第13話 パラサイト
その頃、結城は落ち着いたジャズの流れるバーカウンターで飲んでいた。隣に座るのは身長2メートル、座ってもでかい元ヒーロー仲間の
事務所は違うものの、年齢が同じで、お互いどこか苦労人なところがあり自然と仲がよくなった。
「2年ぶりにお前と飲めて嬉しいぜ。フラッといなくなってよ」
「心配かけたな。だけど俺のことは内緒で頼むよ」
「まさか雷鳥のお前が、ヒーロー事務所のオーナーとはな」
「絶対に言うなよ。お前を信用してるんだからな」
「わかってる。コンプラは任せろ。それでどうなんだ事務所経営ってのは?」
「わからないことだらけだ。とりあえず金がない」
「ヒーロー時代と全く同じこと言ってるな」
ガハハと笑う岩尾。
「オーナーとして、所属ヒーローとは仲良くやってるのか?」
「今んとこまだ女子高生一人所属してるだけだ。明日には多分もう一人増えると思うが」
「はっJK? 新しい子も?」
「JK」
「嘘だろ、コンプラ的に大丈夫かよ?」
「コンプラは大丈夫だ」
「コンプラ的にいけてるなら、オレもオーナーやろうかな」
「やめとけ、自分がヒーローやるよりよっぽど気をもむぞ。しかも10も下だと、話題の噛み合いも悪いし」
「すっかりおっさんだな」
「来年29だぞ。10代から見たら完全におっさんだろ」
「そりゃそうだ。でも10歳程度の差なんて、男女関係においては誤差だろ?」
「アホか、所属ヒーローに手を出すとか、それこそコンプラ的にダメだろ。ただでさえパパ呼びされてやばいって言うのに」
「パパか、それはコンプラ的にまずいな」
岩尾は結城の苦労も知らず豪快に笑う。
「そんで、お前の方はどうなんだ? ジッゴーレム、テレビ見てもあんまり名前出てこないぞ」
「痛いところをつくな……。30近くなって衰えを感じてる。わりと冗談抜きで引退を考えてる」
「そうか……」
「鏡魔だけじゃなく、鏡魔教やテロ組織も活発になってきてる。早いこと引退しとかないと、俺も大輝さんみたいに……」
「…………」
「すまん……一番辛いのはお前だもんな。そうだお前から預かった、あの虫型鏡魔の分析結果だが」
「あの死体食ってた奴だな」
「ああ、今まで鏡魔が人間を襲うことはあっても捕食するということはなかった。だが、それは日本だけの話で、海外ではあのミミズタイプが主流になっているらしい」
「ほんとか?」
「ああ。ヒーロー協会の解析班によって、あのミミズは他者に寄生しコピーを作り出す特性があるとわかった」
「コピー?」
「死体を食うのはエネルギー補給の為の捕食ではなく、より強靭な体のコピーを作り出すこと。その為新鮮なDNAを接種して、自分の体を改造する」
岩尾は半分人、半分が鱗まみれで、手から水かきのようなヒレが伸び、首にはエラのようなものも見える、異形の怪物と化した鏡魔の写真を見せる。
「これはあの虫が人間を捕食した後の15時間後の姿だ。奴は人間の体をコピーし、更に戦闘が行える姿へと進化した」
「ほぼホラー映画のクリーチャーだな……」
「今まで俺達が見ていた獣型や人型の鏡魔は、こいつの形態変化後ではないかという可能性が出ている」
「つまり奴らは鏡の外に出て、虫から獣、獣から人間へと形を変えていっているわけか」
「そうだ。吸収したDNA同士を合体させてな」
「つまり魚と人のDNAを接種すれば」
「半魚人ができるかもな」
結城は先程の写真が、半魚人になりかかっている人間だと考えるとしっくりきた。
「学者は、鏡魔とは超高速で進化する生命体ではないかと言っている」
「……それ、知能は芽生えるのか?」
「わからん調査中だ」
今まで本能的な動きをする鏡魔が、人の中に紛れるなどの戦術的知能をつけると最悪である。
「進化後の鏡魔は、ミミズ形態のときとは比べ物にならないくらい戦闘能力が上がっていた。ヒーロー協会は、この鏡魔のことをパラサイトと名付けた」
「パラサイト」
「こいつを見かけたら進化させずに、即時殲滅せよとのことだ」
「それができたら苦労はねぇよ。おっとすまないメールだ」
結城がメールを確認すると、凛音から『プリン買って帰ってきて』と書かれていた。
「すまんな、そろそろ帰るわ」
「なんだ? 娘からパパ早く帰ってきてって言われたのか?」
「そんなところだ」
凛音からの遠回しの泊まりは許さないぞという意味を含んだ文面だったのだが、結城はそれをそのまま受け取り、土産を買って帰ることにしたのだ。
しかしながら酒の入った結城はプリンという指示も忘れ、寿司折りを土産に事務所へと帰る。
その道中、事務所近くの公園でブランコをこいでいる少女を発見する。
家出少女かと思い近づくと、それが今日面接した律だと気づく。
「ん……? こんな時間に何やってんだ?」
彼女の前に立つと、薄暗くて見えなかったが服が酷く汚れている。
「どうしたりっちゃん」
律は聞き覚えのある声に顔をあげる。
「……あっ、オーナー」
「なんだ晩飯ぶちまけて逃げてきたみたいな格好して」
「わりと当たってます。顔は洗ったんですけど、服はどうしようもなくて」
「荷物も持たずに……なんかわけありなんだろ。ここは危ないから事務所きな」
すぐ近くにモヒカンの青年数人が彷徨いており、律達のことをチラチラと眺めている。
夜中一人でいる少女など、ああいう連中のカモである。
「…………すみません」
律は抵抗なく、結城の後に続いてアクセルヒーロー事務所へと入る。
すると事務所のソファーに寝転がって、スマホをいじっていた凛音が振り返る。
「プリン買ってきたー? あれ? 律じゃん、どしたの?」
「わからん。ちょっと変な状態で公園にいたから連れて帰ってきた」
結城は律にシャワーを浴びさせながら、土産の寿司をつつく凛音と相談する。
「どう思うあれ?」
「どうだろ、お父さんと鉢合わせしちゃったのかな」
「お父さん、そんなにやばい奴なのか?」
「こんなこと言いたくないけど、話を聞く限りかなりサイコ入ってる。普段はいい人らしいんだけど、よくわかんないとこで突然暴力スイッチが入るんだって」
「よくわからないところ?」
「前に聞いたのが律が中学の頃、父親が幼児用の水着をプレゼントだって言って買ってきたの。そんなの着れるわけないよって拒否したら、親に対してなんだその態度はってキレだして、律をボッコボコにしたって」
「ほんまもんやんけ。それ児相介入案件だろ」
「それが監察官とかつくと、めちゃくちゃいい父親になるのよ。逆に律が嘘ついてるって言われて」
「良き父の皮を被るサイコパスの典型だな」
「まぁ律も1年経ってるし、もしかしたらマシになってるかもって淡い希望もあったのかも」
「お母さんはどうしたんだ?」
「律が家を出る直前に亡くなってる」
「ジューシーピーチの家庭地獄すぎるだろ」
「しかも律のお母さん不審死なの……」
ここまでの話を聞かされ不審死となると、犯人は探偵じゃなくても予想がつく。
勿論想像なだけであり、律の父が黒である確証はない。
ただこのまま彼女が父親の元に戻って、後日死体袋で見つかったら一生悔やまれるだろう。
「ねぇパパ、律帰らせちゃダメだよ」
「わかってる。保護するさ」
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