第11話 サードアイ

 食後二人でリラックスしていると、結城のスマホが鳴る。

 届いたメッセージは矢車からで『3日後に無所属の面接者を送るから準備しておいて』と書かれていた。


「凜音、今度新しいヒーローの面接やるんだが一緒にやるか?」

「新しいヒーロー? 同僚ってこと?」

「そう、お前の相棒ってことになるな」


 そう言うと、彼女は露骨に顔をしかめた。


「別にいらないけど」

「いらないことはないだろ。今みたいにお前がケガしちゃうと全ての仕事が止まるし」

「ケガ治ったらすぐ頑張るわよ」

「ダメだ、ピンで活躍してるヒーローなんてほんの一握りだ。大体どこもチームやデュアル制を採用している」

「別にパパいるし」

「あのな、パパはって自分でパパって言っちまった。俺はオーナーだから、戦いには参加しないの」

「はいはい、わかったわかった」



 3日後、第2回アクセル事務所ヒーロー面接――


「どうも! オレはM39星雲からやってきましたサンキュー星人です。地球の平和を守るヒーローとなる為、所属事務所を探しているんだ。オレと出会えた君たちは幸運だ、ぜひオレを採用し共に平和を守ろう!」

「一応確認しておきますが、宇宙人ではなく日本人でよろしかったですね?」

「は、はい、M39星雲は架空の設定となります。日本在住です」

「はい、ありがとうございます。それでは後日合否をお知らせいたします」

「よ、よろしくお願いしますっす」


 39と書かれた手製のチープなマスクをつけたD級ヒーローは、ペコペコとお辞儀して事務所を出ていく。


「サンキュー星人、鈴木康夫さん(33)ね」

「パパやめてよ、ガチで宇宙人か聞くの。そこだけ笑いそうになったわ」


 結城と凜音はヒーローネームサンキュー星人さんの履歴書を見て、深い溜め息をつき、全く同じ動作で天井を仰いだ。

 矢車から紹介されたD級ヒーロー4人と話をしたものの、先日と同様個性的(皮肉)な新人しか来なかったのだ。


「終わってるわ。事務所の面接を、芸人のネタ見せと勘違いしてるんじゃないの?」

「サンキュー星人さん冷静に突っ込まれると、すぐにキャラ崩壊してしまうのはよくないな。語尾にサンキューをつけるくらいの、サンキュー愛を見せてほしかった」

「パパ、ネタの評価してどうすんの」

「ちなみにだが、お前を採用したときはもっと濃いのが来てたぞ」

「マジで?」


 凛音はテーブルの上に足を放り出して、野菜ジュースをすする。

 結城は渋い顔をしながら、今日面接したヒーローの履歴書を取り出す。


「えーカブキング、梅干し太郎、まんじゅうファイター、サンキュー星人……この中で相棒にしたい奴はいるか?」

「冗談でしょ? あたしこの中の誰か採用したら辞めるわよ」

「怖いこと言うなよ」


 凛音は大きなため息をつくと、スマホを手にする。


「あたしの知り合いに声かけてみよっかー?」

「知り合い? っていうとジューシーズか?」

「そう」

「ジューシーズから、この弱小事務所に移籍してくれるとは思えんが」

「あたしがしたじゃん。ジューシーズって人気投票みたいなのがあって、そこで上位をキープできないと2軍送りにされたりするんだけど、1軍でも結構エグいいじめとかあるから。それが嫌で移籍先探してる子は結構いる」

