第9話 雷鳥、再び

 本物の鏡魔の迫力に、凛音は後ずさる。

 だが、彼女はジャリッと足を踏みしめて後退する足を押し止めた。


「オジサン、早くその人を連れて逃げて。あたしが時間を稼ぐ」


 彼女は鞄からブラックメタルの拳銃を抜くと、スライドを引き初弾を装填する。


「お前一人じゃ危険だ。救助者を連れて逃げろ」

「それはオジサンの役目! あたしはこれでもヒーローだから。ヒーローは悪と戦わなきゃいけないの!」

「凛音!」

「あたしはスーツ着てるから大丈夫! それにこいつらは兄さんの仇なんだから!」

「お前……やっぱり大輝の」


 結城は凛音が震える手で拳銃を握りしめ、怯えを隠そうとしていることがわかった。


「ここで逃げたら、雷様に合わせる顔がないから。お願い早く行って!」

「……すぐ戻る」


 結城は子供と気絶した母親両方を抱え、トンネルの外へと走る。



「さぁ鏡魔、あたしが相手よ」


 銃口をサソリワームに向けると、推定100キロ近くある巨体にも関わらず、機敏な動きでトンネルの壁を走り出す。

 すかさず凛音はトリガーを引き4発放つも、サソリワームは縦横無尽な動きで弾丸をかわしていく。

 当たれば鋼鉄だろうとぶち抜く徹甲アーマーピアシング弾だが、当たらなければ意味はない。


「ゴキブリみたいに!」

「キシャアアアアア!」

「キモい声上げるな!」


 銃声が何度も響き、弾倉内の弾を全て撃ち尽くしてしまう。


「くっ、弾っ!」


 鞄から予備のマガジンを取りだし、リロードを行っている最中、サソリワームは天井へと張り付く。

 リロードを終え、頭上で蠢く異形のクリーチャーに銃口を向けると、口から黄色い粘っこい液体を垂らしてきた。

 糸を引きながら滴った汁が肩に触れた瞬間、ジュッと嫌な音をたてる。


「あつっ、酸!?」


 凛音は慌てて酸液をかわし車の後ろに隠れると、煙が上がる制服を引きちぎるようにして脱ぎ捨てる。

 後一歩インナーになるのが遅かったら制服を貫通し、肩の筋肉を焼いていたことだろう。


「生理的にキモすぎる上に、酸まで吐いてくるとか最悪ね」


 車越しに位置を確認するが、さっきまでいた場所にいない。

 どこに行ったのかと見渡すと、サソリワームは車から投げ出された死体の上でモゾモゾと動いている。

 何をしているのか気づいた凛音は、慌てて飛び出し血まみれの横腹を蹴り上げた。


「食うな!!」


 怪物は戦闘中に死体の肉を食い漁っていたのだ。

 激高した凛音は、弾丸を連射。何発かが胴体部に当たり、黒いタールのような血が流れ出る。

 ひっくりかえったワームは飛び跳ねるようにして姿勢を戻すと、猛スピードで凛音に体当たりし、その巨体でのしかかる。

 ワームの口が間近まで接近し、口周りの牙がウネウネと動く。


「キモすぎる!」


 この押し倒され密着した状態で、酸液を垂らされたら終わりである。

 なんとか逃げようと身をよじるも、ワームの鉤爪足がひっかかって、スカートがめくれ上がっていく。


「くぅ、オジサンの言う通りスカートの下に爆弾仕込んどけばよかった。こうなったら玉砕覚悟よ!」


 凛音は拳に氷結の力を宿らせ、氷のブロックを精製する。


「これでも食っとけ! ロックアイス!」


 巨大な氷砂糖のような氷塊をワームの口の中にねじ込み、胴体下から掌底で氷ごと砕く。

 体内で砕け散った氷片が体に突き刺さり、サソリワームはその場で絶命した。


「はぁはぁはぁ……倒せた。はは、やったよオジサン。あたし一人でも鏡魔を――」


 のしかかるワームをどけて喜んだ直後だった、車のドアミラーから4匹のサソリワームが飛び出す。

 仇討ちに来たというわけではなさそうだったが、ワーム達は牙をむき出しにして凛音を威嚇する。


「嘘でしょ……」


 そこからは一方的だった、ワーム達は鉤爪足で凛音を切り裂き、酸液で攻撃してくる。

 逃げようとすれば素早く回り込み、罠にかかった獲物を絶対に逃してはくれない。初めての自分ではどうにもならない負け戦に、心臓の早鐘が止まらない。


「殺されて喰われる……」


 死体を喰らっていたワームの姿が脳裏に浮かび、恐怖で足がすくむ。

 だが、その怯えを自分の叫びで押し殺す。


「あたしだってヒーローなんだから!!」



 その頃、結城はトンネルの外に出て、救助者をレスキュー隊に引き渡していた。

 結城がすぐさまトンネル内に戻ろうとすると、後ろから引き止められる。


「待って下さい、ここには崩落の危険性があるため避難勧告が出ています! 民間人は近づかないで下さい!」


