第6話 ヒーロースーツ


 凛音がアクセル事務所に所属して数週間――

 外から事務所に戻った凛音は、かなり不機嫌そうだった。

 それもそのはず、TV局HBCから異能力者による銀行強盗発生の緊急連絡が入り現場に急行したものの、銀行を包囲していた警察から、ヒーロースーツを着ていないものは通せないと言われたのだ。

 おかげで手柄は他のヒーローに持っていかれ、結城と凛音は指をくわえてそのシーンを見てるしかなかった。


「せっかく活躍するチャンスだったのに。あの石崎って警官、めちゃくちゃ感じ悪い」


 石崎警部は、結城もヒーロー時代ちょいちょい世話になった堅物警官だ。

 ヒーローの台頭によって肩身が狭い警官は、ヒーローを敵視するものが多く、石崎はその筆頭でヒーローを見ると小言の1つ2つ3つを言わないと気がすまない人物だった。

 凛音は初めてその小言をもらい、かなりカチンと来ている。


「スーツがないと、ヒーローも一般人扱いされることが多いからな」

「ねぇオジサン、スーツまだ来ないの?」

「一応見本を頼んだんだが……」


 するとちょうどのタイミングでインターホンが鳴る。

 結城が対応して戻ってくると、大きなアタッシュケースを3つ押してきた。


「スーツ見本来たわ」

「えっ、見たいみたい! 3つもあるの?」

「ああ、俺がスーツ業者と打ち合わせして、これなら凛音に似合うんじゃないかと思ったものを作ってきた」


 結城はアタッシュケースを3つともデスクに乗せる。


「一応全部試着してくれ」

「わかった」


 凛音はワクワクして、鼻歌を歌いながらスーツに着替えに行く。

 ヒーロースーツとは戦闘服であると同時にヒーローの顔であり、これの試着が楽しくないわけがなかった。

 だが彼女は数分後、微妙な顔をして戻ってきた。

 彼女が着てきたのは、頭は黒のライダーメット、胴体は真っ黒いジャージにプロテクトベストの全身真っ黒装備。


「なにこのダサいスーツ……」

「いいじゃないか。俺が一番良いと思う奴だ」

「嘘でしょ、オジサン感性終わってんじゃないの? 完全に今日見た銀行強盗の格好じゃん!」

「黒で統一したから、ちょーっと悪者っぽく見えるな。まぁ男は黒に染まれって言うしな」

「あたし女だから。こんなの嫌、全、然、かわいくない」

「なんでだ、見た目のわりに防御力は結構高いし、何よりコストが低くて破れてもすぐに変えがきく」

「とにかくこんなの嫌」


 「没」と言って、2つ目のアタッシュケースを手に取る凛音。

 しばらくして着替えてくると、またしても微妙な顔をしていた。


「全身タイツて」


 彼女の姿は全身にフィットした青色のタイツで、胸にはRのロゴ。顔はキャプテンゾロみたいな目出しハチマキをしていて、変質者感が半端ではなかった。


「バカにするなよ、D,Cランクのヒーロースーツで圧倒的に多いデザインだぞ。カラーリングとヘルメットで個性を出すタイプで、凛音が氷使いということで青色を用意した」

「もしかしてこのRって」

「リオンのRだ」

「ダサッ」

「アメリカのS級ヒーロースーパーストロングや、デビルバットマンにスッパイダーマンもこのデザインだし、全身タイツとヒーローは切っても切り離せないものだ」

「これならレオタードみたいなのにしてほしいわ」

「それだと怪盗になっちまうだろ」

「全身タイツはテレビのバラエティに出てきそうだし嫌なの! あとこのRマジで嫌! イニシャル胸に貼り付けるとかほんと嫌!」

「文句が多いやつだな」


 そう言いつつも、結城も全身タイツによって強調された凛音の胸を見て、ちょっと放送コードに引っかかるかもしれないと思った。


「……とりあえず3着目着るわ」


 結城のセンスでは恐らく3着目も期待ができないと思いつつ、凛音はアタッシュケースを開ける。


「これは……」


 中身は紺色のブレザーと学生鞄、黒のニーソックスにハイヒール。

 それと競泳水着のようなインナーが入っており、パッと見は入学式用の学生セットに見える。


「あたしの制服じゃん」

「それはカモフラージュ用なんだよ」

「カモフラージュ?」

「潜入作戦を行う時、ヒーロースーツ着ていくわけにはいかないだろ? 学生服ってのは、めちゃくちゃ偽装に使えるんだよ」

「この鞄、鉄板入ってる?」


 凛音が革の学生鞄を開けて、コンコンとノックする。


「学生鞄にはチタン合金板と、フルメタルジャケット弾を装填したオートマチック拳銃が入ってる。制服とニーソは防刃、防火、防弾、耐電のメタルカーボン繊維素材」

「この水着は?」

「競泳水着に見えるインナーがスーツの本体で、能力を一時的に増幅させるEブーステッドモジュールが組み込まれている。更にスーツの感情感知AIによって、筋力や敏捷性を増加させることができる。このAIは主に軍で開発されていたもので、民間に降ろされたのはつい最近……」

「そういうオタクみたいな設定いいから」

「オタ……」

「普通の学生はハイヒールなんか履かないよ?」

「ハイヒールの踵を強く踏み込むことでスパイクが飛び出る。敵の顔面を蹴りつけるときや、ジャンプをするときの補助にもなる。スーツの能力と組み合わせれば、4階だてのビルにジャンプ一回で到達できるだろう」

「へー……これスカート短くしてよ」

「スカートの裏地は閃光弾のホルスターになってるからダメだ」

「なにそれ、あたしスカートの下に爆弾装備してるってこと?」

「閃光弾だ。仮にピンが外れても、君のスカートの中か眩く照らされるだけだ」

「いらない。スカート丈はあたしの制服と同じくらいにして」

「あのケツが見えそうな丈にか? スカートとニーソで、上手く地肌が露出しないようになってるんだぞ」

「あたしがあの絶対領域ラインが好きだからいいの」


 今までと違い、前向きにスーツの仕様を検討する凛音に結城は焦る。


「待て待て、これで決定みたいに言ってるが、これはあくまで偽装用だ。君のスーツは別で用意したい」

「なんで、これでいいじゃん? ずっと着ててもおかしくないし」

「君はヒーローというものをわかっていない。誰かのピンチに駆けつける特別な人間が、普通の学生服じゃダメだろう?」

「なんで?」

「ヒーローにとってスーツは名刺みたいなもんだぞ。それが普段着みたいだとインパクトがないだろ」

「いや、別にインパクトとかいらんし」

「それに民間人と区別つかないだろ。顔も丸出しだし」

「仮面ヒーローが流行ってたのは数年前よ。今じゃヒーローは皆顔出ししてるわ」

「いやでも学生服だと、君の古巣のジューシーズと被って――」

「とにかく銀行強盗とか、全身タイツ着るくらいならこれでいくから!」


 凛音は最後に気に入るのがあって良かったと微笑む。

 逆に結城は強引に決められてしまい、これも時代かと唇をとがらせる。

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