第6話 ヒーロースーツ
◇
凛音がアクセル事務所に所属して数週間――
外から事務所に戻った凛音は、かなり不機嫌そうだった。
それもそのはず、
おかげで手柄は他のヒーローに持っていかれ、結城と凛音は指をくわえてそのシーンを見てるしかなかった。
「せっかく活躍するチャンスだったのに。あの石崎って警官、めちゃくちゃ感じ悪い」
石崎警部は、結城もヒーロー時代ちょいちょい世話になった堅物警官だ。
ヒーローの台頭によって肩身が狭い警官は、ヒーローを敵視するものが多く、石崎はその筆頭でヒーローを見ると小言の1つ2つ3つを言わないと気がすまない人物だった。
凛音は初めてその小言をもらい、かなりカチンと来ている。
「スーツがないと、ヒーローも一般人扱いされることが多いからな」
「ねぇオジサン、スーツまだ来ないの?」
「一応見本を頼んだんだが……」
するとちょうどのタイミングでインターホンが鳴る。
結城が対応して戻ってくると、大きなアタッシュケースを3つ押してきた。
「スーツ見本来たわ」
「えっ、見たいみたい! 3つもあるの?」
「ああ、俺がスーツ業者と打ち合わせして、これなら凛音に似合うんじゃないかと思ったものを作ってきた」
結城はアタッシュケースを3つともデスクに乗せる。
「一応全部試着してくれ」
「わかった」
凛音はワクワクして、鼻歌を歌いながらスーツに着替えに行く。
ヒーロースーツとは戦闘服であると同時にヒーローの顔であり、これの試着が楽しくないわけがなかった。
だが彼女は数分後、微妙な顔をして戻ってきた。
彼女が着てきたのは、頭は黒のライダーメット、胴体は真っ黒いジャージにプロテクトベストの全身真っ黒装備。
「なにこのダサいスーツ……」
「いいじゃないか。俺が一番良いと思う奴だ」
「嘘でしょ、オジサン感性終わってんじゃないの? 完全に今日見た銀行強盗の格好じゃん!」
「黒で統一したから、ちょーっと悪者っぽく見えるな。まぁ男は黒に染まれって言うしな」
「あたし女だから。こんなの嫌、全、然、かわいくない」
「なんでだ、見た目のわりに防御力は結構高いし、何よりコストが低くて破れてもすぐに変えがきく」
「とにかくこんなの嫌」
「没」と言って、2つ目のアタッシュケースを手に取る凛音。
しばらくして着替えてくると、またしても微妙な顔をしていた。
「全身タイツて」
彼女の姿は全身にフィットした青色のタイツで、胸にはRのロゴ。顔はキャプテンゾロみたいな目出しハチマキをしていて、変質者感が半端ではなかった。
「バカにするなよ、D,Cランクのヒーロースーツで圧倒的に多いデザインだぞ。カラーリングとヘルメットで個性を出すタイプで、凛音が氷使いということで青色を用意した」
「もしかしてこのRって」
「リオンのRだ」
「ダサッ」
「アメリカのS級ヒーロースーパーストロングや、デビルバットマンにスッパイダーマンもこのデザインだし、全身タイツとヒーローは切っても切り離せないものだ」
「これならレオタードみたいなのにしてほしいわ」
「それだと怪盗になっちまうだろ」
「全身タイツはテレビのバラエティに出てきそうだし嫌なの! あとこのRマジで嫌! イニシャル胸に貼り付けるとかほんと嫌!」
「文句が多いやつだな」
そう言いつつも、結城も全身タイツによって強調された凛音の胸を見て、ちょっと放送コードに引っかかるかもしれないと思った。
「……とりあえず3着目着るわ」
結城のセンスでは恐らく3着目も期待ができないと思いつつ、凛音はアタッシュケースを開ける。
「これは……」
中身は紺色のブレザーと学生鞄、黒のニーソックスにハイヒール。
それと競泳水着のようなインナーが入っており、パッと見は入学式用の学生セットに見える。
「あたしの制服じゃん」
「それはカモフラージュ用なんだよ」
「カモフラージュ?」
「潜入作戦を行う時、ヒーロースーツ着ていくわけにはいかないだろ? 学生服ってのは、めちゃくちゃ偽装に使えるんだよ」
「この鞄、鉄板入ってる?」
凛音が革の学生鞄を開けて、コンコンとノックする。
「学生鞄にはチタン合金板と、フルメタルジャケット弾を装填したオートマチック拳銃が入ってる。制服とニーソは防刃、防火、防弾、耐電のメタルカーボン繊維素材」
「この水着は?」
「競泳水着に見えるインナーがスーツの本体で、能力を一時的に増幅させるEブーステッドモジュールが組み込まれている。更にスーツの感情感知AIによって、筋力や敏捷性を増加させることができる。このAIは主に軍で開発されていたもので、民間に降ろされたのはつい最近……」
「そういうオタクみたいな設定いいから」
「オタ……」
「普通の学生はハイヒールなんか履かないよ?」
「ハイヒールの踵を強く踏み込むことでスパイクが飛び出る。敵の顔面を蹴りつけるときや、ジャンプをするときの補助にもなる。スーツの能力と組み合わせれば、4階だてのビルにジャンプ一回で到達できるだろう」
「へー……これスカート短くしてよ」
「スカートの裏地は閃光弾のホルスターになってるからダメだ」
「なにそれ、あたしスカートの下に爆弾装備してるってこと?」
「閃光弾だ。仮にピンが外れても、君のスカートの中か眩く照らされるだけだ」
「いらない。スカート丈はあたしの制服と同じくらいにして」
「あのケツが見えそうな丈にか? スカートとニーソで、上手く地肌が露出しないようになってるんだぞ」
「あたしがあの絶対領域ラインが好きだからいいの」
今までと違い、前向きにスーツの仕様を検討する凛音に結城は焦る。
「待て待て、これで決定みたいに言ってるが、これはあくまで偽装用だ。君のスーツは別で用意したい」
「なんで、これでいいじゃん? ずっと着ててもおかしくないし」
「君はヒーローというものをわかっていない。誰かのピンチに駆けつける特別な人間が、普通の学生服じゃダメだろう?」
「なんで?」
「ヒーローにとってスーツは名刺みたいなもんだぞ。それが普段着みたいだとインパクトがないだろ」
「いや、別にインパクトとかいらんし」
「それに民間人と区別つかないだろ。顔も丸出しだし」
「仮面ヒーローが流行ってたのは数年前よ。今じゃヒーローは皆顔出ししてるわ」
「いやでも学生服だと、君の古巣のジューシーズと被って――」
「とにかく銀行強盗とか、全身タイツ着るくらいならこれでいくから!」
凛音は最後に気に入るのがあって良かったと微笑む。
逆に結城は強引に決められてしまい、これも時代かと唇をとがらせる。
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