第16話 囮捜査

 数日後――


「なーんでこんなメイクしてるんですか我々」

「能力を上げる違法薬物販売者を捕まえる、囮調査なんだからしょうがないでしょ」


 律と凛音は元が誰だかわからなくなるくらいのギャルメイクをして、渋谷センター街から少しそれた路地裏で突っ立っていた。

 格好は胸元を大胆に開けた制服姿で、スカート丈を限界まで短くし、ゴテゴテと下品と思われるほどアクセサリーをつけている。

 周辺を歩く人々は、誰も彼女達がヒーローだと気づいていなかった。

 凛音は特に気にしていないが、厚盛りメイクに慣れていない律は落ち着かない様子でキョロキョロしている。

 すると彼女たちのつけているインカムから結城の声が響く。


『律、キョロキョロするなー。どこにでもいるギャルですって感じでいろ』

「オーナーの考えるギャル古いんですよ。今どきこんな露出狂みたいなの希少種ですよ。もしかしてこういう格好させて楽しんでますか?」

『そんなことするか。薬物バイヤーは高校生や大学生に対して売りを仕掛けてる。被害にあったのは、全員ちょっとアホ……軽そうな少年少女を狙ってる』

「今、パパテレビ気にしてコンプラ守りにいったわね」

「オーナーが喋ってるとこは大体カットされるから、気にしなくていいと思いますけどね」

『オーナーディスはそこまでだ。バイヤーが引っかかってくれなかったら、テレビ局にV買ってもらえないぞ』


 凛音と律のブレザーのボタンには、高精度なカメラが内蔵されている。

 スポンサーのいないアクセルヒーロー事務所にとっては、テレビ局に逮捕映像を売るのが唯一の資金源である。


「バイヤーの情報は?」

『サングラスをかけた陽気な男だそうだ』

「陽気な男とか、話してみないとわかんないじゃない」

『あっちょっと待て、嫌な奴が来だ』

「誰?」

『石崎警部だ』


 石崎警部とは、ヒーロー能力者を目の敵にしている警察である。

 特に結城に対して当たりが強く、インカムから野太い声が響いてくる。


『おい結城ぃ! 貴様また余計なことをしているんじゃないだろうな!』

『いや~そんなことしてませんて。……二人共、ちょっと嫌味聞かされてるから、しばらく切るぞ』

『何をボソボソ言っている結城ぃ!!』

『あーはいはい、すみませんすみません』


 通信が切れると凛音はため息をつく。


「ったく、ウチが弱小事務所だってわかってるから、いちゃもんつけてくるんだから」

「石崎警部って、凜音先輩も捕まってましたよね。どんな人なんですか?」

「元ICPOにいた凄腕警官らしいけど、長年追いかけてた大怪盗がヒーローに捕まっちゃって。それからヒーローを敵視してるみたい」

「どっかで聞いたことある人物像ですね……」

「こっちに難癖つけてくる暇があるなら、パトロールでもすればいいのに」

「そのパトロールに引っかかったんですけどね。凛音先輩、変なの来ました」


 二人の前に、サングラスをかけたピンク髪の男が近づいてくる。

 肥満気味の腹に、青い無精髭。服装はタンクトップにすね毛の見えるダルダルのハーフパンツ。

 中年のおっさんが、頑張って若い子のファッションを真似ようとして大失敗した感がある。


「ヘイヘイカワイコちゃん、何してんの?」


 二人は(こいつがバイヤー?)(陽気そうではありますけどね、とにかく情報を引き出しましょう)とアイコンタクトする。


「別にー暇してるだけだけどー」

「おっいいねカワイコちゃん。オレっちは鬼道院翔きどういんしょう、この界隈ではそこそこ有名な男だゼット! 気軽にショウちゃんって呼んでくれよな」

「ショ、ショウちゃん。随分カッコいい名前ですね」

「ソウルネームだゼット」

「ソウルネーム?」

「多分ホストの源氏名みたいなものよ」


 律は凜音の説明になるほどと頷く。


「ちなみにショウちゃんは、おいくつですか?」

「オレっちの年齢が気になるとはアグレッシブだね、オレっちぴっちぴちの28歳だゼット」

「嘘、パパと同じ!?」

「45くらいと思ってた」


 凜音と律は、両手を口に当てて一歩後ずさる。

 思ったより若いショウにショックを受けながらも、捜査を続けるため凜音は質問する。


「あのさショウ、あたしたちと遊びたいならさ……持ってないの? 能力を上げるっていう」


 彼女の含みのある言葉にショウは顔をしかめる。


「なになに君たち能力者なの?」

「全然強くないですけど」

「そう、それで強くなれる薬があるって。強くなって事務所入りたいの」

「へー、皆ヒーロー事務所好きだねぇ。でもオレっちはクスリなんか持ってないゼット」


 二人は誘いに乗ってこないことから、恐らくこの男はここら周辺の半グレ組織の一人だと推測する。


「じゃあさ、売ってる人知らないの?」

「そりゃ知ってるゼット、ここはオレっちのシマだからな!」

「教えてよ。おねが~い」


 凜音はあざとく屈んで、北半球むき出しの白い胸の谷間を見せる。

 律はそれを見て、さすがグラビアで鍛えただけはある完璧なポーズだと感心する。


「むほ~そりゃいいが、仲介料はいただくゼット?」

「え~お金ないんだけど~」

「大丈夫、払い方はキャッシュ以外にも色々だゼット!」


 ショウは下品に腰をくねらせる。


「先にクスリの場所を教えてください」

「事を急ぐね~。ふぅ~む、カワイコちゃん達誰かに似てないか? ……ヒーローだ!」


 二人はドキッと肩を震わせる。


「あのセーラー服ふりふりのヒーローでいなかったか? 確かシーシーズ」

「「ジューシーズ!!」」


 つい即答してしまう元ジューシーズの二人。


「そうそれ! 君たちめちゃくちゃ似てるゼット! どうだいそっくりさんとして、スケベ配信をオレっちとして荒稼ぎしてみない? クスリ代なんて一瞬で――おふ!」


 凛音はショウの股間を蹴り上げていた。


「あたしらがオリジナルだ、この変態野郎」

『あー、もしもしやっと警部が帰った。聞こえるか? そっちの状況はどうなってる?』


 復帰した結城に、眼の前でショウが泡吹いてひっくり返っている状況を伝える。


「民間人一人が凛音先輩によって軽症です」

『凛音ー? ヒーローが民間人に手を出すと警察から怒られるって言ったよなー?』

「しょうがないじゃん、激キモかったんだから」

『律、その人のケガを調べろ』

「まぁ出血してないので、タマは潰れてないと思いますけど?」

『タマ?』

「あっ、こいつ! 薬物反応出た!」


 律が能力を使って調べると、薬物反応陽性が出る。

 更にハーフパンツの中から違法薬物と売上金の証拠も出た。


「こいつバイヤーじゃん。なんで嘘ついてたのかしら」


 二人が首をかしげていると、ショウは苦しそうに喋る。


「ふへへ、俺っちにも美学があるからよ。人生ぶっ壊れても良さそうなやつにしか売らねーの。カワイコちゃんたちは見た目だけで、中身は汚れてないって気づいたから……オレっちが汚してあげようかなって」

「「くたばれ!」」


 二人はショウを踏んづけたが、彼の表情はどこか嬉しげだった。

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