第19話 パパ到着

「さて、君をここに呼んだ理由だが、君には次の神を孕んでもらいたい」

「あの、さっきから何を言ってるんですか!? 全然わからないんですけど!!」


 神を孕む? 言葉の意味が一つも理解できないが直感的に恐ろしいことをしようとしているのはわかり、律は恐怖から泣きそうになってしまう。


「能力を持つ君と、神に選ばれた私が生殖行為を行うことで、強い力を持った神が生まれることは間違いないだろう」

「生殖って……」

「律、これはとても名誉なことなんだぞ。パパは鼻が高いよ」


 こんな化け物に娘を売ることが!? どうしたらいいの!? この中にまともな人間がいない!

 逃げ場もない状況で本来守ってくれるはずの父に売られ、パニックを起こすなというのが無理な状況だった。


「君は神の母体に選ばれたのだ。おめでとう」


 蛭間が拍手をすると、部屋の中にいた警護の信者数人も同じく拍手し「おめでとう」と言う。


「い、いや、嫌……誰か」

「さぁ彼女を儀式部屋に」

「律、先生に失礼のないようにな」


 看護服の信者が彼女の首を掴み、無理やり隣の部屋へと連れて行こうとする。


「嘘、やだ! 助けて! やめて触らないで!」

「すみません先生、ウチの子が聞き分けなくて」

「構わん構わん。ぐふふ、今日を神の生誕祭にしなければいけないな」


 この場に誰一人として律を助けてくれる人間がおらず、泣きじゃくって抵抗を示すしか無い。

 ヒーローとして活動していれば、いつかは死ぬような目にあうかもしれないという自覚はあった。

 だが、これは死よりも酷いじゃないか。鏡魔という悪魔に種付され、鏡魔を出産するなんて言う地獄すら生ぬるく感じる行為。

 それを容認する父も悪魔に見える。


「嫌だ、助けて! パパ! パパ! パパ!!」

「律、怖がることはないよ」

「私の呼んでるパパはあんたじゃない!」


 その時だった、突如部屋の電気が完全に落ち暗闇が広がる。

 すぐに信者たちがライトを取り出し辺りを照らす。


「なんだ、どうなっている?」

「すぐ予備電源に切り替わります」


 信者の言う通り、すぐに電気が復旧すると警備担当の信者が駆け込んできた。


「先生、ヒーローが突入してきました!」

「バカな、何者だ!?」

「わかりません、電気系統を一撃で破壊されました!」

「地上の監視カメラはどうした!」

「それがスーツ姿の男が、一人入ってくるところまでで途切れていまして」


 律は一瞬でそれが結城だと確信する。


「パパが来た!」



 結城は巨大ビルの地下をゆっくりと歩いていた。

 侵入者を映す監視カメラは、青い電流を纏う彼が横切るだけでパンっと音をたてて破裂する。

 結城は外回りの営業で、くたびれたスーツのネクタイを緩めつつ前進を続ける。


「止まれ! ここはブレア製薬会社の私有地だ! 貴様は不法侵入している!」


 防弾チョッキにライフルを持った武装警備員5人が、結城に銃口を向ける。

 近年の治安悪化により、最近のセキュリティは平然と自動小銃を装備しており、不法侵入者を射殺したという話も珍しくない。


「ここにウチの所属ヒーローが監禁されているという情報が入り、立ち入り調査をしている」

「そんな話は聞いていない!」

「まぁ末端警備会社のお前らは、ここが鏡魔教のフロント会社だってことすら知らないと思うがな」

「即時手を挙げて腹ばいになれ! さもなければ撃つ! これは脅しではない!」

「お前らじゃ話にならん」

「投降の意思なし! 撃て!」


 躊躇なくライフルのフルオート射撃が開始される。

 だが、その時既に結城の姿はその場になかった。


「寝てろ」


 警備員の隣に一瞬で移動した結城は、電流をまとう手で彼らの肩にポンポンと触れていく。

 スタンガンと同等の高圧電流が流れ、警備達は次々に気絶していく。


「大した給料もでないのに働き過ぎだぜ」


 ブーメランを後頭部に突き刺しながら、結城は階段から地下2階へと降りていく。

 頑強なセキュリティロックの扉が立ちふさがるが、彼が触れるだけでバチバチと火花を上げて降参する。

 不気味なほど真っ白な廊下に出ると、大勢の足音が響いてきた。

 侵入を知った信者たちがライフルを持って現れ、赤色のレーザーサイトがいくつも彼の体に照射される。


「お前ら、怪我したくなかったら律を――っておい!」


 結城の言葉に鉛玉で答える信者たち。

 警備員と違い予告なく銃弾が発射され、横っ飛びで壁裏に隠れる。

 殺意の高い弾丸を2,3発貰ってしまい顔をしかめる。


「痛ったぁ……安物の防弾はこれだから」


 結城のスーツは防弾仕様であるものの、本当に弾を通さないだけで威力緩衝材はなく、悶絶しそうなくらい痛い。

 さっさとなぎ倒してしまおうと、壁裏から電気で作った鳥の羽根【サンダーダーツ】を投げつける。

 本来突き刺されば激しい電流が流れるはずだが、信者はダーツが刺さっても平然と反撃をしてきた。


「なんで効いてないんだ?」


 敵を観察すると、全員能力を減衰させるアンチスキルスーツを身にまとっている。

 耐電、耐火、耐水に優れる漆黒のスーツに、能力は大して効果をなさない。


「金持ってんなー、ザコが着ていいスーツじゃないぞ」


 オーナーになってから、装備のコストについて詳しくなった為、敵組織の金持ちっぷりにため息をつく。

 敵の射撃が止まりリロードタイムに入ったかと思われたが、彼の足元にコロコロと黒い球体が転がってきた。


「やべっ、手榴弾!?」


 結城は慌てて手榴弾を拾い上げると、信者側に投げ返す。

 激しい爆音に続いて、男たちの悲鳴が上がる。


「チャンス」


 結城は腰のホルスターから拳銃を抜くと、全力ダッシュしながら混乱する信者を撃ち抜いていく。

 彼の所持する銃はいつものオートマチック型ではなく、耐弾装備もぶち抜く357マグナム弾を装填したリボルバー拳銃。

 こんなもの鏡魔には大して効かないが、相手は同じ人間。

 結城は次々に信者たちの肩や膝を撃ち抜き、鮮血が舞う。

 弾丸を撃ち尽くしシリンダーをスイングアウトすると、空の薬莢が甲高い音をたてて床を打つ。

 改めて弾をリロードする頃には、勝負は決していた。

 結城はうめき倒れる信者たちの前を悠々と歩いていく。


「そんなくだらない装備使わなきゃ気絶ですんだのに」


 いくら良い装備を使っていたとしても所詮は素人。

 低ランクヒーローなら通じるかもしれないが、結城は現役を退いたとは言え元S級。

 超人に片足突っ込んだ男にライフル程度では足りない。

 腹から血を流した信者が、息も絶え絶えな声を上げる。


「お前、ヒーローだろ。ヒーローが民間人を撃つのか?」

「やかましいわ。今俺はウチの子誘拐されてすこぶる機嫌が悪いんだよ」


 昔のヒーローならば、このような強引な突撃は行わない。

 しかし今の彼はヒーローサンダーイーグルではなく、オーナー神村結城としてこの場にいる。

 律の命を最優先に助ける、彼女だけのヒーローなのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る