第5話 探し人
◇
夕方――
学校から帰ってきた凛音は結城に呼び出され、事務所2階のトレーニングルームで向かい合っていた。
「これから何すんの? スポーツウェアに着替えたけど」
彼女はたわわな胸を、ぴっちりとしたタンクトップに包み下は黒のショートパンツ姿。出るところは出ているのに腰はくびれており、そのまままジムのモデルに使えそうなグラマーなボディ。対する結城は黒のジャージ姿。
「君の強さが知りたい。能力を使用して構わないから、俺を倒してみろ」
「は? なにそれ、能力なんか使ったらオジサン死ぬよ」
「オジサンはやめなさい。大丈夫だ、俺も元ヒーローだから頑丈だぞ」
「あっ、もしかしてあたしに勝ってマウントとりたいわけ? 生意気な女子高生を”わからせ”てやるって」
はは~んと凛音は意地の悪い笑みを浮かべる。
「そんな気持ちは微塵もない。所属していたジューシーズでのポジションは?」
「
「前衛を援護し後衛を防衛する、めちゃくちゃ判断力が問われるポジションだ」
「後ろから花形が戦ってるの見てるだけだったけどね」
「元の仲間とは、あまり仲良くないと見た」
「…………」
「おっと地雷踏んだか。その怖い顔のままかかってきなさい」
「Cランクだからって、なめてると痛い目みるわよ。これでもBまで上がったんだから」
「昔のランク自慢はやめろ。弱く見えるぞ」
明らかに腹を立てた凛音は、トントンと2,3回ジャンプすると結城に構える。
二人の間合いは約4メートル、その気になれば一瞬で詰められる距離。
凛音はキュキュッと床を鳴らして踏み込むと、ダンッと片足で床を踏みしめ腰を捻り顔面を狙った回し蹴りを放つ。
その蹴りは青白い冷気をまとっており、当たれば氷結効果が出ることはわかった。
勿論凛音も当てるつもりはなかったが、床が思ったよりも滑ってしまい、勢い余って美しい弧を描いたハイキックが当たってしまう。
「冷たい」
蹴りが当たった結城の側頭部がカチコチと凍っていく。
「ご、ごめん! ちょっと滑ったの!」
「良い蹴りだ。必殺技として十分通用する。他にも技があるならどんどん打ってきてくれ」
◇
そのまま30分ほど、結城の顔面が半分凍ったままトレーニングが行われた。
「キックやパンチは体重がのって相当強力だ。特にゼロ距離で、敵に手のひらを押し当てるだけで凍らせる事ができるのが強い。が、近距離が得意である反面、中、遠距離の対応が苦手。格闘術は以前所属していた事務所のトレーナーから?」
「う、うん」
「もう一回回し蹴りをしてみてくれ。今度は当てるつもりでな」
凛音は言われた通り、腰を捻り延髄を刈り取るような鋭い蹴りを見舞う。
しかし結城は首を軽く動かすだけでかわしてみせる。
「あれ、なんで」
「軸足がいがんでる。蹴りを行う右足はよく鍛えられてるが、体を支える左足が弱くて、脚を振りに行った時体が持っていかれてる。そのせいで君のキックは当たる位置にかなりバラつきがある。最初俺に蹴りを当ててしまったのは、床が滑るんじゃなくて左足のグリップ力がないからだ」
「…………」
「ハイキックを敵の側頭部に当てるのは効果的だが、外したときのリスクが大きい。確実に首や頭に当てるには、まず左足を鍛えるんだ。それから重心の乗せ方に変な癖がついてる」
結城が説明していくと、凛音はぽかんとした表情をしていた。
「どうした鳩が鉄砲喰らったみたいな顔して?」
「それ死んでるから。いや、なんか凄く実践的だったから」
「前所属していたとこもそうだっただろ?」
そう聞くと、凛音は眉を寄せ渋い顔をする。
「ジューシーズは、どっちかっていうとアイドル売りだし、戦闘訓練ちゃんとやるあたしの方が異端だったかな」
「アイドル売りか……時代だな。俺たちが全盛期の頃は、強いヒーローが一番カッコよかったんだが」
「オジサンオッサン臭い」
オジサンとオッサンのダブルカッターが結城の体を切り刻む。
「オッサンはやめてほしい」
◇
一週間後――
二人は初めてクライアントから依頼を受け、ヒーローとして仕事を行っていた。
「ターゲットはその先の草むらだ。相手は足が相当速い油断するなよ」
「わかってるわよ」
インカムから聞こえてくる結城の指示を頼りに、凛音は古民家の塀を飛び越える。
手入れされていない庭は草がボーボーで、何かが飛び出してきてもおかしくない。
凛音は革グローブをはめ直す。彼女の特殊武装であるスタングローブは、手甲部分に三本の太い電極が突出している。
電極に高電圧を纏わせ、拳と共に殴りつけることで鏡魔に大ダメージを負わせることができる対近接格闘戦武装である。
「オジサン、ターゲット見つからず」
