第35話 総力戦

「見えてきたな」


 昼間来た国立植物科学研究所に、巨大な植物の怪物がそびえ立っていた。

 怪物の基部は根塊のような形をしており、太い茎が天を貫かんと垂直に伸びている。頂上部には真っ赤な花弁のようものも見える。


「でかすぎる」

「怪獣映画じゃん」


 結城と凛音は、そのスケールの大きさに顔を引きつらせる。

 そのサイズは矢車の言っていた30メートルを越え、50メートルに届きそうだ。 

 周囲にはスイカペイントのガスタンクが並んでおり、まるでスイカの中に咲いた巨大な花のようだ。


「なんですかあれ? 超巨大ラフレシアですか?」

「鏡魔に寄生された、葉山教授の成れの果てだ」


 現場には既に複数のヒーローが到着しており、地上からスポットライトで葉山変異体を照らしている。

 また、空には中継用のヘリがブンブンと飛び回っている。


「グレース、あそこに停めてくれ」

「OK」


 変異体の約300mほど手前にとめられた、HBCの中継車の横にジープをつけると、ちょうど矢車が車から降りてきた。


「矢車さん」

「神村オーナー、早いわね」

「状況はどうなっていますか?」

「最悪よ、動きがないように見えるけど地中に根を張っていて、その根が研究所となりのガスタンクから、メタンガスを吸収している」

「それってつまり」

「ええ、奴の体は今メタンを吸収した爆弾になっているわ。あれが爆発すれば、恐らくここら一体数キロは吹き飛ぶわ」

「避難指示は?」

「もう出てる。ヒーロー協会は奴の呼称をメタンフラワーに決定、災害レベルをクラススリーにしたわ」


 災害レベルとはどの程度の被害が起こるか予測される警報で、クラスⅢは数千人規模の死傷者が出る可能性があると判断されたときに出される。

 被害想定で上から3番目に高いレベルである。


「東京に出来たガス爆弾ですから、クラスⅢもやむなしですね」

「奴にはこっちから攻撃できないし、ただ大きくなるのを見守るしかないわ」


 だが、突如周囲が爆炎に塗れる。

 メタンフラワーの茎から伸びた、無数のツタの先端に紫の花弁が出現。花弁の真ん中から直径3mはある、巨大な種が放出されたのだ。

 大砲の砲弾のような種が連続で発射され、周囲の街を破壊していく。


「くそっ、これがほんとのタネマシンガンって奴か」

「バズーカの間違いでしょ! ヒーロー弾丸シードを迎撃して! 決して本体にダメージを与えてはダメよ!」

「凜音、中継車を守ってくれ!」


 凛音は中継車の周囲に氷の壁を作り上げる。しかし次々に弾丸シードが着弾し、氷がどんどん砕かれていく。


「やば、押さえきれない!」


 弾丸シードが連続で同じ場所を攻撃し、氷壁が破壊される。

 むき出しになった凜音に、弾丸シードが飛ぶ。


「まずい!」


 だが種は眼の前で爆発する。

 一瞬ニンジンが飛んできたように見えた凜音は、何が起きたか周囲を見渡す。そこには夜空をバックに、宙に浮かぶバニーガールの姿があった。


「モカちゃん! バニラ!」


 今回の彼女たちは戦闘仕様で、人参型砲弾を打ち出すキャロットバズーカを担いでいる。


「どうも先輩!」

「大丈夫ですか?」

「ええ、ありがとう!」

「なんとか種は我々が撃ち落とします!」

「た、たくさんのヒーローが来ています。皆で協力しましょう!」


 モカの言葉通り、三角木馬カーに跨ったSMガイズ達の姿が見える。


「民を守るのも女王様の役目よぉぉぉ!!」


 だが積極的攻撃を許されないヒーローに対して、無限にも思えるほど種を振らせてくるメタンフラワー。

 対応策がわからず、敵の周囲全てでヒーローたちは窮地に陥っていた。

 その様子を中継車で見ている矢車は唇を噛みしめる。

 放送ディレクターが、焦りに満ちた表情で矢車を見やる。


「ど、どうしますこれ? A級ヒーローがいないとはいえ、このままじゃ全滅ですよ」

「わかってる! こんなの放送できるわけないでしょ。スタジオになんとか繋がせて!」


 指示を出した直後、中継車が激しく揺れる。恐らく弾丸シードが間近に落ちたのだった。


「矢車さん、我々も避難しないとまずいんじゃ……」

「バカ言わないで、私達が逃げたら誰がこの情報を国民に流すのよ!」

「さすが矢車さんジャーナリストの鑑です」

「見なさいこの視聴率を、ヒーローがピンチになればなるほど上がっていくわ」

「やっぱあんた終わってるよ!」


 彼女自身なんとかしないと、自分の命が危ないことはわかっている。

 バラバラに動くヒーロー達は、反撃もできず撃破されていく。

 矢車は種迎撃に出た結城に連絡をとる。


「神村オーナー、現状ヒーローの連携がとれていなくて、各個撃破されて非常にまずい状況よ。そこでだけど、貴方この場にいるヒーローたちの指揮をとりなさい」

「無茶言わんでくださいよ、敵の攻略法も見つかってないのに」

「現状Sランクはあなただけなの。このままだとヒーローは壊滅するわ。しかも国は横須賀基地に停泊中の原子力空母2基に緊急出撃要請スクランブルをかけた。恐らく数時間以内に決着しなければ、S-2Aステルス爆撃機が発艦し”処理”に向かってくるわ」

