第28話 下着ドロ

「なんとか完売できたな」


 腕相撲50人抜きチャレンジが終わり、モカとバニラは結城達に深く頭を下げる。


「「すみません、ありがとうございます」」

「パパ大丈夫?」

「腕がもげそうだが、まぁ大丈夫だ。しかし腹減ったな」

「お昼も食べてませんしね」

「なんか食うか」

「多分控室にお弁当あると思います」


 バニラの情報に、それはいいと頷く。

 スカイバニー含め、全員で控室へと向かっている最中だった。突然女性の悲鳴が上がる。


「キャー下着ドロよ!」

「何!?」


 結城達他ヒーローが声の方に走ると、更衣室らしき場所で人だかりができていた。


「げっ、まさかあそこってあたしたちの更衣室じゃない?」

「間違いないですね」


 中を覗くと、ロッカーが全て開き女性物の衣類が荒らされていた。

 その場には矢車の姿もあった。


「ちょっとヒーロー、ダメじゃないの下着泥が出るって言われてるのに」

「すみません。矢車さんもとられました?」

「いえ、私のは幸い無事だったわ」


 結城たち男性ヒーローは女子更衣室に入って良いものかと困っていると、ジューシーズやワイルドガンズの女性ヒーローが現場検証を始める。


「パパ、こっからはあたし達がやるから」

「男性ヒーローは下がってください」


 それから10分後、衣類の片付けが終わり女性ヒーロー達から入出許可が出たので、結城も更衣室の中へと入った。


「凜音と律は何かとられたか?」

「見事に下着全部いかれたわ。まさか来場者じゃなくて、ヒーローの下着を狙ってくるとはね」

「私も換えの下着も全部持って行かれました」

「泥棒からすると、誰のかわからん下着を盗むより顔がわかってるヒーローを選んだんだろうな」


 どうやら下着泥は相当狡猾らしく、美人ヒーローの下着ばかり選んで盗んでいったようだった。

 矢車のロッカーは開けられてすらおらず、恐らく犯人は誰がどのロッカーを使っているかまで把握していたようだ。


「くそっ女の敵め、絶対許さないから」


 他のヒーローたちも、ヒーロー舐めやがってと憤慨している。


「ない、ない、ない! どなたかわたしの人形を知りませんか!?」

「あ! ウチの指輪もないです!」

「ミーのもありまセーン!」


 何かと思い振り返ると、スカイバニーのモカとバニラ、カウガールのグレースが自分の鞄の中をひっくり返して慌てていた。


「なくなったって言うのは?」

「あの、そんな高価な指輪じゃないんですけど、昔お姉ちゃんと一緒に買った大事な指輪なんです」

「わ、わたしはいつもウサギの人形を持ち歩いていて、そのウサギさんが指輪を持ってたんです」


 結城はなくなった物をメモしていく。


「指輪と指輪を持ったウサギの人形か。なるほど、グレース君は?」

「ミーはパパから貰った星型の勲章デス。チェーンを付けてアクセサリーにしていたのですが、それがなくなりました! とっても大事なもの、下着なんかどうでもいいから、それを返して欲しいデス!」

「我々もです。あれがないと困るんです」

「なるほど、下着を盗んでいる最中に一緒に盗まれたか……。とにかく犯人を探そう」


 結城は人だかりの中に、施設のオーナーを見つけて協力を求める。


「玉木オーナー、監視カメラの映像はありますか?」

「更衣室の中にはないが、部屋の前の通路のものはある。チェックしたが、不審な人物は誰も映っていなかった」

「なるほど、となると能力者の可能性が高いな。何かしらのステルス能力を使った……。律、何か反応はあるか?」


 既にゴーグルをつけて痕跡を探っていた律は首を振る。


「いえ、何もありません。能力が使用された痕跡も」

「律の索敵にも引っかからないのか……」


 その時、外から悲鳴が上がる。


「誰か来てくれ火事だ!」

「おのれ、下着ドロの次は放火か卑劣な奴らめ! このSMガイズが成敗してくれる!」


 SMオジサン含むヒーロー達が、一斉に更衣室を飛び出していく。

 しかし結城たちは、その場に留まっていた。


「いかなくていいんですかパパ?」

「20人もヒーローが行ったんだからすぐ鎮火する。それに火事って言ってたし、今回の件とは多分別口だ。律、この下着ドロどんな能力者だと思う?」

「そうですね、監視カメラに映っていないのでしたら、やはり透明化しているとしか」

「俺もそう思う。透過能力の問題は能力の使用限界。全身を隠す能力になると、持って3分ってところのはず。にも関わらず、カメラには大量の下着を抱えた人間は映っていない」