『オジサンはやめなさい。ターゲットがその家の外に出たことは確認できない。家の軒下に身を隠している可能性もある、注意して探せ』
「探せって言ったって……」
凛音が身をかがめて家の下を確認すると。
「フニャアアアア!!」
「キャアアアアア!」
◇
「ありがとうございました」
クライアントの女性は、猫をケージに入れペコペコと腰を曲げながら事務所を去っていった。
「迷い猫探しって、これがヒーローのすることなの?」
ソファーに寝そべった凛音は、猫に引っ掻かれた腕に絆創膏をはりながら結城を見やる。
「そうだぞ。君らは大手事務所に所属してたから下積みなんかなかっただろうけど、ヒーロー事務所の下っ端に入ると、こうやって探偵みたいなことをするんだ」
「オジサンもやったんだ?」
「やったやった、10年前に同期のヒーローと一緒に散々……」
結城は同期のヒーローと言った直後、頭に大輝のことがよぎり暗い表情になる。凛音はその瞬間を見逃さなかった。
「オジサンの仲間ってどんな人だったの?」
「俺と同じで無名のヒーローさ。……今はもうヒーローをやっていない」
「そうなんだ」
「というか凛音、お前猫一匹で悲鳴あげすぎだぞ」
「しょうがないじゃない、いきなり飛びかかってきたんだから」
「能力で凍らせればいいだろう。手足なら死にはしないし」
「そんなの可哀想じゃん」
「お前がカエルみたいにひっくりかえってるから、かわりに俺が捕まえたけど、普通オーナーは現場来ないからな?」
「わかってるっての。あっそうだオジサン、お願いがあるんだけど」
「なんだ? いきなり給料交渉じゃないだろうな」
そんな話は聞けませんと、新聞紙ガードを広げる結城。
「そうじゃなくて、面接であたし人探ししてるって言ったでしょ?」
「あぁ確かそいつを探すためにヒーロー始めたんだったな」
「そう。昔この街にいたヒーローなの」
「ほぉ、ヒーローを探すためにヒーローになったと」
興味深い話だなと、結城はインスタントコーヒーのカップに口をつける
「急にいなくなっちゃったんだけど、S級のすっごく強いヒーロー」
「それなら簡単に見つかりそうだがな。何の能力者だ?」
「電撃を操る戦士で、めちゃくちゃカッコイイ。オジサンなんか目にならないくらい」
「なんで俺を下げたんだ? しかしSで雷能力者なんかわりと限られてくると思うが。ヒーローネームは?」
「サンダーイーグル」
「ブーッ!」
彼女の口から自分の昔のヒーローネームが飛び出て、結城は盛大にコーヒーを噴きこぼした。
「なにしてんのオジサン、汚い、キモい」
「いや、ちょっとショッキングな記事が書いてあってな。……ちなみになんでサンダーイーグルを探してるんだ?」
「昔雷様に助けてもらったことがあって」
「雷様?」
「サンダーイーグルの二つ名、雷鳥の雷様」
「あーそんな名前もあったか……。どこで助けられたんだ?」
「ヤマナカインターにあるトンネル」
「そんなとこでなんかあったっけな?」
「過激テロ組織が、政治家を殺そうとしてトンネルごと爆破したのよ」
「あー崩落事故を起こしたあれか」
「そう。あたしは友達と旅行に行く最中、その事件に巻き込まれた。奇跡的にあたしの乗った車は崩落に巻き込まれなかったけど、落盤で閉じ込められて死を覚悟したわ。でもその時、サンダーイーグルに助けられたの」
「あの事件な……。数人しか助けられなくて、無力さを感じた事件だった。生き残りを見つけた時は本当に嬉しかったよ」
結城は当時の悲惨な状況を思い出し、小さく首をふる。
凛音にとっては美談かもしれないが、結城にとっては初めての大事故の現場で、数百人もの死体を見ることになった記憶に残る事件だった。
「雷様、助けたあたしを見て、生きててくれて良かったって言ったの。絶対マスクの下で泣いてたと思う」
「死者を見すぎて、自分が生者に救われてるだけだ」
「なんでオジサンが雷様のこと語るの?」
「えっ、あーそれはだな、えーっとなんというかその」
「もしかしてさ」
「な、なんだ?」
結城はまずいバレた? と思い冷や汗が止まらない。
「オジサンも事件現場にいたとか?」
「えっ、あー! そう、そうなの! 手伝いでな!」
「そうなんだ、じゃあ一応オジサンにも感謝しとく」
「一応かよ」
「とにかく、雷様は2年前から失踪しちゃってるの。ちょっとでも情報が入ったら教えて」
「わかったわかった」
多分その情報は入らないと思うが。
結城は、昔助けた少女がこうしてヒーローを志してくれたことを嬉しく思った。
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