第10話 凜音のアドバイス
トンネル崩落事故から二日後、プロデューサの矢車に呼び出された結城はお叱りを受けていた。
テレビ局の狭い会議室内で、怖い顔をして仁王立ちする矢車と、床に正座する結城。
「わかってるの神村オーナー。
「はい、わかってます」
「大体あなた、もう戦わないからオーナーになったんでしょ?」
「はい」
「更新されてなかったあなたのヒーロー免許を、ヒーロー協会に無理言ってトンネル事件の前の日に更新したことにしたけど。私がいなかったら、あなた今頃警察で事情聴取を受けてるところよ」
「はい、すみません」
「全く……どうしてこうなっちゃうのよ」
「ウチのヒーローが鏡魔に殺されそうになっていて、それを見たらキレてしまいまして」
「そんな酒に酔ってみたいなこと言わないで。……あなたが鏡魔によって相棒を失ったのは知ってるけど、それとこれとは別よ」
「はい、すみません」
矢車は「全くもう」と呆れながら腕組みする。
「それで、あなたヒーローとして現場復帰するの?」
「いえ、オーナーでいかせてください」
「……オーナー兼ヒーローっての、なかなか面白い素材だと思うんだけど、あなたの正体公表していい?」
「ダメです。俺の正体を公表するなら、オーナーの話も全ております」
「そう言うと思ったわ。せっかくリオンのスーツのカメラに、あなたが戦う姿が映ってたのに。全部放送できないなんて」
「すみません」
「まぁ編集して、前半のリオンの戦闘シーンだけ使うわ」
「ありがとうございます」
結城が感謝すると、矢車はうっとりとした表情を浮かべる。
「でも、すごかったわ貴方の戦い。そんじょそこらのザコヒーローなんか相手にならない凄みを感じたわ。例えるなら黒豹のようなセクシーさとワイルドさ」
「全然意味がわかりません」
「私にはズビビビっと電流が走ったわ。電流使いだけにね」
「全然うまいこと言ってませんが」
「まぁこのことを私とあなただけの秘密にするというのも悪くない」
矢車はゾクゾクしているのか、頬を紅潮させ体をブルっと震わせる。
結城は最近このプロデューサーについていって、本当に大丈夫かなと思う時が増えていた。
「それで体は大丈夫なの? 能力を行使したけど」
「点滴3本打ったから大丈夫です。医者には死にたいのかと言われましたけど」
「無茶しないでよ……。でもあなたどうするの?」
「どうするとは?」
「凛音がケガしてるなら、動けるのはあなただけよ? オーナー業に重きを置くなら、ヒーローもう一人雇わないと」
それは結城自身も危機感をおぼえていたことで、さすがにこのまま社長一人ヒーロー一人は無理だと思っていた。
「それなんですが、なかなか新人で良いのが見つからなくて」
「別に新人じゃなくて、よその事務所から引き抜いてもいいのよ」
「えっ、そうなんですか?」
「あなたの弱小事務所に、移籍してくれるヒーローがいるならだけど。一応ウチのテレビ局から募集だけはかけておくわ」
「すみません、お願いします」
◇
事務所へと帰ると、タンクトップにホットパンツの扇状的な格好をした凛音が、冷蔵庫に
「……ほんとビールしかないわね、この冷蔵庫。この納豆いつのよ」
「お前、またウロウロ歩き回って。ほんとは入院してなきゃいけないんだぞ」
「あっ帰ってきた、いった!」
冷蔵庫の中で頭をぶつけた凜音が振り返る。
彼女の腕や脚には包帯が巻かれており、鏡魔との戦いの傷が生々しく残っていた。
「1日入院したからいいでしょ。点滴打ったし」
「お前の傷は点滴一本で治るもんじゃないんだからな」
「あーうるさいうるさい」
彼女は冷蔵庫からヨーグルトと柿の種とエナドレをとりだし、来客用のソファーへと腰掛ける。
「大体なんで事務所降りてきたんだ?」
「自分の部屋に食べるものが何もないから漁りに来た」
凛音はヨーグルトに柿の種を投入し、エナドレで流し込む。
「なんちゅー食い方してるんだ。舌バグるぞ」
「冷蔵庫にこんなのしか入ってないんだもん。あっ意外とイケる。パパも柿ピーヨーグルト、エナドレを添えて。食べる?」
「イカれた創作料理みたいに言わない。食べないしパパ呼びはやめなさい」
結城はスーツを脱ぎ、ネクタイを緩めながら、事務所の狭いキッチンの前に立ちフライパンを用意する。
「チャーハンでも食うか?」
「えっ、嘘パパ優しい」
「男の肉チャーハンだから、味は保証しないがな」
手際よくチャーシューと卵とネギだけで作った、チャーハンを器に盛り付け、もやしをドサッと乗せた後唐辛子をまぶす。
「うわ……油すごそう」
「まぁそこまで美味くないと思うが、柿ピーヨーグルトよりかはマシだと思うぞ」
凜音は恐る恐るレンゲを手に取ると、油でテカる米とゴロッとした厚切りチャーシューをすくい口に入れる。
「うわ、なにこれ美味しい!」
「チャーシューがいい奴だからな。そこから味が滲み出てる」
「やばピリ辛で止まんない。これ絶対太る奴」
「ケガ人がカロリー気にするな」
「エネルギー補給を目的とした男飯って感じ。パパ自炊できるんだ」
「結婚する前は作ってたからな」
「えっ?」
凜音はカチャンと甲高い音をたててレンゲを落とす。
そして「マジ?」という目で結城を見やる。
「パ、パパ結婚してたの? 指輪とかつけてなくない?」
「26の時にな。長くは続かなかったんだ」
「あっ、そうなんだ」
離婚したとわかると、凜音は声のトーンを若干上げレンゲを持ち直す。
「なんで別れたか聞いて良い?」
「職業柄家をあけることが多くてな。あまり構ってやれなかった。それと俺が大きなケガをしたこともあって、負担になってたんだ」
「えっ、パパがケガしてるときに別れたの?」
「ああ、向こうにはもういい人がいてな」
「めっちゃかわいそうじゃん、浮気されてるじゃん」
「言いにくいこと言うなよ」
結城はズバッと言い切る凜音に苦笑う。
「夫が苦しんでる時に浮気するとか、マジありえない」
「その時、俺は別のことでメンタルが死んでたからな。離婚のダメージは実はそこまでなかった」
結城は食べ終えたチャーハンの皿を片付けると、再びソファーに座る。
すると凜音が隣に回り、こてんと結城の膝の上に頭を乗せて寝転がる。
「どうした凜音?」
「なんかパパっていろいろ闇抱えてるなって思ったから。慰めたげようと思って」
「猫みたいな奴だな。今は忙しいけど楽しくやってるぞ」
「パパは優しすぎなんだよ。絶対それで変な女に捕まってる」
「……周りが見えてなかった、俺にも責任があるからな」
「次……彼女見つける時は絶対ヒーローにしなよ。パパのこと理解してくれると思うし……」
そうアドバイスする凜音の声はとても小さく、どこか恥ずかしがってるように見えた。
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