる」

「ま、まぁ能力以外も褒めてほしいわね」

「グレースはちょっとだけ周りを見て動こうな」

「ソーリー……」


 結城は簡単な反省会を終えると、グレースの頭を撫でる。


「南蜘蛛兄弟も弟の方は逮捕されたから、後は警察が兄の方も見つける。……そう気を落とすな。俺もヒーロー時代はよくやらかして、オーナーに叱られたもんだ」

「ダッド……」

「俺も君等も成長していこう」

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