第20話 さよならパパ


「迎撃に出たA班、B班、通信途絶! 敵ヒーローCブロックを突破しました!」

「早く区画を閉鎖しろ! 地上からの戦闘兵や警備はどうしたんだ!?」

「それが、敵は地下への入り口扉を溶接した後、エレベーターの電源もショートさせたようで、増援が入ってこれなくなっています」

「ぐぬぬぬ! 頭の回る奴め!」


 ここにきて最新のセキュリティが仇となっていた。

 どれだけ複雑な暗号パスワードでロックされていたとしても、電源から断たれてしまっては意味がない。

 その上逆にロックを破壊することで、完全に開かない扉へと変えられてしまった。

 逃げ場のない部屋に狼が入ってきてしまったように、顔色が悪くなっていく蛭間。それとは反対に律の表情に宝石のような輝きが戻ってくる。


「敵、来ます!」


 ドアを蹴破り入ってきた男に、信者が4人がかりでライフルを掃射する。アサルトライフルだけでなく、一人は軽機関銃。コンクリの壁ごと撃ち抜く、弾丸の嵐。

 更に手榴弾まで投げ込み、辺りが轟音と爆煙に包まれる。


「やったか!?」


 信者がいかにもダメなことを口走ると、煙の中から結城が飛び出し軽機関銃を持つ男の懐に潜り込む。

 357マグナムを肩に押し当て、そのままトリガーを引く。


「ぐあああっ!」


 肩骨を砕かれた信者は軽機関銃を乱射しながら倒れる。流れ弾で一人が倒れたので、残りは2人。

 信者はフルオートのアサルトライフルを連射するが、既にその場に彼の姿はない。

 雷の力によって脚力を増幅させ己を加速させる、サンダーイーグルの能力【サンダートリック】は残像を残すほどの超高速移動を可能とする。


「なんだこいつは……並のヒーローじゃない」


 信者はあまりにも異質な男に恐怖心を覚えつつも、再度アサルトライフルを構える。結城は彼らの背後に回りこみ、後頭部を鷲掴みにし電気ショックを浴びせる。


「あばばばばばば!」

「ぐげげげげげげげ!」


 信者は黒い煙を吐いて倒れ伏した。

 全員倒したかと思われたが、隣室からアンチスキルスーツの上にプロテクターを纏い、両手にガトリング砲を持ち、背中には大型の弾倉タンクを背負った現代の弁慶のような大男が現れる。


