第7話 リンゴとパイナップルは仲が悪い
◇
数日後、結城は送られてきた正式採用版制服型スーツを見て笑顔になり、請求書を見て青くなった。
「うわ……たっけぇ……」
スーツは事務所の資金の約4分の1を吹っ飛ばしてしまい、更に月数十万単位のメンテ費用が必要で、早速資金難に陥る。
「スーツがこれだけ高いと、安易に所属ヒーロー増やせないぞ」
結城が所属していた田村ヒーロー事務所も、数人しかヒーローがいなかったが恐らく理由はこれだろう。
事務所を運営していく上で、タレント業務をこなせないヒーローは、いても維持費で重荷になるだけと言うことがよくわかった。
結城も大輝もS級ヒーローだったので、個人で献金したいという人も多くいたが、二人で市民からお金をもらうことはできないと断っていた。
「すみません田村オーナー、カッコつけて勝手に献金断って。バカな俺達育ててくれて、本当にありがとうございます」
結城が心から田村に感謝しつつ、請求書に大きなため息をつくと、矢車から電話が入った。
「もしもし」
『神村オーナー? あたしだけど、ちょっと連絡ミスで今日あなた達新人オーナーとヒーローの取材があるのよ。すぐにテレビ局まで来てくれる?』
「今から? ウチも暇じゃないんだけどね」
『駆け出しオーナーが何忙しぶってんのよ。テレビに出るより重要な仕事があるわけ?』
「まぁありませんが」
『ならさっさと来る』
◇
結城はテレビ局からレンタルしているワゴンに乗り込むと、後部席に届いたばかりの制服スーツを着た凛音を乗せ、HBC局へと向かう。
「どこ行くのオジサン」
「テレビ局。俺をスカウトしたプロデューサーからの取材だ」
「あぁ、そういえばテレビの企画なんだっけ?」
「そう、新人オーナーを何組かスカウトして、Aランクヒーロー事務所を目指すっていうな」
「俗物的よね」
「全くだ。だけどそのおかげで飯が食えてる」
「他のオーナーって誰か知ってるの?」
「全然知らん。もしかしたら今日会えるかもしれない」
「ふーん、ウチより下っているのかしら」
「ウチが最下位みたいに言うなよ」
「所属ヒーロー一人で、車はテレビ局からのレンタカー、お風呂は沸かないし、オーナーは毎日コンビニ弁当」
「何が悪いんだ」
「お金ないなら自炊したほうがいいよ、健康の為にも」
「時間がなかなかな」
実際オーナーになってから結城は仕事探しだけでなく、警察や役所の説明会、企業スポンサー探し、保険会社やスーツメーカーとの打ち合わせなど忙しい日々を送っていた。
「体壊さないでよ」
「優しいな」
「勘違いしないで、社長1人ヒーロー1人の事務所だとどっちか一人でも倒れたら終わりでしょ」
「ごもっとも。まぁ立ち上げが一番忙しいのはどこも一緒だからな。軌道に乗ればなんとか楽に」
なるのかなと思いつつ、あくびを噛み殺す。
彼自身オーバーワークという自覚はありつつも、凜音を雇用してから彼女を食わせていかないといけないという、保護者に近い責任感が芽生えていた。
「そうだ凛音、お前ヒーローネームどうする?」
「あぁ、そっか名前いるよね」
「ジューシーズのときはなんて名前だったんだ? ジューシーオレンジとかバナナとかついてたんだろ?」
「なんだと思う?」
「メロンかスイカ」
凜音の胸部を見るに、誰もがそのネーミングを思いつくだろう。
「おしい、ジューシーパイン。プラチナのオーナーにもメロンにしろって言われたけど、黄色のセーラーが可愛かったからパインにした」
「なるほどな。でも巨乳だからメロンやパインってのはセクハラ一歩手前だな」
「グラドルなんてそんなもんよ。ジューシーズのあのセーラースーツなんて、めちゃくちゃ男性票集めに行ってるし」
タレント業も重要だと理解した結城は、以前のように安易に否定する気にはなれなくなっていた。
