第33話 侵入者
その日の午後――
結城は凛音と律を連れて、葉山のいる国立植物科学研究所を訪れていた。
三人はワゴンを降りると、バカでかいガスタンクに目を丸くする。
直径約40メートルほどの球形ガスタンクが6基並んでおり、そのすべてが緑のペイントに黒のギザついた縦縞が入っている。
「なーにこれー? スイカ?」
「スイカペイントのガスタンクですよね」
「ここは植物からとれる燃料を研究していて、日本のバイオ燃料はほぼ全てここで生まれてると言ってもいい」
「じゃああそこにあるスイカガスタンクは、植物からとれた燃料が入ってるってこと?」
「あっちのはメタンガスじゃないか? 隣にゴミ処理場があるだろ」
「植物研究所とゴミ処理場が隣り合わせなんですね」
三人は許可をとって研究所の中に入っていくと、施設内には大きな植物園が作られていた。
この中で葉山が植物の世話をしていると聞き、園内を探すことにした。
ガラス張りの天井から日光が差し込み、気温は空調が効いていて少し暑いくらい。日本では見られない美しい花々が咲き乱れ、緑の葉が生い茂っている。
というより生い茂りすぎて、ほぼジャングルである。
「熱帯雨林に突如ワープした気分だな」
「うわ、すっご。あのヤシの木10メートルくらいありそう」
「凛音先輩、アレ見てください。ラフレシアですよ」
「うわぁでかっ、こわっ」
「ラフレシアってハエを媒介にして受粉するらしくて、死体と同じ臭いするらしいですよ」
「えっ、怖いんだけど」
「ちょっと臭いかいでみません?」
「やだやだ嫌だってば! 律が行きなよ!」
凜音と律はお互いの背中を押し合っている。
「お前ら遊びに来たんじゃないぞー」
そう言いつつ結城も、珍しい植物に口が開きっぱなしである。
広々とした園の奥へと進むと、白衣を着た穏やかそうな中年男性が花に水やりをしていた。
「可愛いよスーザン、かっこいいねティモシー、今日も元気だねゴンザレス」
「あの人、植物全部に名前つけてるの?」
「名前をつけると、生育がよくなるという実験結果が出てますし」
「かわいいよA君、いい感じだねB君、素敵だよC君」
「段々名前雑になってない?」
「数が多いですからね」
結城はご機嫌な葉山に声をかける。
「葉山教授でよろしいですか?」
「ん? 君たちは?」
「我々はアクセルヒーロー事務所のもので、とある事件の捜査の為、伺わせていただきました」
「ふむ? 私は今のところ事件とは無縁な人生を送っているが」
「テレビなどで、連続焼死事件が発生しているのはご存知ですか?」
「すまない、あまりテレビは見ないんだ。この子達の世話ばかりしていてね」
葉山は咲き誇る花を指差す。
「お一人で管理されているんですか?」
「いや、数人の職員とね。ただ新しいものを植えているのは全て私だ。恥ずかしながらこの歳で家庭も持っていなくて、この子達が家族のようなものなんだ」
「いえいえ、ご立派だと思います。研究について少々聞かせていただいても構いませんか?」
「構わんよ。私はゴミで汚された土を、元の美しいものにかえられないかと思って、植物を研究しているんだ。この植物園の土も、実はゴミ島からとってきた汚い土なんだよ」
三人はそれは凄いと驚く。
「言われてみればプラスチックっぽいのが落ちてますね」
律はペンの残骸と思しき、細長いゴミを拾い上げる。
「人間は業が深い。自分たちが便利になるために植物を切り、土を荒らす。科学の発展の為という人もいるが、誰かが汚したなら誰かが綺麗にしなければいけない。放置された汚れは傷を生み、やがて腐敗する。だから私は地球を再生できる、強い植物を作りたいと思っているのさ」