 振り返ると、D,Cランクのヒーローが数人駆けつけていた。

 彼らは日々パトロールをしているので、上級ヒーローよりも現場到着が早い。


「君は?」

「C級ヒーロー、ヤマネコマスクです」

「すまない君たち、中でヒーローが鏡魔と戦っているんだ。至急救援を頼む!」

「きょ、鏡魔ですか? 鏡魔ですと一度日本ヒーロー協会に連絡をして、上級ヒーローの救援を待ってから……」

「そんなこと言ってる場合か!?」

「鏡魔ですと、僕たち低ランクのヒーローだと死にに行くようなものですし」

「だから仲間のヒーローを見殺しにするのか!? お前たちは勝てる相手にしか戦えないヒーローなのか!?」

「「…………」」


 沈黙する低ランクヒーロー。

 結城自身戦える体ではない、だが残してきた凛音と友の大輝の姿がダブって見える。

 彼女を殺させはしない。戦う意味を見失い背負うことに疲れてしまった結城だが、大切なものを守りたいという気持ちは今も心の底でくすぶっている。


「どけ、俺は戦う」


 結城はヤマネコマスクを押しのけ、トンネルへと入る。

 その場にいた低ランクヒーローたちは、くたびれたスーツの男の背に稲妻で作られた翼が見えた。



 結城がトンネル内に戻ると、中は既に水浸しだった。

 外壁にいくつもの亀裂が入り、東京湾からの水が侵入してきている。

 恐らく数分も持たずして水圧に負け、このトンネルは崩落することだろう。


「凜音! 凜音!」


 先程の場所まで戻ってくると、そこには車を背に4匹に増えたワームに囲まれた凛音の姿があった。

 彼女は血まみれで腰をついており、水の中に下半身が浸かっている。

 一目でもう動くことも出来ない状態だと悟った。


「オジサン……ごめん、負け、ちゃった」


 凜音の弱々しい声を聞いた瞬間、結城の瞳の奥にカッと赤い光が灯る。

 トンネル内に激しい電流の嵐が吹き荒れ、電灯がパンパンっと激しい音を立てて破裂していく。

 青白いスパークの中心に立つ男の目は青く光っており、昔雷鳥と呼ばれていた姿を取り戻す。


「ミンチにされる準備はできたかミミズ共……」



 凛音は目を覚ますと、誰かに抱き抱えられながら歩いていた。

 その光景はとても懐かしい感じがする。


(なんだっけこれ……どっかで……)


 子供の頃、誰かに助けられた時の記憶。

 そう、トンネル事故で死を覚悟したとき、サンダーイーグルに助けてもらった時の記憶。


(あぁ、またあたしサンダーイーグルに助けられたんだ)


 そう思い霞む目をよく凝らして見る。

 しかしそこにいたのはサンダーイーグルではなく、歳の割にはくたびれた男。


「オジ、サン」

「おぉ良かった、目が覚めたか」

「あれ、鏡魔は?」

「……他のヒーローが倒したよ」

「そう……なんだ。あたし負けちゃった」

「いや、凛音は立派に戦った。一匹倒したのお前だろ?」

「うん、でも後からいっぱい出てきてすぐやられちゃった」

「それでも逃げずに戦ったんだ。立派だぞ」

「…………珍しく褒めてくれるじゃん」

「俺そんなスパルタでやってないだろ」

「……なんかね、夢見てたのか雷様が助けに来てくれた気がした。あたしを抱きかかえながら、水浸しになったトンネルでバリバリって」

「お、おう、そうか」

「雷様の白い翼が見えた気がしたんだ……変だよね」

「変ではないんじゃないか」

「一生の不覚なんだけどオジサンがさ、雷様に見えたんだ」

「あぁそりゃ多分強く頭を打ってるな」

「……そうかも」


 結城は本当によく頑張ったと笑みを浮かべる。

 凛音はなぜかその夕日に照らされた、くたびれたオジサンの顔に胸の高鳴りを覚える。


「……オジサンさ、オーナーなのにオジサンって呼び方変だよね?」

「まぁ別に好きな呼び方で構わないが」

「じゃあさ……パパにしていい?」

「それはダメだ」

「なんでよ、なんでも良いって言ったじゃん」

「所属ヒーローにパパ呼びされてるとか、マスコミが面白おかしく書く」


 結城は救急車に凛音を乗せると、救急隊員に容態を説明する。


「それじゃあよろしくお願いします。凛音、俺は後から自分の車で行くからな」


 そう言うと、なぜか彼女は結城の服の袖を掴んだ。


「どうした?」

「やだ……一緒に乗ってきてよ」

「急に甘えだしたな」


 鏡魔との戦いで怖かったのだろうと思い、結城も救急車に乗り込むことにした。


 結城と凛音の関係性が、僅かに上昇した。

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