第7話 リンゴとパイナップルは仲が悪い


 数日後、結城は送られてきた正式採用版制服型スーツを見て笑顔になり、請求書を見て青くなった。


「うわ……たっけぇ……」


 スーツは事務所の資金の約4分の1を吹っ飛ばしてしまい、更に月数十万単位のメンテ費用が必要で、早速資金難に陥る。


「スーツがこれだけ高いと、安易に所属ヒーロー増やせないぞ」


 結城が所属していた田村ヒーロー事務所も、数人しかヒーローがいなかったが恐らく理由はこれだろう。

 事務所を運営していく上で、タレント業務をこなせないヒーローは、いても維持費で重荷になるだけと言うことがよくわかった。

 結城も大輝もS級ヒーローだったので、個人で献金したいという人も多くいたが、二人で市民からお金をもらうことはできないと断っていた。


「すみません田村オーナー、カッコつけて勝手に献金断って。バカな俺達育ててくれて、本当にありがとうございます」


 結城が心から田村に感謝しつつ、請求書に大きなため息をつくと、矢車から電話が入った。


「もしもし」

『神村オーナー? あたしだけど、ちょっと連絡ミスで今日あなた達新人オーナーとヒーローの取材があるのよ。すぐにテレビ局まで来てくれる?』

「今から? ウチも暇じゃないんだけどね」

『駆け出しオーナーが何忙しぶってんのよ。テレビに出るより重要な仕事があるわけ?』

「まぁありませんが」

『ならさっさと来る』



 結城はテレビ局からレンタルしているワゴンに乗り込むと、後部席に届いたばかりの制服スーツを着た凛音を乗せ、HBC局へと向かう。


「どこ行くのオジサン」

「テレビ局。俺をスカウトしたプロデューサーからの取材だ」

「あぁ、そういえばテレビの企画なんだっけ?」

「そう、新人オーナーを何組かスカウトして、Aランクヒーロー事務所を目指すっていうな」

「俗物的よね」

「全くだ。だけどそのおかげで飯が食えてる」

「他のオーナーって誰か知ってるの?」

「全然知らん。もしかしたら今日会えるかもしれない」

「ふーん、ウチより下っているのかしら」

「ウチが最下位みたいに言うなよ」

「所属ヒーロー一人で、車はテレビ局からのレンタカー、お風呂は沸かないし、オーナーは毎日コンビニ弁当」

「何が悪いんだ」

「お金ないなら自炊したほうがいいよ、健康の為にも」

「時間がなかなかな」


 実際オーナーになってから結城は仕事探しだけでなく、警察や役所の説明会、企業スポンサー探し、保険会社やスーツメーカーとの打ち合わせなど忙しい日々を送っていた。


「体壊さないでよ」

「優しいな」

「勘違いしないで、社長1人ヒーロー1人の事務所だとどっちか一人でも倒れたら終わりでしょ」

「ごもっとも。まぁ立ち上げが一番忙しいのはどこも一緒だからな。軌道に乗ればなんとか楽に」


 なるのかなと思いつつ、あくびを噛み殺す。

 彼自身オーバーワークという自覚はありつつも、凜音を雇用してから彼女を食わせていかないといけないという、保護者に近い責任感が芽生えていた。


「そうだ凛音、お前ヒーローネームどうする?」

「あぁ、そっか名前いるよね」

「ジューシーズのときはなんて名前だったんだ? ジューシーオレンジとかバナナとかついてたんだろ?」

「なんだと思う?」

「メロンかスイカ」


 凜音の胸部を見るに、誰もがそのネーミングを思いつくだろう。


「おしい、ジューシーパイン。プラチナのオーナーにもメロンにしろって言われたけど、黄色のセーラーが可愛かったからパインにした」

「なるほどな。でも巨乳だからメロンやパインってのはセクハラ一歩手前だな」

「グラドルなんてそんなもんよ。ジューシーズのあのセーラースーツなんて、めちゃくちゃ男性票集めに行ってるし」


 タレント業も重要だと理解した結城は、以前のように安易に否定する気にはなれなくなっていた。


「それでヒーローネームはどうする?」

「ん~今思いつかないんだけど」

