第21話 ファザコン

 あれから警察に事情聴取を受け、救急病院で点滴3本打って帰ってきたのは朝方。

 それから結城と律は事務所で夜まで寝ていた。

 自然と起きた二人はシャワーだけ交互に浴びて、テレビをつけニュースを眺める。


『続いてのニュースです。本日午後、警視庁が違法薬物の製造・販売に関与している疑いのあるブレア製薬を強制捜索しました。

警視庁によると、ブレア製薬は違法薬物の売上を国が指定する宗教団体鏡魔教に流しており、団体の資金源になっていたと見られます。

搜索時、ブレア製薬社長の蛭間勝臣氏が激しく抵抗を行った為、”捜査官に”射殺されました』


「警察に全部手柄あげちゃったんですね」

「そういう約束で、律の救出を見逃してもらったからな。本当なら令状もなしに踏み込むなんてできなかったんだよ」

「私がブレア製薬にいるって、なんでわかったんですか?」

「一応君の父親のことは怪しいと思って洗ってたんだ。律の父親と繋がっていて、鏡魔教とも黒い繋がりがある企業はブレアしかなかった」

「なるほど」


『また同じく関与が疑われる、会社員の黒崎隆夫容疑者を乗せた護送車が何者かに襲撃を受け、身柄を奪われました。警察は鏡魔教による人質奪還と見て、詳しく捜査が行われています』


「親父さん攫われちまったな」

「まぁでもこれって口封じですよね?」


 鏡魔教が無理をして律の父を助けたのは、彼女の言う通り口封じである。

 蛭間とも絡みがあった隆夫が知っている情報は多く、鏡魔教としては放ってはおけなかっただろう。

 恐らくもう黒崎隆夫は、この世に存在しない。


「…………」

「パパが気にしなくていいですよ。攫われたのは警察のせいですし。せっかく手柄貰ったのにミソつけるのが、今の警察って感じですが」

「冷静だな」

「いずれこういうことになると思ってました」

「…………」


 結城は父を失った子になんと声をかけていいかわからず困っていると、律は椅子に座る結城の前まで来て手を広げる。


「ん? なんだ?」

「抱っこ、してください」

「お、おぉ」


 律は対面になって結城の膝の上に乗ると、だらんとその胸に全体重を預けた。


「ヤニ臭と酒の臭いが染み付いてますね……」

「お前そんなゼロ距離で鼻をくっつけたらダメだろ……」

「服は全部ヨレヨレで、無精髭だらけだし」

「すまん」

「押しに弱くて、請求書書くのが苦手で、寝酒がかかせない。ほんと終わってますね」

「う、うむ……」


 至近距離で顔を見上げてくる猫っぽい律に、結城はなぜか緊張が止まらない。


「はぁ……でもダメ人間だけど、強くて優しいパパが好き……」

「お、おぉ……」

「パパって本当何者なんですか? 武装警備員や鏡魔教の信者を蹴散らしてきましたけど」


 律は自分の手を銃の形にして、電磁砲を再現しながら結城の胸を突く。


「それは……」

「あれだけ強い電撃使いってことで、大体予想はついちゃってるんですけど、でも多分言ってほしくないですよね?」

「そう、だな」

「じゃあ黙っておきます。パパに嫌われたくないんで」


 律は結城の肩に顎を乗せ、首の後ろに腕を回し、携帯ゲームをプレイしはじめる。

 明らかにやりづらいはずなのに、彼女はリラックスモード。

 時折頬ずりを挟んでくるところなんか、まんま猫である。


「りっちゃん、その体勢やりづらくない?」

「いえ、全然」


 結城はできればどいてほしいと思うが、ゲロ甘えてくる彼女を無下には出来ない。

 諦めてこのまま仕事するかと思うと、バーンっとドアを開けて、怖いツインテが入ってきた。


「パパやっと起きた? 昨日あたしがどんだけ探し回ったか知ってんの? 朝方律おんぶして帰って来るし、説明もなしに疲れたって寝ちゃうし」

「いや、あれはそのだな……」

「って律も……あんた何してんの?」

「別に何もしてませんが?」


 何もしてないって、そんな密着してどの口が? と思わざるを得ない。


「なんで距離感バグってんのあんた?」

「いや、別にパパだしいいかなって」

「どこの世界にパパの膝の上でゲームやる奴がいるのよ! 早く降りなさい!」

「嫌です、絶対嫌!」

「何わがまま言ってんのよ! あんた聞き分けいい子でしょ!?」

「これが私の素なんです!」

「まぁまぁ」

「パパもまぁまぁじゃなくてちゃんと怒って!!」

「まぁまぁまぁ」


 どうどうとなだめていると、ぐーっと誰かの腹が鳴る。


「……すみません、私です」

「丸一日何も食ってなかったしな。飯食いに行くか」

「それなら私何か作りますよ。甘やかされてばっかりですし、ちょっとは返さないと」

「おっ、りっちゃんはいい子だな」


 結城が彼女の頭を撫でると、恍惚とした表情を浮かべる。


「パパの手、大きくて好きです……」

「律、あんたメスの顔になってるんだけど」


 凜音は後輩の心境の変化に、若干の焦りを感じる。

 その後律が極度の料理下手、凜音が意外と料理できるという事実が発覚するのは、それから1時間後の話である。

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