「なんかロボットみたいなのが出てきたな」

「蛭間様、私が来たからにはもう安心です」

「おぉ、頼むぞ! 奴を蜂の巣にしろ!」

「お任せ下さい、肉片一つ残しません」


 大男のガトリング砲が回転を始める。

 しかしその時には結城は人差し指と親指を伸ばし、他の指を曲げ銃の形を作って見せる。


「荷電粒子砲発射、3秒前、2、1」


 圧縮された電気エネルギーが人差し指の先に集まり、青白い球体が出来上がる。

 結城はガトリング信者からわずかに照準をそらすと、厚さ30センチある壁に指先を向ける。


「0」


 結城は高電圧の電撃をレーザービームのように発射した。

 青く輝く電磁砲の威力は凄まじく、まるで本物の雷が照射されているかのようだ。荒れ狂うヘビのようなスパークが部屋の中をのたうつ。

 電磁砲着弾と同時に激しい衝撃が地下全体を揺るがし、壁の破片がばらばらになって吹っ飛んでいく。


「なっ、えっ……」


 ガトリング信者は木っ端微塵と言ってもいい貫通した壁と、まだパチパチと電流を帯びる結城を交互に見て、股から尿を漏らした。

 ほんの数センチずれていれば、消し炭になっていたレーザー砲がかすめたのだ。失禁も無理のない話である。


「寝てな」


 完全に戦意喪失したガトリング信者のヘルムを外し、電気を帯びた手で頭部に触れると、男はぐにゃっと崩れるように気絶した。

 あまりにも桁違いな強さに、蛭間は開いた口が塞がらない。


「パパ!」


 律は涙と笑顔を同時に浮かべ、ヒーローの登場を喜ぶ。

 実父の隆夫は、初めて見る娘のキラキラした少女のような顔に強い劣等感と嫉妬を覚えた。


蛭間勝臣ひるまかつおみ、ヒーロー拉致監禁及び暴行罪で逮捕する。お前には指定宗教団体幹部の容疑もかけられている」


 結城は拳銃を蛭間に向け、投降を促す。


「ふははは、権力者である私を警察に毛が生えた程度のヒーロー風情が逮捕する? 笑わせるな、例え逮捕されようがすぐにもみ消して出てきてやる」

「パパ、そいつ人間じゃない! 鏡魔が体を乗っとってるんです!」

「バカなことを言うな、私を撃てば貴様は重罰に――」


 一発の銃声の直後、蛭間は仰向けに倒れた。

 律の忠告を聞いた瞬間、結城はあっさりと蛭間の眉間を撃ち抜いたのだ。

 そのあまりの躊躇いのなさに、言った律ですら驚いてしまう。

 大の字になって倒れた蛭間の体から、小さなミミズ型の鏡魔が溢れ出す。

 これが奴の体を乗っ取っていたものの正体である。

 結城は放射状に散って逃げようとする鏡魔たちに、激しい電流を浴びせる。

 ミミズ達は高電圧で焼かれ、残ったのは床についた黒いシミだけだ。


「あぁ先生!? 貴様よくも!!」


 黒炭化した蛭間を見て激高する隆夫。しかしただの中年男性と結城とでは勝負にならない。

 隆夫は律を盾にとると、彼女のこめかみに拳銃を押し当てる。


「動くな! 動けば撃つ!」

「あんたそれでも親か?」

「うるさい、黙れ黙れ黙れ!! よくも先生を!!」

「あんなミミズの怪物をまだ人間扱いするのか。それよりもっと大事なものがあるだろ!」

「ぐぅっ黙れ黙れ、説教するな!!」


 興奮し震える隆夫の指は、今にもトリガーを引いてしまいそうだ。


「パパ、助けて……」


 律の目が明らかに自分ではなく結城の方を見ていて、隆夫の嫉妬は頂点に達する。


「パパは私だろうが! あいつは他人だ!」


 隆夫が銃床で律を殴ろうとした瞬間、結城は電撃で銃を弾き飛ばす。


「しまった!」

「はぁっ!」


 一瞬で距離を詰め、隆夫の胸ぐらを掴むと背負投げで床に叩きつける。


「ぐあっ!」

「子供は世界の宝だ、それを傷つけるのはたとえ親でも許されない」

「子は親の所有物だ! どう扱おうが私の勝手だ!」

「違う! 子供が親を慕う気持ちを悪用した鬼畜外道な行為、許すことは出来ない」


 結城が青白い電流を流し込むと、隆夫の体が激しく痙攣し、その場に倒れ込んだ。


「死に……ました?」

「いや、気絶してるだけだ」


 手加減はした、しかし隆夫はまだ意識があったようで倒れながら律に向かって手を伸ばす。


「律~助けて~パパつらいよ~苦しいよ~」

「…………」

「お前といたとき楽しかったよ。幸せだったよ。お前が産まれて嬉しかったよ」


 見え見えの同情を引く作戦。しかしそれは思い出を共有している娘にとっては無視することができない。

 彼女は父に近づく。彼が倒れた腹の下に拳銃を隠していることに気づいていながら。


「パパ……」

「律、やっぱりお前は父さんの」

「ごめん」

「ごめん?」

「私新しいパパがいて……その人のところに行きます」

「律? 何を言ってるんだ? パパは私一人だろ」

「だからごめん……私のパパはもうあなたじゃないんです。あっちのパパは……あなたより遥かに優しくて、強くて……愛情深いんです」

「律ぅ!!!!」


 激高した隆夫は腹の下から拳銃を取り出す。

 しかし結城パパがそんなことは許さない。

 もう一度電流が流され、今度こそ隆夫は気絶した。

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