第17話 誰だお前!
その日の夜――
三人は事務所近くのラーメン屋にいた。
結城を真ん中にして、年季の入ったカウンター席に横並びになる。凜音はメニュー表を眺めながら注文を決める。
「せっかくバイヤー捕まえたのにラーメンて。おじさん豚骨背油マシ煮玉子2個つけて。あと餃子」
「あいよー」
「しょうがないだろ、テレビ局に
「あいよー」
「アクセルが金欠なのは、オーナーがテレビ局に良いように使われてるからじゃないですか? 塩ラーメン、油少なめ、野菜マシで」
3人で湯気の上がるラーメンをすすっていると、店に備えつけられている旧型テレビから今日のニュースが流れる。
『続きまして、今日のルーキーのコーナーです。アクセルヒーロー事務所のリオンと律が違法薬物のバイヤーを逮捕。これがバイヤーを捕まえる瞬間です』
映像では凛音がバイヤーのタマを蹴り上げるシーンが映し出されており、前後の部分はカットされている。
それを見た男性キャスターは顔をしかめる。
『衝撃シーンでしたね。見ているこっちが痛くなる映像でした』
「おっ、凄くない? 今のルーキー部門のハイライト映像でしょ?」
「くそ、矢車め安く買ったくせにトリで使いやがって。まぁ律もちゃんと映ってるしヨシとしよう」
「なんか恥ずかしい。ヒーローハイライトとか初めて映りました」
「ジューシーズはマジでニュースには出ないしね」
「ルーキーでハイライト乗ると、知名度がグンっと上がるからな。もしかしたら仕事増えるかもしれないぞ」
「律の加入で補強された感はあるわね。今日のも律がいないと逮捕されてたのは、あたしだったかもしれないし」
「確かに、警察が緻密に捜査して証拠をあげるところをりっちゃんなら一発だからな。いや、金の卵拾ったと思う」
「…………」
「あら、黙っちゃったな」
「律ってば耳まで真っ赤にして照れてんの」
凛音はクククと笑いを噛み殺す。
「あの、オーナー大して活躍もしてないヒーローを褒めちぎるのはよくないと思います」
「そうか? 俺は事務所に入ってきた子は皆家族だと思って接するぞ。二人のおかげで業績が上がってるんだから、褒めるところは褒める」
「…………」
「また黙っちゃったな」
俯いて塩ラーメンを見つめる律は、ポツリとこぼす。
「パパ……」
「ん?」
「あんまりオーナーが私のこといじめるなら、凛音先輩と同じようにパパ呼びしますよ」
「うぐっ、それはとても困る」
「あたし思ったんだけど、パパって逆にコードネームっぽくてよくない? 昔見た女スパイ映画で指示役のことファーザーって呼んでたのよ」
「確かに、ファーザー、マザーはコードネームでよくありますよね」
「それは海外映画だからカッコつくんであって、おっさんが女子高生にパパ呼びさせてたら事案だからな」
「いいじゃんパパ」
「ですよねパパ」
「復讐するなよ」
ラーメン屋はアクセル事務所の和やかな笑いに包まれた。
代金を支払って外へと出ると、凛音と律は「「ごちでしたー」」と頭を下げる。
「俺はコンビニ行ってから帰るから。先に帰ってなさい」
「また寝酒?」
「体に悪いですよ」
「いいだろ、俺の毎日の楽しみなんだから」
「ったくのんべぇなんだから。肝硬変で死んでもしらないわよ」
「怖いこと言うなよ」
「行こう律」
「はい」
姉妹のような二人が先に行くのを見送ってから、結城はコンビニには向かわずラーメン屋の路地へと入っていく。
静かな道にザッザッと足音が響く。しばらくするとその音が2つに増える。
結城は振り返らず立ち止まる。
「今日ずっと俺たちの後をつけてきてるだろ。俺もそこそこのヒーローだ、素人の尾行に気づかないと思ったか?」
「ぐっ……」
「なぁお父さんよ、律のことが心配かもしれないが彼女も分別のつく歳だ。彼女の親なら、黙って成長を見守ったらどうなんだ? 子離れできない気持ちもわかるが、あの子を外の世界に飛ばせてやれよ」
「な、何を言ってるんだな!」
「往生際の悪い。あんたが宗教にハマって、律を虐待してるのはわかって――」
結城が振り返ると、小太りで角刈りの中年男が立っていた。LOVE律と書かれたシャツを着ており、到底律の父とは思えない。
「…………誰だお前!!」
「お前が勝手に語りだしたんだもんな!」
結城が予想していた、律の実父による嫌がらせかと思っていたが、全く知らない男だった。
「オレはな、律がジューシーズに入った時から応援していたパパ客なんだよ!」
「パパ……客?」
「そうだ、律を我が子のように見守り、人気投票に勝てるように応援する客だ!」
「お前……そういうのはパパ気取りな厄介な客って言うんだ」
「違う! オレはパパだ! ふざけやがって、ラーメン屋でお前律にパパって呼ばれてただろ! ふざけんじゃねぇぞ! NTRかよ!!」
「NTR?」
「寝取りってことだよ!」
「そんなことしとらんわ!」
「ふざけやがって! ジューシーズにいた頃の律はキラキラ輝いてたのに!」
「!」
「お前が元ヒーローだか知らないがぶっ殺してやる! 律はオレが守るんだ! うおおおおおおおお!!」
律オタクはナイフを突き出して突進する。
結城は刺される直前でナイフをはたき落とすと、オタクはバランスを崩し派手に転倒した。
「ひぃっ! すみません、勢いでやったんです! 本当に刺すつもりはなかったんです!」
ナイフを失った男は許してと怯える。
結城は、そんなストーカーに頭を下げた。
「すまなかった」
「えっ?」
「今の律が輝いて見えないんだったら俺のせいだ。弱小事務所で、なかなかあいつらを表舞台に出してやることができない。昔から応援を続けている、お前みたいなのが怒っちまうのも俺のせいだ」
「…………」
「いずれ必ずもっとあいつらを輝かせてみせるから。すまないが少しだけ時間をくれないか?」
結城が頭を下げると、ストーカー男は悔し涙を流す。
「畜生、器の違いまで見せつけてくんじゃねぇよ! すみませんでした! ごちゃごちゃ言いましたけど、100%嫉妬です!」
「わかってくれたなら良かった」
「律を……頼むぜ」
「あぁ、わかった。じゃあ……行こうか?」
「えっ、どこに?」
「銃刀法違反と傷害未遂だから……警察にな」
「そこは許してくれないのね……」
結城はオタク男に自首を促した。
「しかしあんたも律を大事に思う気持ちはわかるけど、あんな怖い張り紙しちゃダメだぞ」
「なんの話?」
「いや、ウチの事務所の下の階に、律を返せって怖い張り紙しただろ?」
「誓って言うが、オレは律が怖がるような真似はしない。お前を殺したいと思ってるけど、オタクは絶対推しが嫌がることはしない」
「…………お前じゃないと?」
「勿論。さすがにオレも、ヒーロー事務所にちょっかいかける勇気はないって」
お前が犯人であれよと思う結城だった。
胸騒ぎがして、律に電話をかける。
「…………出ないな。風呂か、寝たか?」
凛音の方にかけなおす。
『もしもし』
「もしもし、凛音、律は近くにいるか?」
『あの子、友達から呼び出されたらしくて出て行ったよ』
「くそっ!」
『どうしたの?』
「凛音、律を探せ! あいつ父親に呼び出されたぞ!」
『嘘でしょ!?』
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