「人気投票ねぇ。競争意識が芽生えるとは思うが、ヒーローに必要とは思えないがな」

「有能な子でも愛想悪かったりすると下位に落ちたりするし、あたしは大嫌い」

「君も人気投票で落ちた口か?」

「あたしは3位以下とったことないわよ。そのかわり仲間からめちゃくちゃ嫌われてて、後ろから撃たれたこともあるけど」

「怖すぎるだろジューシーズ。本当にヒーローかよ」


 凜音はスマホでメッセージを送り終える。


「まだ信用できる後輩の子に声かけたわ」

「ちなみに年齢は?」

「16」

「若いなぁ……」


 ほんとにアイドル事務所みたいになりそうと、不安を覚える結城だった。



 一週間後――


 結城達の前に、前髪を切りそろえた黒髪ロングの少女が鎮座していた。 


「ど、どうもです。元ジューシーピーチの黒崎くろさきりつです」


 白いシャツの上に紺のジャケット、紺のスカートの学生服姿でやってきた少女は、小さく会釈する。

 年齢は凛音の一つ下ということで16歳、身長は155センチくらいで、落ち着いた真面目な雰囲気が漂う。

 小顔のわりに薄紫の瞳は大きく、体格はプラチナ特有の出るところは出ているタイプ。

 制服は第一ボタンまできっちり閉められているが、スカート丈は凜音と同じく限界までつめている。

 ジューシーズの業務で忙しいのか、目の下には薄いクマができていた。


「テンションひっく……」

「アイドルヒーローだからって、いつもテンション高いわけじゃないです。とりわけ私は低いと思いますが」

「すまない、面接を始めようか。まずどうしてウチを受けてくれたんだ?」

「受けたというか受けざるをえない状態で、私ジューシーズ首になりましたから」

「「えっ!?」」


 結城と凛音は同時に驚きの声を上げる。


「直近2回の人気投票低かったんで、当然といえば当然ですけど。私愛想ないんで」

「愛想はなさそうだが、人気はありそうだけどな」


 結城は履歴書以外にも、スマホでジューシーピーチについて調べてみると、予想通りそのあまり熱くならない姿に人気が出ている。


「ネットの情報を見るに、君人気あるよね?」

「私一部の人にだけウケる、いわゆるマニアウケがいいタイプですから」

「ふむ、確かにこういうダウナー系はM男性のウケが良さそうだ」

「いえ、あたし脚太いんで」


 律が立ち上がると、確かに短いスカートから肉付きの良い太ももが伸びている。と言っても、太っているというよりかは全体的に小柄な割に脚だけがむちっとしているのと、これでもかというミニスカートで強調されているから目立つのだと思われる。


「私の脚に絞め殺されたいという人が一定数湧いてきて困ってます。正直悪口ですよ」

「な、なるほど。でもそれならクビにならないんじゃ?」

「さっきも言いましたけど、そういう趣向の人ってほんの一握りですから。ジューシーズは一般ウケしないヒーローはやっていけないので」

「ジューシーズってグッズノルマとかあるのよ」


 凛音の補足に顔をしかめる結城。


「聞けば聞くほどヒーローの本質から逸れている気がする」

「それと私戦闘じゃ全然活躍できないんで」


 結城がプロフに目を落とすと、能力の欄に【情報解析】と書かれている。


「この能力は?」

「レーダーに近い能力ですね。使ってみますか?」

「頼む」

「サードアイ起動」


 律が短く言うと、彼女の頭に単眼レンズのついたVRゴーグルのようなものが現れる。

 ゴーグルはSFチックなブルーの光を放ち、更に彼女の周囲を囲むようにホログラムのキーボードパネルが浮かぶ。


「おぉ、かっこいい」

「これをつけてる間、私の知覚能力が増幅され、目に見えないものが見えます」

「目に見えないものとは?」

「赤外線とか、音の振動とかも見えます。近距離なら壁裏に隠れている人間の熱とかも見えます」

「えっ、すごっ」

「あとはWifi飛んでるかも見えます」

「wifi見えんの!?」

「はい、波みたいな波長が見えます。他にはドローンを飛ばしたり、電気系システムの掌握をしたりできます」

「ハッカーって奴か。凄いな」

「ただこれらの能力は、軍の兵器でもできます」

「いや、そんなのいちいち用意することなんてできないし凄いと思うぞ」

「あ、ありがとうございます」

「律珍しく照れてるじゃん」

「あんまり能力のこと褒められたことないんで」


 視聴者は炎や怪力などわかりやすい能力のヒーローを好む傾向があり、彼女のようなあまりテレビ映えしない能力は人気が低いのだった。


「そうだな、何か実験的に遮蔽物の後ろにあるものを当ててもらいたいな」

「構いません」


 結城がお願いすると、律は凜音の方に向き直ってホログラムキーボードを操作する。


「サイドにリボンがついたスカイブルーと白のストライプ」


 なんのことを言っているのか結城にはわからなかったが、凜音は意味に気づいてカッと赤くなりながらスカートを押さえた。


「それ今日のあたしの下着の色!」

「サードアイすげぇな……」


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