三人は葉山の崇高な志を聞き、地球環境について考えさせられる。
「外にスイカのガスタンクがあっただろう? あれはゴミを処分したときに出るメタンガスが貯蓄されている。今は6基もあるが、あれを徐々に減らしていくのも私の目標さ」
「なるほど、では悪人が嫌いとか。燃やしてやりたいみたいな気持ちはありません?」
「ハハハ、ないない。燃やすって私の能力を言ってるのかもしれないが、私の力はせいぜい手から40度そこその熱が出るだけだ。それに私は植物以外興味ないんだ。悪いね」
「いえ、こちらこそ変な質問してすみません」
結城達は話を終えたあとも、数時間に渡って葉山の行動を観察してみるも怪しい点は全くなかった。
特になんら成果も得られず、日も暮れ本日は帰宅することになった。
「葉山さんすごい人でしたね」
ワゴンに乗り込んだ律は、スイカガスタンクを見やる。
「ああいう人がいるから、環境破壊を食い止められるんだろうな」
「でも、実は裏で環境を破壊する人間を憎んでるのかもしれないわよ」
「究極の自然保護は、人間を絶滅させるってことですか? 」
「ラスボスの思想過ぎるだろ。それならダークフレイムは自然破壊する人間を優先するだろうし、今回は空振りだな」
3人は疑うこと事態が失礼だったなと思いながら、事務所へと帰ることにした。
「私ヒーローという職がなかったら、ああいう地球環境を守る科学者になりたいなと思いました」
「でも律、植物学者だとあんたの嫌いな虫と毎日ご対面よ」
「うっ、それはちょっと嫌ですね」
3人はビルに到着し、エレベーターを上がって3階の事務所に入ろうとする。
しかし、結城は事務所のドアノブを握りかけて止まる。
「…………下がってろ」
「どうしたのパパ?」
結城はホルスターから拳銃を抜き、スライドを引く。
「誰かいる」
当然部屋の中は真っ暗、その状態での侵入者は悪意を持った人間しか考えられない。
凛音と律も、慌てて鞄から拳銃を抜いた。
結城がドアを開け、真っ暗な事務所内を進む。
壁に備え付けられた電気のスイッチに手を伸ばすと、その瞬間暗がりからナイフが飛び出してきた。
心臓を穿たんとする襲撃者の刺突を結城は銃身で弾く。
「いきなりか!」
薄闇の中繰り出される連続刺突、弾き返すたびに火花が散る。
数回の攻防を終え、結城は悟る。この襲撃者が相当な手練であることを。
(獲物はサバイバルナイフのような大型のナイフ。動きは海兵隊のマーシャルアーツに近い。こいつ軍関係者か?)
闇の中、研ぎ澄まされた殺気が肌に突き刺さる。
相手が男か女かもわからないが、まるで野生のジャガーでも相手にしているかのようだ。
襲撃者は再び刺突を繰り出し、目線がナイフに誘導された直後に回し蹴りを放つ。
結城は咄嗟に腕をクロスしてガードしたが、ビリビリと痺れるような痛みが走る。
「シット!!」
武器だけに頼らない格闘術に驚きつつ、結城は次の刺突に合わせて襲撃者の手首を掴み、流れるような動作で後ろを向いて腰を落とす。
襲撃者の上半身が結城の背に乗ると、勢いよくフローリングに叩きつけた。
襲撃者は背負投げで背中を強く打ち付け、肺の中の空気が逆流し、ゴホゴホッとむせる。
「やったパパ、今すぐふんじばって警察呼びましょう!」
「そうよ、ヒーロー事務所に泥棒とかなめたことしてんじゃないわよ!」
律が携帯を取り出そうとすると、結城が止める。
「いや、いい。多分泥棒でも暗殺者でもない。殺意はあったけど、悪意は感じなかった」
「どういうこと?」
凜音達が首を傾げると、襲撃者は両手を上げながら起き上がって被っていた目出し帽を脱いだ。
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