第38話 おじいたま!
ゆっくりと枯れ落ちていくメタンフラワー。
「さすがパパ!」
「やった!」
「本当にあの人、何者なんですか?」
「えっ、パパだけど?」
凛音がバニラの質問にバカみたいな返答をしていると、彼女たちのブースターユニットがプスンプスンと嫌な音をたてる。
「あっ、やばっ! さっきので燃料使いすぎました!」
「お、落ちます!」
メタンフラワーを倒したとはいえ、消化液の海は健在である。
ロケットブースターの火が消え、4人は内臓が浮くような嫌な浮遊感を感じる。
「「「キャアアアアア!!」」」
墜落する4人を結城が捕まえ、なんとか持ち上げる。
「ぐあっ、重い!」
「さすパパ」
「最後までさすパパ」
「「ありがとうございます」」
フラフラしながらも4人を地上に下ろすことに成功すると、即座にマイクを持った矢車とカメラクルーに取り囲まれる。
「やったわね神村オーナー! 空爆は中止、ステルス爆撃機は母艦に帰っていったわ!」
「そりゃ良かった」
「上の方は見えてなかったんだけど、あなた達がコアを破壊してくれたんでしょ!」
「あ、あぁ、だが俺達だけの手柄じゃない。この場にいる全ヒーロー、警察、自衛隊のおかげだ。彼ら誰一人欠けても、コアの破壊は成し遂げられなかった」
「いいコメントだけど、もっとイキったのが欲しいわ! 俺が平和を守ったとか、世界平和は俺に任せろみたいなこと言って頂戴!」
「俺はあくまでオーナーなんで、そういうコメントがほしいならあっちの奴にインタビューしてやってください」
結城が指差す先に、髪がアフロになったオーヴェロンの姿があった。
彼は意気揚々と、他のテレビ局のインタビューに答えている。
「いやぁ、僕がヘリで上昇したらヒーローたちは皆ピンチだったよ。でも、僕のミサイル攻撃のおかげで皆が救われたんだ。僕の勇気が全員を救い、実質僕があの怪物を倒したと言ってもいいね。はーっはっはっはっはっは!」
「すごいですね、オーナーなのに」
「さすがオーヴェロンさん」
「もっと褒めたまえ褒めたまえ!」
矢車は眉を寄せると「私がほしいのは、ああいう下品なのじゃないわ」と愚痴る。
それから凛音や律、バニー達全員が個別インタビューを受け、しばらく身動きができない状態だった。
◇
2時間後――
凜音と律は取り囲む報道陣から、なんとか解放してもらえた。
「もうパパったら、さっさと逃げちゃうんだから」
「パパ具合悪いそうなので、点滴打ってるそうですよ」
「確かに顔ちょっと青かったよね。ねぇ律、パパが最後にコアを倒す時、光の羽みたいなの見えなかった?」
「えっ? えーあーいやー気のせいじゃないですか?」
結城の正体にほぼ気づいている律は、必死に彼の正体を守ることにした。
「なんか鳥の羽みたいなのが……」
「凜音先輩、それより医療テント行きましょうよ」
律が何かに気づきつつある凜音の手を引いて、医療テントに向かおうとしたときだった。
彼女たちの前にモカとバニラが現れる。
「あの」
「あれ? どうかした?」
「オーナーさんのことなんですが」
「パパがどうかしたの?」
「その……先程助けていただいた件で、少し気になることがあって」
「何?」
「ウチのブースターユニットって、最大3人の体重でしか上昇できないんですよ」
「…………」
「5人なんか絶対上がるわけなくて、墜落するはずなんですよ。気になってオーナーさんが使っていたブースターを調べたんですけど、燃料が入ってなかったんです」
「それどういうこと?」
「オーナーさんのブースター、よくよく思い出すとエンジンから火が出てなかったなと思って。恐らくなんですけど……」
律は慌ててバニラの口を塞ぐ。
「多分見間違えですよ! エンジンの火も遠目だと見えにくいですし、燃料も全部使い切ってすっからかんになっただけですよ!」
律はとても言えなかった。結城が自前の力で、空を飛んでいたなんて。
◇
その頃――
結城はまーた主治医に怒られるわと思いながら、医療テントで点滴を受けていた。
今回は少し張り切りすぎて、腕の感覚がないし、両足はしびれている。
2,3日休まないとダメだなと思いつつも、スポンサーと話し合いあるから絶対休めないわと小さく息をつく。
そこにテンション高めの矢車がやってくる。
「よくやったわ神村オーナー、律のスーツカメラの映像も全部見たわ! 今からどうやって編集しようか楽しみで仕方ないわ!」
「そりゃよかった。あのデカブツはどうするんです?」
「今陸自と相談して、体内に残ったメタンガスをどうやって抜くか考えているところよ。彼らの仕事はこれからね」
「なるほど。あんなのが頻繁に出てくるとたまりませんよ」
「そうね、だけどS級ヒーローが残っていて本当に良かったわ。あなた抜きでは絶対解決しなかった」
「他のヒーローがしっかりしてたからですよ。オーヴェロンもビッグマウスですけど、あいつが勝利の鍵になったと思いますし」
「彼大丈夫かしら。いくら金持ちとはいえ、一晩で40億溶かしちゃったけど」
結城は桁のデカさに苦笑う。
さすがにそれだけ払ったなら、今夜のスポットライトを浴びてもいいと思った。
「なにはともあれ、アクセル事務所の活躍は、しっかりわたしが報道してあげるから楽しみにしてなさい。事務所ランク昇格間違いなしよ」