「つまり?」


 凜音の質問に、結城は更衣室内を見渡す。


「ひょっとしたら、まだこの更衣室にいるんじゃないかと思っている」

「ほ、ほんとですか? でも私の能力には」

「律、あまり自分の能力を過信するな。いつだって自分の力が通じない相手が現れると思って捜査を行うんだ」

「はい、わかりました」

「俺の見た能力者の中に、動かなければ体を鋼より固くできる奴がいて、今回の能力者もそれと似たようなもんじゃないかと思っている」


 結城は手のひらを青く光らせると、ゆっくりと周囲にかざす。


「何やってんのパパ?」

「電気ってのは、少し能力を調整すると磁石みたいな働きができるんだよ」

「ふむ?」

「あっ、なるほど。そういうことですか」

「何が? 二人で完結しないでよ」

「凜音先輩、この場に犯人がいるなら、盗まれたアクセサリーも犯人が持ってます」

「そう、だから強力な磁石を当てると――」


 結城が部屋の隅に手をかざすと、突如何も無い空間からウサギのぬいぐるみと、星型のアクセサリーが吹っ飛んできた。


「凛音そこだ! 氷で固めろ!」


 凛音が即座に部屋の隅に向けて氷結攻撃を放つと、若い男二人が実体化する。

 真っ黒い光学スーツらしきものを着ており、下着の入ったバッグを持っている。そのうち一人は、一番最初に結城達に声をかけてきた糸目のスタッフである。


「テメェがカメレオンか! ってお前ここのスタッフだな!」


 そう言えばこの男が、ロッカーの鍵を手渡してきたことを思い出す。既にあの時から、下準備は始まっていたのだ。


「クソ、バレちまった!」

「逃げるぞ!」


 糸目男たちは体の一部が凍りながらも、下着が入ったバッグを担いで更衣室から逃げ出す。

 結城たちも慌てて追いかけるが、犯人は足にエンジンの付いたローラースケートのようなものを履いており、ごったがえす客をスイスイ避けながら高速で逃げていく。


「律、ドローン飛ばしてくれ!」

「はい!」


 律が即座にドローンを園内上空に飛ばすと、放火のあった駐車場に向かう犯人の姿が見えた。


「パパ、火事になってる駐車場に向かって犯人は逃走中です!」

「馬鹿め、そっちはヒーローだらけなんだよ。おーい! その黒いスーツを着た男捕まえてくれ! そいつが下着ドロだ!」


 結城が大声を上げると、消火に当たっていたヒーロー全員が振り返る。


「待ちやがれ!」

「ミーのアクセ返すデース!」

「わたしのも返してください!」

「畜生、これはネトオクで売るんだよ!」


 転売目的かよ、こいつ最低だな! そう思いながら疾走する下着ドロを追いかけるが、ローラースケートが馬鹿みたいに早くて追いつけない。

 犯人は公道に出ると更に加速し、車なしでは追えないスピードで逃げ去っていく。


「速すぎよアレ! 時速100キロくらい出てるでしょ!」

「クソっあんなこそ泥に逃げられたら、ヒーローの名折れだぞ!」

「カモン! ユーキ乗りなさい!」


 振り返ると、グレースがハーレーのような大型バイクに乗って来ていた。

 丸型のヘッドライトに、クロームメッキのフロントフォーク。本体にはV2エンジンのシリンダーが力強く並び、涙滴型の燃料タンクの横にはショットガンが装備されている。

 威圧感のある幅広のハンドルバーを握りしめたグレースの後ろに、結城はすぐさま飛び乗り犯人を追う。


「こちらも!」

「つ、追跡は任せて下さい」


 スカイバニーたちが腰部ブースターのウイングを展開し、ジェットエンジンに火を入れ飛行体勢に入る。

 ブースターが青白い火を吹くと、彼女たちの体が少しだけ浮きホバリングする。


「あたしたちも連れて行って!」

「私索敵できます!」


 凜音と律はモカとバニラに手を伸ばすと、彼女たちはその手をつかむ。


「行きます!」

「「テイクオフ!」」


 空飛ぶウサギたちは、地上から打ち上がる流星の如く空へと舞い上がる。 

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