第42話 腐れピー野郎

 面接が終わったその日の夜、事務所は賑やかなことになっていた。

 机を連結して作れたパーティーテーブルの上にはピザとコーラ、サラダにフライドチキンが所狭しと並ぶ。

 即席で作られた横断幕には新人歓迎と書かれ、主役のメンバーたちがテーブルを囲む。

 バニーやカウガール、女子高生など格好は様々なものの、これから同じ事務所で仲間となったヒーロー達。

 それぞれ初絡みとなるものは自己紹介を行っている。

 一応主催となるオーナーの結城が、乾杯の音頭をとるため全員の前に立つ。


「ヘイ皆、ダッドに注目よ!」


 ワイワイガヤガヤと姦しかったヒーローの視線が、くたびれたスーツの男に集中する。


「えーなんだ、君等を見渡してみると、ちょっと俺の予想したヒーロー事務所ではなくなっているんだが」

「グローバルな女子校みたいになってますね」


 律の感想が的を得ていて苦笑う。


「この事務所は本当に一文無しのところから始まった。今のとこ凜音と律のおかげで、なんとかやっていけてる。事務所ランクも上がったし、世間の注目度もそこそこ高い」

「ミー達が加入して、もっと高くなるわね!」

「ああ、スターズやスカイバニーの加入は心強くある。ゆくゆくはAランク事務所を目指すんだが、俺はそれよりも鏡魔や犯罪者から人を守れる事務所でありたい。アクセルのヒーローが来たなら大丈夫、そう思ってもらえる事務所にな」

「しかしパパ上、お金がないと事務所が潰れてしまいます」

「そうですお父様」


 野菜スティックの人参をコリコリと食べるバニラとモカ。


「うん、ウサちゃんその変な呼び方やめようか。あとグレースもシレっと呼び方かえてたな」

「アクセルはこの呼び方でしょう? ダッド」

「ダッドってなんだそれは?」

「ダディの略よ?」

「ん……ん~まぁいい好きに呼んでくれ。君等が不安視している資金面に関してなんだが、一階のカフェのオーナーである桃園琉夏さんが、君等のグッズを置いていいと言ってくれた。グッズに関しては、スーパーアドバイザー角刈りの意見を聞いて制作していくつもりだ」

