第14話 WIN:WIN
しばらくして律がシャワーを浴び終えると、凛音のロングTシャツを着て出てきた。
「ありがとうございます」
「何があったかわかんないけど、しばらくここにいたらいいから」
「……はい」
結城は502と書かれた部屋の鍵を彼女に手渡す。
「そこ使って、話はまた明日でいいから。今日はもう休みな」
「そうよ、すんごく暗い顔してるし」
「すみません」
律が深く礼をして事務所を出ようとしたときだった、ゴミ箱の中に裁断された自分の履歴書が入っていることに気づく。
「…………」
その日の深夜――
結城は事務所で律のことを考えながら、寝酒の缶ビールを開けていた。
凜音からはやめろと言われているが、寝落ちする気満々で部屋はスタンドライト以外電気を落としている。
薄暗い部屋で、ノートPCに映る律のジューシピーチ時代の動画を見やる。
彼女の身の上を聞いた後だと、笑顔のダンス映像もどこか影があるように思う。
「誰も助けてくれないヒーローの家庭か……。鏡魔みたいに倒せばいいって話じゃないもんな」
どうすれば律が助けられるのか、そんなことを考えながらうつらうつらと船をこぎはじめる。
するとカチャリと静かに扉を開く音がして、パチッと目が覚める。
(ヒーロー事務所に泥棒とはいい度胸だな)
結城は引き出しから拳銃を取り出し、デスクの下でスライドを引くと相手の出方を伺う。
しかしやってきたのは泥棒ではなく、ロングTシャツのままの律だった。
「お、オーナー……起きてますか」
「ん、おぉりっちゃん。忍び足でやってくるからびっくりしたぞ」
「すみません」
結城は銃をデスクに戻し、椅子を半回転させて彼女に向き直る。
「どした? こんな深夜に」
「その……あの……」
どもる彼女に少し違和感を感じる。薄くだがメイクをしていることに気づいたのだ。こんな深夜になぜ? と思っていると、律は伏し目がちに近づいてくる。
何かをする気だというのは薄々気づいていたが、彼女は結城の眼の前でロングTシャツに手をかけ一気に脱ぎ捨てる。
結城は歳の割に大人びた黒色のパンツが露わになった瞬間、両手で目を覆った。
「キャーーーー!!」
「なんでそっちが叫ぶんですか!?」
「眼の前で女の子が服脱ぎだしたら叫ぶわ!」
「そんな両手で顔隠さず、しっかり見て下さい!」
「ダメだ、俺は犯罪者になりたくない!」
「違います、合意ですから、合意の上ですから!」
「合意の上で何をするつもりなんだ!?」
「それは……わかるでしょ? ってか、さすがに色仕掛けでここまで拒否されるとこっちも傷つきます!」
「やっぱり今色仕掛けって言った! 俺が手を出した瞬間ポリスメンかキャメラマンが入ってきて酷い目にあうやつだ!」
「違います。両方WIN:WINの関係になるようにしますから。私のお願いを聞いてくれるだけでいいんです。そうしたら後は好きにしてくれて構いません!」
「そんな怖い話信じられるか、服をキロー!」
「ちょっとこの手どけて、これだと私も脱いだ甲斐が……」
二人でガチャガチャと騒いでいると、事務所の電気がパッとつく。
入り口を見ると( ゚д゚)こんな顔をした凛音が立っていた。
「えっ、なにこれ? 律、あんたなんで半裸なの?」
「…………」
それから律はシャツを着直して、結城たちの前で正座していた。
「つまり、履歴書がゴミ箱に捨ててあったから不採用だと思い」
「体を使って、なんとか採用してもらおうと」
「……はい。私ここ不採用だと住む場所ないんで」
変な勘違いをされてしまったことに、凛音と結城は苦笑いを浮かべる。
「あれはな、コーヒー引っ掛けたから捨てただけでな。君は元から採用だったんだよ」
「…………それつまり?」
「あんたの空回り早とちり脱ぎ損」
凛音の言葉に眉を寄せ、赤面する律。
「俺は君を採用していいか、すごく不安になってきた」
「律、あんたまさかジューシーズにいた頃も、偉い人にハニトラ仕掛けてたんじゃ」
「仕掛けてない仕掛けてない! やってたらクビになってませんし!」
「それは確かに」
「本当に切羽詰まってて……。家帰るくらいなら、体売ったほうがマシだと思いまして」
結城は小さく肩をすくめるとため息を付いた。
「明日にしようと思ったけど、ちょっとだけ話聞こうか」
「はい」
それから律の口から父に暴行を受けていること、母の不審死から更に父がおかしくなったことを聞かされる。
またヒーローになるためと言って家を飛び出したが、実際は身の危険を感じていたことを話す。
「父は母の死に囚われていて……。時折、私の名前を間違えるんです母の蒔絵と」
「そうか……やはりお父さんとは少し離れた方が良いと思う」
「あの……私これでも採用してもらえるんですか?」
「ああ、一度裁判所に緊急保護命令とってからになるけど」
「緊急保護命令とは?」
「DVとかに苦しんでいる子を、法的に守る方法だ。これをやっておかないと、君のお父さんが怒鳴り込んできた時、君を守れない」
「守って……くれるんですか?」
「勿論。君はヒーローとして平和を守る、俺はオーナーとして君を守る」
「律、大丈夫だよ。パパに任せておけば」
「でも、ご迷惑が……」
「良いんだよ、こういうことは大人に頼んで。誰にも言えなくて辛かっただろ?」
律は結城の言葉にボロっと涙がこぼれ、慌てて目元を拭う。
今日あったばかりなのに、とても暖かいシェルターに入れてもらったような気分になる。
苦しみを消してくれる、本当のヒーローに出会えた気がした。
「一応ウチもヒーロー事務所だから、申請はすぐに通るはずだ」
「ありがとうございます」
「それと……さっきのハニトラなんだが……」
「は、はい」
安堵するのも束の間、今度は赤面する。
「まぁちょっと精神的に不安定になっているところが見られるから、今日のことは不問にしておく。凛音、しばらく一緒に寝てやりな。またふらっとやってきたら敵わない」
「わかった」
「りっちゃんもそれでいいね」
「すみません」
こうして波乱を感じさせる新メンバーが加入した。
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