そんな話をしていると、外から足音が聞こえてくる。
「どうやらヒーローたちが来たみたいね。私は局へ戻ってVの編集を行うわ。お大事に神村オーナー」
矢車がぶちゅっと濃厚な投げキッスを送ってきたので、結城はベッドで寝転びながらもかわす。
彼女が去ると、今度は入れ替わりに凜音達が姿を現す。
「パーパー大丈夫ー?」
「ヘイユーキ、元気?」
「先ほどは助けていただき」
「ありがとうございます」
「おぉグレースにウサちゃんも。問題ない。ちょっと疲れただけだ」
「ユーキ、さっきの戦いアメイジングだったわ!」
抱きつこうとするグレースを止める凜音。
「パパは具合悪いんだから、くっつかないで」
「ではキッスを」
「ダメダメもっとダメ、キッスなんかしたらパパ感染症で死ぬから」
「ノーミーはバイキンではありませーん」
「凜音先輩も、あんまり長居すると悪いですよ」
「えーでもパパといたいし」
結城はなぜか急かしている律に疑問を感じる。
「どうしたりっちゃん?」
彼女は唇だけを動かし、事情を伝える。
「(パパの正体バレそう)」
結城の汗腺からどっと汗が吹き出る。
「り、凜音、先に帰ってなさい。グレース、彼女たちを家まで送ってくれないか?」
「OKいいわよ」
「えーまだいたいー」
「メタンフラワーの処理で危ないからな」
「ぶー」
ぶーたれる凜音の背を律が押していく。
(ありがとうりっちゃん)と心の中で感謝する。
「助かった。あれ、ウサちゃんはどうしたんだい? 君等もグレースと一緒に帰ったほうが楽だぞ」
「いや、あのぉ、そのですねぇ」
「それはですね」
何やら煮えきらない感のあるモカとバニラ。
二人は手をすり合わせ、落ち着きなく周囲を見ている。モジモジという表現がぴったりな動きだと思う。
彼女たちは自分の名刺を結城に差し出す。
「これは?」
「我々今無所属でやってまして」
「かなり苦しい思いもしていまして」
「まぁその……できれば飼い主募集中と言いますか、なんと言いますか」
「考慮していただければと思いまして……」
「ウチでいいのか? すんごい貧乏だぞ」
二人はまたモジモジしながら顔を見合わせる。
「オーナーさんに頼りがいがありまして」
「やっぱり現場を知ってくださってますから」
「凜音先輩たちが、オーナーさんの下で戦っているのを見てとても羨ましく感じて……」
「凄く、信頼できる方だなと……」
「そりゃ嬉しいんだが、やっぱり金銭面が……」
「炎上した我々が言うのもなんですが、体使って稼ぎます!」
「頑張ります。なんでもやります!」
結城はむっちりバニー二人の体を見て「えっ、今なんでもって……」と聞き返してしまう。
「ちょっと考えさせてもらっていいかな」
「「はい、よろしくお願いします」」
二人はペコリと、頭のうさ耳と爆乳を揺らしてテントを出ていく。
すると今度は、パワードスーツを着たままのグレースの祖父デッカードが入ってきた。
「活躍したようだな」
「これはどうも。デッカードさんの支援もありまして」
「ワシは何もしとらんよ」
デッカードはベッドの隣の椅子に腰掛けると、しばらく無言でいた。
結城はなんて息苦しい空間なんだと思っていると、彼は急に泣き出した。
「ど、どうしたんですかデッカードさん?」
「ワシの、ワシの可愛い孫が、嫁に行くと思うと悲しくて悲しくて」
「??? 彼女嫁に行くんですか?」
「わかっているだろう。ワシの気持ちが」
「1ミリもわかりませんが」
「こんな辺境の島国に、孫を送り出さなければならない男の気持ちが」
「お嬢さん島流しにでもあうんですか?」
「しかし、娘の決めたことだ。もう一度言う、孫を泣かせたら貴様をトマホークミサイルにくくりつけて太平洋に沈める」
「あれ? 今までの話って俺の話だったんですか?」
「グレースをお前にやるとはとても言いたくない。今はそう、預けると言っておこうか。サンダーイーグル」
「!」
「なぜそれをとは言わせん。あの力を見て気づかぬバカはおらん」
結構いる。
「…………」
「ワシとて不甲斐ないゴミヒーロー事務所のオーナーなら、孫は渡さん。だがSランクヒーローなら1億歩譲って、預けてみても構わん」
「おじいたま、勘違いされておりますが」
「皆まで言うな」
「言わせて下さい」
「グレースのワイルドガンズからアクセルへの移籍金は30億くらいだろうが、そのへんはアルファオービットの会長として建て替えといてやる。なに、後々返してくれればいい」
「無理ですおじいたま。死んでしまいます」
「ではな、ワシはもう行く」
「おじいたま! 娘いりませんから! おじいたま! 聞けジジイ!!」
デッカードは結城に一切耳をかさずテントを出ていった。
結城は手を伸ばして引き止めるも、虚しく空を掴む。
そしてがっくりうなだれる。
「もう終わりだよウチの事務所」
アクセルヒーロー事務所、折れたヒーロー 了
――――――
というところで第1幕完結となります。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
またアクセルヒーロー事務所の活動を見たいと思っていただければ、フォローやレビューなんかしていただけると幸いです。
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