「毎度諦めるのだけは早い連中だ」

「クラスⅢは野放しにできない。国は国で国民を守る義務があるの」



 矢車に無茶振りされた結城は、律にドローンを飛ばさせていた。

 ゴーグルを装備している彼女は無防備なので、結城が飛んできた弾丸シードを電気で弾き飛ばす。


「律、どうだ!?」

「奴の茎の中はほぼ空洞で、メタンガスに満たされています。火気以外なら、ツタは攻撃しても大丈夫です。また茎も外皮がかなり頑丈なので、そう簡単には引火しないはずです」

「それはいい情報だ」


 結城は即座にヒーローに向け、情報共有を行う。


「ヒーロー各位へ、こちらアクセル事務所神村。情報伝達を行う。種を吐き出してくる花のついたツタは、火器以外の兵装ならば攻撃可能。また本体自体も外皮が厚く、そう簡単には爆発しない。あまりビビりすぎず戦うんだ」


 結城の通信を聞いて、全てのヒーローが剣や斧、鞭、等の物理兵器を取り出し、応戦を開始する。


「SMウイィィィィップ!!」

「イケメン斬!!」


 実力派ヒーローが、次々にツタを切り落としていく。

 結城は律の能力で3D化したマップ情報を見ながら、劣勢な場所にヒーローを割り振っていく。


「マッスルレスラーズ、その場所は危険だ。直ちに退避せよ」

『逃げ遅れた民間人がいる、退避はできない!』

「了解、SMガイズ、北側のマッスルレスラーズが救助者を発見。しかし危険な状況だ、至急援護に回ってくれ!」

『承知! ぐああああっ!』

「大丈夫かSMガイズ!!」


 爆音と共に、SMガイズとの連絡が途切れる。


「くっ、どこを回す。このままだとマッスルレスラーズもやられる」

「パパ、石崎警部がパパと話をさせろと通信が来てます」

「なんだこのクソ忙しいのに。繋いでくれ」

『おい結城、どうなっている! ヒーローがやられているではないか! メタンガスだか知らんが、お得意の能力でなんとかせんか!』

「警部今どこにいる?」

『おん? 堀田の河川敷だが……』

「頼みがある、メタンフラワー北側に逃げ遅れた民間人がいる。ヒーローが守りながら戦っていて、身動きが取れない。パトカーで救助に向かってくれ」

『なに、それは本当か?』

「急いでくれ、長くは持たない」

『……わかった、すぐ行く』


 石崎はすぐに通信を切る。


「意外ですね、あの警部嫌な人だと思ってました」

「嫌な人は間違いないが、警部は正義の人だからな」


 パトカーがサイレンを鳴らしながら、メタンフラワーへと突撃していく。石崎の声で「警視庁をなめるな~!」と聞こえてくる。


「能力なしの警察を現場に送り込んで大丈夫ですか?」

「大丈夫だ、あの人は不死身の石崎という二つ名を持ってるしな」


 結城の言う通り、パトカーは飛んでくる弾丸シードをかわし、地面が吹き飛んでも片輪走行しながら北側へと到着。

 民間人をパトカーに乗せると、凄まじいドラテクで戻って来る。

 石崎は民間人を安全位置に避難させると、再度結城に連絡を取る。


『結城ぃ! 避難遅れの民間人は一人二人ではない! 数百人単位で残っているぞ!』

「わかった警部、陸自に連絡してトレーラーを回す。あんたはそっちに乗り込んで、再度救助に向かってくれ」

『オレだけならなんとかなるが、トレーラーで移送するなら護衛がないと無理だ! あの種は避けられん!』

『護衛ならミーに任せて! ワイルドガンズのバイク乗り達で種を撃ち落とすわ!』


 通信に割って入ったグレースに頷く。


「了解、警部ヒーローを護衛に行かせる。道案内頼む」

『了解した。どのようなヒーローだ?』

「爆乳のカウガール集団が向かう」

『ばく?』


 ヒーローや警察も一致団結して戦っている中、中継ヘリに紛れてフェアリーガーディアンのヘリが飛んできた。


『フハハハハ、貧乏人諸君、貧乏なりに戦っているかね! 見たまえこの戦闘ヘリを、中古で18億もした高級ヘリだ! 少々の痛手だったが、でも大丈夫僕は金持ちだからねぇ』


 オーヴェロン金光は死ぬほどどうでもいい情報を、大音量のマイクで鳴らす。

 情報が重要な現場での妨害行為に、ヒーロー全員が舌打ちした。


『こんな花の怪物、金持ちミサイルで吹き飛ばしてあげよう!』

「バカやめろ! ガスタンクにミサイル打ち込む気か!」


 結城の声も虚しく、戦闘ヘリが4発のミサイルを発射する。

 しかし地上から青白いビームが発射され、ミサイルが全て迎撃される。


『んな!? どうなってるんだ!! 僕のミサイルが、1発800万もするんだぞ!』


 地上を見ると、機械的なパワードスーツを身にまとったグレースの父、デッカードの姿があった。

 まるでサイボーグのようなメタリックなボディで、胸部にはリアクターの青い光が漏れている。


「爺さん」

「真の敵は無能なる味方だな。ああいうものはさっさと退場させろ」


 デッカードは、手のひらから青白いビームを発射し、ヘリコプターを撃ち落とす。

 ヘリはテールローターを撃ち抜かれ、グルグルと旋回しながら地上へと落ちていく。


『うわああああ、18億したヘリが落ちる!』


 オーヴェロンとパイロットが、パラシュートをつけて脱出するところまで見えた。


「チッしぶとい連中だ。ワシは娘が気になるから救助へと向かう」

「了解しました」


 デッカードはフェイスマスクを閉じると、背面のスラスターを光らせ、100メートル級の大ジャンプを行う。

 結城は金のかかってそうなスーツだと思ったが、よくよく考えると彼がアルファオービットの会長だということに気づく。


「スポンサーの会長はアイアンジジィってか」

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