「角刈りって律の追っかけじゃ」

「捕まってないだけのストーカーですよ」

「よし、それじゃあ新規アクセル事務所を祝して、かんぱ……」


 全員がグラスを掲げようとした時、結城の電話が鳴る。


「おっ矢車さんからだ。さっき新メンバー加入の話したから、祝電かインタビューかもしれん」


 結城がスピーカーボタンを押して、全員に話を聞かせる。


「もしもし」

『神村オーナー、私よ』

「ちょうど今新人歓迎会をやってまして。勇気の大量採用ですよ」

『楽しそうなところ悪いけど、現在能力者による現金輸送車強奪事件が発生したわ。犯人は広伊インター付近を逃走中よ、直ちに出動して頂戴』

「今いいとこなんですけどねぇ! 社員が一丸となってやっていくという」

『貧乏事務所がなに言ってんの。養う娘が増えたならキリキリ働きなさい』


 ブチッと通話が切れると、結城が言わずとも全員が武装を整えだす。

 グレースはショットガンに弾を込め、スカイバニーはロケットブースターを装着、凜音と律は学生カバンに拳銃を放り込むと、ハイヒール型のシューズを履く。


「パパ早く車回して」

「ミー達はバイクで行きマース!」

「スカイバニーはもう飛べます」


 メンバー加入後、初めての戦いとなる。

 結城にとっても初の人数を指揮することになり、頭のスイッチを貧乏オーナーモードから指揮モードに切り替える。


「スカイバニーは凜音と律をセットで飛ばせる。現場までは君等も車で行くぞ」

「「了解」」

「律、現場つくまでに装甲車の武装と、相手の能力を調べてくれ」

「はい」

「グレース、犯人を見つけたら陸と空からアタックを仕掛ける。先走るなよ。凜音お前もな」

「OK」

「わかってるって」


 結城は指示を出しながら事務所の外に出る。

 いつも通りテレビ局から借りパクレンタルしているワゴンに乗り込もうとするが、駐車場に車がない。


「あれ? 嘘だろ、車盗まれた?」

「パパ、今日から我々の社用車はあれだそうです」


 律がUSB型の車の電子キーを結城に放り投げる。

 彼女が指すのは事務所正面にある駐車場。そこには見慣れぬ大型のビッグトレーラーが停められていた。

 ブラックメタルの車体フロント部は、空力を考えられた流線形をしていて、のぞみ系新幹線のようにノーズ部分が張り出している。

 連結された後部車両にはアクセルのイナズマロゴと、アルファオービットの衛星マーク。

 また運転席真上の屋根には、赤と青のシグナルランプがついておりヒーロー搭乗車両であることを周囲に報せることができる。

 移動式作戦拠点ともなるビッグトレーラーは、ヒーローたちの装備やスーツロッカーも兼ね備えており、テレビ局から借りたワゴンと比べると月とスッポンである。


「これは……」

「アルファオービット製、対鏡魔用強襲突撃支援車両サンダーボルトだそうです。グレースさんがキーくれました」

「おじいたまには頭が上がらんな」


 結城はでかいホイールを踏みつけて運転席に入ると、ロボットのコクピットかと思うほどのボタンやレバーの多さに顔をしかめる。

 その大半の操作はわからないが、アクセルとブレーキさえわかればなんとかなるだろうと、電子キーをハンドル下部のスロットに差し込む。

 起動キーを認識すると命が吹き込まれたように、高解像度の液晶メーターパネルが輝きエンジンがスタート。

 電気ブレーキが解除され、8輪のホイールがゆっくりと動き出す。


「乗れ!」


 凜音と律、バニーが後部車両に乗り込んだのを確認すると、トレーラーは眩いヘッドライトを点灯させ発進。

 その後ろをグレース達、スターズの戦闘バイク4台が追走する。



 バラバラバラと響くヘリのローター音。

 TV局HBCの中継ヘリから、リポーター男性がライブ映像を中継する。


『皆さん御覧ください、奪われた現金輸送車は現在広井インターを越え高速道路へと入りました! 追跡するパトカーを押しのけ暴走しています!』


 カメラマンは上空から装甲車のような現金輸送車が、次々にパトカーにぶつかりながら暴走していく様子を映していく。


『警察の情報によりますと、犯人は金属を強化する能力を持っており、現金輸送車はダイヤモンド以上の硬度を誇っているとのことです。あーっとここで、フェアリーガーディアン所属のジューシーズがカラフルなバイクに乗って登場です!』


 カメラは4色のフルーツカラーペイントされたスクーターバイクを映す。


「ホーッホッホッホ! 前回の反省を踏まえて、ジューシーカートを50ccから80ccにパワーアップしてきたわ! ジューシーズ改め、フェアリーガーディアンの妖精として戦う姿を見なさい!」


 ペペペペペとエンジン音を響かせ、現金輸送車へと接近していく。

 赤、黄、オレンジ、緑のセーラー服のヒーロー達は輸送車の四方を囲むと、それぞれ口上を述べる。


「私達ジューシーズが来たからには、悪は絶対許さないわ!」

「飲料水の濁水だくすい堂にかわって戦うジューシーアップル!」

「化粧品の美魔女工房にかわって戦うジューシーマンゴー!」

「家電の感電電器にかわって戦うジューシーオレンジ!」

「農具の中村農具店にかわって戦うジューシーキウイ!」

「「「愛と正義のジューシーズ参上!!」」」


 スポンサーの名前をしっかりアピールするヒーローの鑑。


「畜生ヒーローがうせやがれ!」

「そうはいかないわ! 感電電器では現在全品10%オフクーポン配布中よ!」

「アプリからクーポンをゲットできるわ!」


 スポンサーのCMまで始めたジューシーアップルに、現金輸送車は悪質幅寄せ体当たりを行う。


「ちょ、ちょっとこっち寄ってこないで!」

「死ねクソヒーローども! 一生CMでもやってやがれ!」


 ジューシーカートと輸送者が接触し、盛大にスピンする。

 その様子を上空から見ているリポーターが実況する。


『現金輸送車の体当たりで、ジューシーアップルスピン!』

「あ~あ~!!」

『しかもジューシーアップル味方を巻き込んで大クラッシュ。3方向にいる味方全員にぶつかりまとめて倒れた! ストライク!! すみません、そんなことを言っている場合ではございませんでした!』

「バイクにぶつかってくんじゃないわよ!!」


 ジューシーアップルは、犯人に「死ね腐れ◯ンポ野郎!」と叫び凸指を立てる。

 その音声をしっかり拾う中継ヘリ。


『転倒したジューシーアップル、放送禁止用語を叫んでおります。とても妖精とは思えない下品さだ! このままでは犯人に逃げられてしまうぞ、続くヒーローは来ないのか! おっとここで緊急車両通過シグナルを受信しました。お次は夜の蝶SMガイズか、はたまたイケメンホスト集団不夜城か!』


 カメラは赤と青のシグナルランプを点灯させる大型のトレーラーと、ハーレーバイク4台を確認する。


『おっと凄いスピードで詰めているぞ! これはどこの事務所だ? あのカウボーイハットにハーレーバイクのヒーローはワイルドガンズに見えますが、どうやら違う模様。トレーラーには事務所の名前が書かれているように見えます』


 カメラがズームすると、トレーラーのボディにはアクセルのロゴとイナズママークが入っているのが見える。

 リポーターのインカムにディレクターから連絡が入る。


『……今情報が来ました、あのトレーラーは新規メンバーを加入させたアクセルヒーロー事務所で間違いありません! どうしたアクセル、本当のヒーロー事務所みたいな装備だぞ!』

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