「俺がつけてやろうか?」

「え~嫌な予感しかしないけど」

「氷結の冬将軍アイスクラシャー凜音なんてどうだ?」

「オジサンにいろいろセンスがないことはわかった。とりあえず今はカタカナでリオンにしといて」

「そんなセンスないかな~?」


 二人で話をしていると、車は渋滞に巻き込まれる。

 長い列はトンネルに向かって伸びており、赤のテールランプがずらっと並ぶ。


「事故か……全然進まんな」

「新東京湾トンネルよく工事してるよね」

「都知事の肝いりで進められたプロジェクトだが、手抜き工事が発覚したとかテレビでやってたな」

「やばいんじゃないの? この上って東京湾でしょ?」

「そんな簡単に崩れるやわな構造してないって。本当にダメなら完全に通行規制してるだろうし」

「次から橋渡ろうよ」

「橋は通行料が高いの」

「これだから貧乏オーナーは」



 それから4時間後——


 取材を終え、結城たちはテレビ局の廊下を歩いていた。


「たった15分程度の取材で2時間も待たされたぞ」

「テレビってそんなもんよ」

「随分冷静だな。俺よりもっと愚痴言うと思ってた」

「あたしは何回か仕事で来てるし。それよりインタビュー聞いた感じ、やっぱりあたしたちの事務所が最下位っぽいんだけど」

「皆大体ヒーロー3人は雇用してたな……。どうやって資金確保してるんだ? 3人も抱えたらあっという間に破産だぞ」


 そんな話をしながらエレベーターホールにつくと、先に3人のセーラー服姿の少女が待っていた。


「あれは、ジューシーズが?」


 昨今テレビ露出度の高いアイドル系ヒーロー。

 Bランク能力者ばかりで戦闘力は高くないものの、広告会社に太いパイプを持ち、知名度はAランクヒーローに引けを取らない。

 3人の少女は記号的に見ると、赤いセーラ服にウェーブヘア、ピンクのセーラー服にショートボブ、オレンジのセーラー服にロングヘア。

 いずれも美少女で、噂通りヒーローよりアイドル色が強い。


(凜音の元同僚か)


 下っ端オーナーとして彼女たち売れっ子に挨拶をしておこうと思い、結城は作りたての名刺を取り出しながら近づく。


「どうもこんにちは、アクセルヒーロー事務所の神村です」

「…………」


 セーラーの少女達がチラリとこちらを見るが、3人から返事は返ってこない。

 差し出した名刺は受け取られることはなく、空中を彷徨ったままだ。


「あー……ちょっと間が悪かったかな?」

「名刺くらい受け取りなさいよ、相変わらず性格悪いわね」


 赤のセーラーの子が凛音を見てはっとした顔をすると、すぐに不愉快気に眉を吊り上げる。


「凛音、あなたまだヒーローやってたの? プラチナウチクビになって」

「関係ないでしょ」

「どうせまた問題起こしてクビになるわ」

「不祥事の総合商社のあんたがよく言うわ」

「しね乳女」

「あんたがしね、化け猫」


 ワオ、まさかここまで仲が良い(皮肉)とは。

 アイドルって実はメンバー内で仲が悪いなどと聞くが、ここまで開き直って犬猿の仲だとは思っていなかった。

 結城は仲裁に入るか迷っていると、ポーンと音をたててエレベーターが開き、スーツ姿の中年太りのオッサンが降りてくる。

 赤セーラーの少女はその男性を見た瞬間、目を輝かせて抱き着いた。


「腹黒さん、こんなところで会えるなんて! またパーティー誘ってくださいよぉ!」

「おぉ、ジューシーリンゴちゃん久しぶり。新人の面倒を見るのに忙しくてね、また呼ぶよ」

「絶対ですよぉ♡」


 結城はなぜ凛音が、彼女のことを化け猫と呼んだのかすぐに理解した。


(凄い猫かぶり能力だ……)


 ジューシーズがエレベーターに乗るところを見送ってから、結城は殺気立つ凜音に聞く。


「あれがジューシーズのリーダー?」

「そうジューシーアップル。毒リンゴみたいな女よ」

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