第4話 オジサン
確率の悪いガチャをしている気分になっている結城は、顔をしかめながら次の面接者を呼び出す。
「次の方どうぞ」
無言で入ってきた金髪ツインテの少女は、どかっとソファーに座る。
学校帰りなのか、紺のブレザー姿で堂々と脚組された太ももは肉付きが良い。
「お名前と年齢、ランク、能力をどうぞ」
「
「……八神」
結城はその名字にピクリと反応する。
それは彼の相棒、八神大輝と同じ苗字だったからだ。と言っても同じ苗字の人間なんて山程いるので、構わず面接を続ける。
「能力は氷結」
(……兄は炎で、妹は氷の能力)
大輝には妹がいると聞いていたが、能力者という話は聞いていない。
(兄の死後能力に目覚めた……?)
探偵でもないのに、憶測はやめようと結城は首をふり面接を進める。
「Dか?」
「は? Hだけど」
「H? Hランクなんてないだろ」
凛音は自分がヒーローランクとカップサイズを勘違いしていることに気づいて、顔を赤くする。
「CよC!」
「Cランク? おかしいな、Dランクしか来ないって聞いてたんだけど。直近でランクが上がったとかある?」
「ない。むしろ下がった」
「ってことは元B?」
「そう」
「なんで下がったんだ?」
「事務所と喧嘩したから」
「元どこの事務所?」
「プラチナムBODYのジューシーズ」
「あぁ……あのセーラー服でCMによく出てくる」
プラチナと言えば、巨乳美少女ばかり集めるグラドル分野に強い大手事務所である。
「あたしアレの3期生だったの」
「なんで喧嘩したんだ?」
「ムカついたから」
「何にムカついたんだ?」
「なんでなんでうるさい、カウンセラーじゃないんだから」
「直近の退職理由は聞いておく必要がある」
「……アイドル業ばっかやらされるのが嫌だったの。毎日毎日グラビアやら握手会やら、ヒーローと関係ないことばっかり」
「ほーちゃんとヒーロー業やりたかったんだな」
のぞみんが聞いたら泣いて喜びそうな仕事内容だが。
彼女は見た目の派手さに反して、正義の心を持っているようだった。
「何かヒーロー業をしたい理由はあるのか? 例えば正義感が強くて市民を守りたいとか」
「別に……人探しをしてるの」
「人探し?」
「ヒーローになって有名になったら、その人に会えるかなって」
「なるほど。じゃあ他になにか問題となる行動をしたことがある?」
「やってないけど、売りやってたんじゃないかって言われてる」
失礼な話だが、第3ボタンまで外したブラウスに透けたブルーのブラジャー、中が見えそうなミニスカートなどあらぬ疑いをかけられてもおかしくはない。
本人はやっていないと言っているが、言葉通り信じるのは危険だ。
「君が務めていたプラチナBODYと比べると、給料凄く安くなるし、最初のうちは雑用みたいな仕事ばっかりになっちゃうけど大丈夫か?」
「いいよ。給料に興味ないし」
(問題児そうだが……)
能力が高く、ヒーローとしての仕事を望んでいて給料にも興味なし。
多分これ以上の人材は望めないだろう。
「それじゃあよろしく頼むよ」
そう言うと、凛音はキョトンとした表情をしていた。
「あれ、合否って後からわかるんじゃないの?」
「いや、君に決めたから。今日から採用」
「あっ、そっ」
凛音は学生鞄を持って立ち上がる。
「ここ居住区どこなの?」
「5階だが、えっ今から住む気なのか?」
「今日から採用って言ったのはあなたでしょ? あたし学校の寮追い出されたから、住む場所に困ってたの。鍵ちょうだい」
結城は501と書かれた部屋の鍵を渡すと、さっさと事務所を出て行ってしまった。
「正直、能力につられてしまった感はある」
◇
翌日――1階カフェにて
「結局、八神以外決まらなかったな」
あれから最後にやってきたのは、10歳の少年能力者。
やる気はあったが、労働基準法でそもそも13歳以下は雇用できないということでお見送りになった。
「最後に来た子の、小学4年生ですにはビビったな……。ヒーローも若年化が進んでる」
28歳なんか完全におっさんじゃないかと、自分の立ち位置にため息をつく。
結城は矢車に連絡して、再度ヒーローを集めてほしい旨を伝えるが、多分まともに戦えるヒーローが集まるまで一月はかかるとのこと。
採用した凛音は戦えるのか? と聞かれたら微妙なところだが。
「あれでもまだマシな部類だったのかもしれないな」
大きなため息をつくと、カウンター越しにコーヒーが差し出される。
「あっ、頼んでませんが」
「いえ、サービスですので」
そう言って微笑むのはカフェマジックの美人店長、
歳は結城と同じくらいで、ゆるくウェーブの入ったブラウンのロングヘア。エプロンの上からでもわかる起伏の激しいスタイル。物腰柔らかで、落ち着いた大人の女性の雰囲気。
誰にでも分け隔てなく優しく気配りができる女性なので、彼女の出勤日を狙ってやってくる客も多い。かくいう結城も彼女のファンである。
「す、すみませんね」
「いえ、難しい顔をされていましたので」
「そ、そうですか? そんなことないんですが」
結城が鼻の下を伸ばしていると、制服姿の凛音がカフェに顔を出す。
「遅い起床だな。もう9時回ってるぞ」
「おはよう、え~っと……」
「神村結城だ」
「え~ユウキ」
「さんをつけろ。一回り歳上で、しかも雇用主だぞ」
結城は言った後に、矢車と全く同じマウントの取り方をしていることに気づく。
「え~? ユーキでいいじゃん? あんまりさんづけするの慣れてなくて」
「普通でいいんだよ普通で」
「じゃあオジサン」
オジサンという言葉のナイフが結城の胸をグサッと突き刺す。
「普通でオジサン……。ちょっと待て、俺はまだオジサンって呼ばれる歳じゃない」
「今いくつなの?」
「28」
「おじさんじゃん」
二本目のオジサンカッターが結城の胴体を切断する。
「女子高生からしたらオジサンデスヨネ……。まぁいい、今日から本格的に仕事が始まるんだが」
「あ~ごめん、あたし学校行ってくるから。帰ったら聞く」
じゃねと登校していった凛音を見て、頭を抱える結城。
「そうか、あいつ学生だもんな。社会人と違って、朝からフルタイムで働けるわけじゃないんだった。ってか何時に登校してるんだ、もう10時になるぞ不良娘め」
見た目通りの不良ギャルで、さっそく今日の予定が飛んでしまう。
その様子を見て、琉花が微笑む。
「うふふ、仲が良いんですね?」
「ご冗談を」
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