第32話 ダークフレイム

 後日――


 結城はカラフルな布が並ぶ店の前で立たされていた。


「なんでこんなことに」

「パーパー、こっちとこっちどっちがいい?」


 凛音が持ってきたのは、ヒョウ柄とゼブラ柄の際どい下着。

 前回焼けてしまった下着のかわりを購入するため、凛音と律に連れられて大型デパートの下着売り場に来ていたのだった。

 売り場の女性店員から突き刺すような目で見られること数回、彼のメンタルはゴリゴリと削られていく。


「凛音、別に俺いなくてもいいんじゃないかな? アドバイスもできないし」

「グレースとキスしてたのにぃ?」

「はい、すみません」


 もうそれを言われると何も言い返せない結城だった。


「で、どっちがいいの?」

「と、虎かな」

「パンサーね。パパえっちぃー。この際だし勝負下着も決めてもらおっか」


 まさかその下着の上の段階があるのかと思うと、冷や汗が止まらない。


「パパは下品系と清楚系どっちが好きなの?」

「似合っていればどっちでも……」

「そういうのが一番困るなぁ。試着してくるか」

「凜音、お前勝負下着って誰に勝負かけるつもりなんだ?」

「え~? 聞かれてるのにわかんないの?」


 凜音はにへら笑いしながら試着室へと入っていく。

 すると今度は律が下着を持ってくる。


「パパー、これどうですー?」


 Tバック下着の上に、ローライズ下着を重ね履きしたセクシーなものだ。


「君等もう少し年相応なのはないのか!?」

「大体皆こんなのですよ?」

「嘘だ! 俺が学生の頃、女子はもっと普通のブルマっぽいパンツだったぞ」

「ブルマってパパ古い」


 別にウケを狙ったわけでもなかったが、律はケラケラと笑う。


「りっちゃん、俺もう視線が痛すぎてどこかに行きたいんだが」

「ダメですよ。今日はパパに選んでもらう日なんですから」

「見ろ周りを、男なんか全くおらんぞ。ここは女性の神域だから、オジサンは入っちゃダメなの!」

「そうですか? この多様化してる社会では、古い考えと思いますが。それに見てください、男の人いますよ」


 律が指さした先に、カップルが二人で下着を選んでいた。


「あれはカップルだから。しかもこういうところに来るってことは、それなりに深い仲だから」

「我々もわりと深い仲だと思ってますが」

「あれは恋人同士、俺達はオーナーとヒーロー。関係が深いのベクトルが違うの! りっちゃん、君わかってて言ってるよね? オジサンいじめて楽しんでるよね?」

「さぁ、ちょっと何のことかわかりませんね」


 ニヤニヤしながらすっとぼける律。

 その後も結城は試着室の前で一人待機させられるなど、二人にいじめられ続けた。

 二人は尚も下着選びに夢中なので、結城は店の前のベンチに腰掛け、スタバで買ったコーヒーを啜る。


「辛い。明らかに女性店員が俺をマークしている」


 結城がチラッと売り場を見ると、女性店員が目をそらし商品をわざとらしくはたいたりしている。

 しかも店員は左右にも一人ずつ。三角デルタフォーメーションで結城を包囲している。


「まぁいいか、これくらい。業績も良いし。律も笑顔が増えたし。これでスポンサーがついてくれれば、順風満帆と言えるのだが」


 星宮ウォーターランドは、事件解決後お礼として事務所の大浴場を修理してくれた。

 足を伸ばして風呂に入れるというのはとても喜ばしいことだが、できれば継続的にスポンサードしていただけるともっと嬉しかった。


「ジュースでも下着でも、どこでもいいからスポンサーになってくれないものか」


 でなければスカイバニーのような、飛行能力という強みを持った無所属ヒーローに声をかけることができない。

 ゲームでSRクラスのキャラが、お金さえあれば交換できるのに、資金不足で手が出せないもどかしい状況。

 下着って経費で落ちるのか考えている、貧乏オーナーの元には幸運のウサギはやってこないだろう。

 老け込んだ溜息をつくと、結城の携帯に連絡が入る。


「もしもし?」

『もしもし矢車よ。先日の下着泥の件だけど』

「あーなにかわかりました?」

『……あの下着ドロ死んだわ』

「は?」

『移送中に能力者に襲われて、焼き殺されたわ』

「下着ドロにバックがいたってことですか?」

『違うわ。あなたダークフレイムって知ってる?』

「いえ」

『警察が追いかけてるんだけど、犯罪者を焼いて回る正義気取りの悪人がいるのよ。今回の件は、そのダークフレイムの手口と似てる。ここ最近火事のニュース多いでしょ』

「全部そのダークフレイム絡みってことですか?」

『全部とは言わないけど、何割かは確実にそう。犯罪プロファイリングによると、元ヒーローもしくは現ヒーローの炎系能力者の可能性が高いらしいわ』

「犯罪プロファイリングなんかアテになりませんよ。あいつら犯人は20代から50代の痩せ型、または肥満の男性か女性の可能性が高いとか言い出しますし」

『今は手がかりがないんだからしょうがないでしょ。ダークフレイムの容疑者リストを作って、あなたの端末に送ってあるから、今確認してちょうだい』

「わかりました」


 結城が携帯を確認すると、顔写真とプロフィールが並んだファイルが表示される。


「うわ、多いな。100人はいるだろ」

『仕方ないわ、炎系以外にも爆発系、レーザー系、エネルギー弾系の熱攻撃を使う能力者も含まれてるから』

「こんな数、いちいちマークできませんよ」

『わかってる。あなたにマークしてもらいたいのは、葉山幹雄はやまみきおという男よ』

「葉山幹雄……」


 画像を確認すると、年齢は60前後くらいの白髪で穏やかそうな男性だ。


「白衣を着ているが、何かの研究者ですか?」

『ええ、バイオ燃料科学者で植生学にも精通しているわ。彼自身放熱の能力者で、科学技術異能許可証バイオライセンスの持ち主よ』

「ライセンス持ちってことは、研究の為ならば自身の能力使用を許可されている」

『その通り。彼はこの前の下着ドロが殺された時のアリバイがない』

「それだけで容疑者は乱暴じゃないですか? こんな人の良さそうな方なのに」

『そういう一見表の顔は誠実そうに見えて、裏では黒いことやってるかもしれないでしょ』

「ミステリー小説の読みすぎですよ」

『とにかく行って調べてきなさい。今他のヒーロー達にも別の容疑者をマークさせてるから、どれか当たるでしょ』

「A級ヒーローたちに頑張ってもらいましょう」

『あー言うの忘れてたけど、今国内のA級以上のヒーローはオーストラリア地区で起きた、大規模地震の調査でいないわよ』

「は?」

『もっと言うと、S級ヒーローは国内であなただけ』

「終わってる。何かおきたらどうするんだ」

『国連の命令だからしょうがないわよ。あなたは今できることをしてちょうだい』

「わかりましたよボス」

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