第8話 鏡魔
ジューシーズとひと悶着ありつつもテレビ局を出て、ワゴンに乗り込む二人。
車を走らせると、バックミラーには不快気に足組しながらスマホをいじる、凜音が映し出されている。
「まさかあそこまでこじれてるとは思わなかったぞ」
「あぁ……
「酷い言われ方だ」
まるで特撮に出てくる怪人である。
「事実だもん。さっきの聞いたでしょ、パーティー呼んでって」
「あぁ言ってたな。それが何か?」
「普通のパーティーじゃないことくらいわかるでしょ。権力者が若い女ヒーローばっかり集めてやることなんて一つ」
「それは君の想像じゃないのか? テレビ業界の黒い噂に毒されてる」
「想像じゃないもん、あたしも誘われたし。局の偉い人があなたのこと気に入ってるから、売れたいなら会いにきてって。ホテルの場所と避妊具をテレビスタッフから渡されたし」
「それ
「イカロステレ」
「イカロスかぁ……まだ若いテレビ局だな。それどうしたんだ?」
「あたしはキレて帰った。美紀は行った。それからあからさまにイカロスでは美紀が優遇されるようになったし、あたし含め行かなかった子はイカロスほぼ出禁になった」
結城は、それが事実なら恐ろしい話だと顔をしかめる。
「あそこ不祥事起こしたプロデューサーや芸能人の受け皿になってるんだって」
「俺も昔そんな話聞いたことあるけど、都市伝説だと思ってた」
「2年前くらいからテレビが急に実力派より、アイドルヒーローを推すようになったでしょ。イカロスがそういう流れ作った事情があるの」
「悪がはびこってんな……」
「死ぬほどキモイとは思うけど、避妊具渡されて行く方も頭おかしいから」
「一応知り合いの警察にネタ提供しておくか。その売春まがいなことしてる奴の名前わかる?」
「あたしを誘ってきたのは、安藤とかいうプロデューサーだったかな。あと腹黒も間違いなく黒」
「安藤、腹黒ね……」
鏡魔のようなわかりやすい脅威であればヒーローの出番だが、生憎証拠を集めて逮捕するのは警察の仕事である。
それから30分ほどして、ワゴンが東京湾トンネルにさしかかった。すると行き道同様、長い車の列が視界に入り、ゆっくりとブレーキを踏む。
「こりゃまーた2時間コースだな」
「だから橋使ったらいいのに——」
突然だった『ズドン!!』と激しい爆発音が鳴り響き、直後視界を埋め尽くすほどの真っ赤な炎と黒煙がトンネル内から吹き出す。
「嘘っ!?」
「トンネルの中で何か爆発したな!」
爆風で吹き飛んだワンボックスカーが、トンネルからガラガラと横回転しながら転がる。
結城たちのワゴンの頭上を炎上した車が飛び、後ろの車にぶつかる。
トンネル前はそこかしらで悲鳴とクラクションの音が鳴り響き、一瞬で阿鼻叫喚の地獄と化す。
結城は即座に救急隊に通報する。
「こちら新東京湾トンネル東側出口、トンネル内で大規模な爆発事件が起こり多数のケガ人が出ている。至急レスキュー隊を頼む。爆破テロの可能性があるため、ヒーローにも連絡してくれ!」
通話を切ると、結城はすぐに車の外へと飛び出す。
「オジサン、どうする気!?」
「とにかく救助するぞ!」
結城は炎上する車からケガ人を助け出し、トンネルから火だるまになって出てくる男性を救出する。
「地面に転がれ!」
「ぐあぁぁぁ!」
スーツの上着ではたいて消火できたが、男性はひどい火傷を負っている。
「大丈夫か!?」
「お、俺は大丈夫だ……」
「中で何があったんだ!?」
「鏡魔だ、鏡魔がタンクローリーに取りついて横転させたんだ。中にはまだ何人も人が取り残されてる。このままじゃ皆鏡魔に殺されちまう」
結城は友の命を奪った憎き鏡魔に拳を握りしめ、トンネル内を見やる。
すると背後からサイレンの音が響いてきた。
「……すまん救急隊を呼んだ。俺は中へ入る」
「あんたが? やめとけ、殺されるぞ!」
「凛音、鏡魔が発生した。トンネルの中に入って救助を行う!」
「はっ!? 鏡魔だったら他のヒーロー待たないとやばいでしょ!」
「ダメだ、さっきの爆発でトンネルが崩れかかってる。待ってる暇はない」
「ちょ、ちょっと! オジサンスーツも着てないのに!」
結城は凛音と共にトンネルの中へと入っていく。
爆発により内部は電灯が破損していたが、そこかしらに燃える車がある為明りには困らない。
「ね、ねぇ車の中にある黒い煤みたいなのってさ……」
「人だったものだ」
酷い高温によって一瞬で溶かされてしまった人間の、むせ返るような死臭に凛音は吐き気を催す。
「オェッ……ねぇオジサンダメだって、皆死んでるって、帰ろうよ」
「誰か一人でも生きてる可能性があるなら、俺達ヒーローが探さなきゃダメだろ」
「オジサンはヒーローじゃないでしょ」
「凛音、こういう大規模事故現場初めてか?」
「……あるけど、でもやばいところは事務所が近づくなってストップかける」
「そうか、ヒーロー続けるなら、この光景を目に焼き付けておけ。ヒーローはもっとも罪のない市民の死を直視する職だ。そこに華やかさなんか欠片もない」
「…………」
二人は爆発の中心地付近に到着するが、生存者は0だった。
「恐らくこいつが爆発したタンクローリーだな。このまま西側に抜けるぞ」
「オジサンちょっと静かに」
「どうした?」
「泣き声がする」
周囲を確認すると、確かにか細い声が聞こえてきた。
「向こうだ!」
二人は声が聞こえてきた方向に走ると、炎上を免れている車を発見した。
そこで母親と3才くらいの娘らしき生存者が閉じ込められていた。
「ダメ、ドアがいがんで開かない」
「母親は気絶してる」
「後ろの車の火の勢いが強い、このままだと爆発するわ」
「フロントガラスを割る。どいてろ!」
結城はエルボーでガラスを叩き割り、中にいた少女と女性を救出する。
すぐさま車から離れると、次の瞬間炎上していた車が前後の車を巻き込み連鎖的に爆発を起こす。
「やばかったな」
「あと10秒遅れてたら巻き込まれて死んでたわよ」
「とにかく二人救助できた。このまま先に……」
進もうと言いかけた時、結城は背後を振り返る。
そこには漆黒の影のようなものが佇んでいた。
正体不明、鏡の中から現れては人間を襲い、再び鏡の中へと返っていく。
その姿は二足歩行人間型、四足歩行獣型、多脚歩行昆虫型、姿形は様々だが、決まって言えるのは現世にある何かをモチーフにしている。
今目の前にいるそれは、4メートルほどの巨大なワームで、胴体部から鉤爪のような6本の足が伸びている。
ワームは前面の洞窟のような口を開くと、口腔内に無数の牙が見えた。
「胴体は砂漠ミミズで、足はサソリか。恐怖の悪魔合体だな」
「これが鏡……魔」
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