「それでヒーローネームはどうする?」
「ん~今思いつかないんだけど」
「俺がつけてやろうか?」
「え~嫌な予感しかしないけど」
「氷結の冬将軍アイスクラシャー凜音なんてどうだ?」
「オジサンにいろいろセンスがないことはわかった。とりあえず今はカタカナでリオンにしといて」
「そんなセンスないかな~?」
二人で話をしていると、車は渋滞に巻き込まれる。
長い列はトンネルに向かって伸びており、赤のテールランプがずらっと並ぶ。
「事故か……全然進まんな」
「新東京湾トンネルよく工事してるよね」
「都知事の肝いりで進められたプロジェクトだが、手抜き工事が発覚したとかテレビでやってたな」
「やばいんじゃないの? この上って
「そんな簡単に崩れるやわな構造してないって。本当にダメなら完全に通行規制してるだろうし」
「次から橋渡ろうよ」
「橋は通行料が高いの」
「これだから貧乏オーナーは」
◇
それから4時間後——
取材を終え、結城たちはテレビ局の廊下を歩いていた。
「たった15分程度の取材で2時間も待たされたぞ」
「テレビってそんなもんよ」
「随分冷静だな。俺よりもっと愚痴言うと思ってた」
「あたしは何回か仕事で来てるし。それよりインタビュー聞いた感じ、やっぱりあたしたちの事務所が最下位っぽいんだけど」
「皆大体ヒーロー3人は雇用してたな……。どうやって資金確保してるんだ? 3人も抱えたらあっという間に破産だぞ」
そんな話をしながらエレベーターホールにつくと、先に3人のセーラー服姿の少女が待っていた。
「あれは、ジューシーズが?」
昨今テレビ露出度の高いアイドル系ヒーロー。
Bランク能力者ばかりで戦闘力は高くないものの、広告会社に太いパイプを持ち、知名度はAランクヒーローに引けを取らない。
3人の少女は記号的に見ると、赤いセーラ服にウェーブヘア、ピンクのセーラー服にショートボブ、オレンジのセーラー服にロングヘア。
いずれも美少女で、噂通りヒーローよりアイドル色が強い。
(凜音の元同僚か)
下っ端オーナーとして
「どうもこんにちは、アクセルヒーロー事務所の神村です」
「…………」
セーラーの少女達がチラリとこちらを見るが、3人から返事は返ってこない。
差し出した名刺は受け取られることはなく、空中を彷徨ったままだ。
「あー……ちょっと間が悪かったかな?」
「名刺くらい受け取りなさいよ、相変わらず性格悪いわね」
赤のセーラーの子が凛音を見てはっとした顔をすると、すぐに不愉快気に眉を吊り上げる。
「凛音、あなたまだヒーローやってたの?
「関係ないでしょ」
「どうせまた問題起こしてクビになるわ」
「不祥事の総合商社のあんたがよく言うわ」
「しね乳女」
「あんたがしね、化け猫」
ワオ、まさかここまで仲が良い(皮肉)とは。
アイドルって実はメンバー内で仲が悪いなどと聞くが、ここまで開き直って犬猿の仲だとは思っていなかった。
結城は仲裁に入るか迷っていると、ポーンと音をたててエレベーターが開き、スーツ姿の中年太りのオッサンが降りてくる。
赤セーラーの少女はその男性を見た瞬間、目を輝かせて抱き着いた。
「腹黒さん、こんなところで会えるなんて! またパーティー誘ってくださいよぉ!」
「おぉ、ジューシーリンゴちゃん久しぶり。新人の面倒を見るのに忙しくてね、また呼ぶよ」
「絶対ですよぉ♡」
結城はなぜ凛音が、彼女のことを化け猫と呼んだのかすぐに理解した。
(凄い猫かぶり能力だ……)
ジューシーズがエレベーターに乗るところを見送ってから、結城は殺気立つ凜音に聞く。
「あれがジューシーズのリーダー?」
「そうジューシーアップル。毒リンゴみたいな女よ」
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