第3話 面接


 結城はビルの賃貸契約書や、事務所設立の為の書類にサインをしていく。


「さて、これであなたはこのマンションとヒーロー事務所のオーナーね。運用資金は最初2000万、多いように見えてビルの維持費や、ヒーローの雇用、バトルスーツの発注なんかで何もしなければ数ヶ月もたず資金ショートするわよ。勿論企画だから資金が尽きたら終わりだし、撮れ高がなければ最悪あなた個人に元手を請求するわ」

「金の管理は苦手なんだがな」

「社長の仕事なんてほとんど銭勘定よ。あなたはこの元手を使ってヒーローを雇用し、一流のヒーロー事務所にするのが目標よ」

「一流って、何を基準に言うんだ?」

「所属ヒーロー100人以上、Sクラスヒーローが数名いること、CMにバンバン出て、毎日この事務所の名前を聞くことかしら。そうだ、事務所の名前どうする?」


 結城は少しだけ考えると呟いた。


「アクセル」

「了解アクセルヒーロー事務所ね。あっ所属ヒーロー以外への、ビルの賃貸化は禁止だからそのつもりで」

「待て、このビル全部事務所なのか?」

「勿論、1階はテナントでカフェが入ってるけど、2階はトレーニングジム、3階が事務所、4階は大浴場、5、6階は空き居住スペースになってるから好きに改築してもらって構わないわ。あっ、大浴場は今機械止まってるから入れないわよ」

「ビルの管理も全部俺一人でやるのか?」

「うちからAIロボット事務員出してもいいけど、一人分の人件費と手数料、仲介費は貰うわよ」

「しっかりしてる」

「まず自分一人でやってみて、難しくなったら都度人を増やしていきなさい。いきなり人いっぱい雇ってやると、あっというまに火の車よ」

「わかった」

「来週中にはヒーローが面接に来る予定だから、二人採用して」

「ランクは?」

「Dよ」

「それルーキーじゃ」

「しょうがないじゃない、企画自体は温めてたものだけど、こんな急に始まると思ってなかったんだから」

「大丈夫か? 最近のルーキーって10代が多いって聞くが」

「何元Sのヒーローが歳下にビビってんのよ。あっ最後に、ちゃんと私に敬語使いなさい。あなたの雇い主で歳上なんだから」


 結城は立場と年齢でマウントかよと思いつつ、渋々受け入れる。


「わかっ……わかりました」

「よろしい」


 矢車は来週までに掃除しときなさいよ、と残して事務所を去っていく。

 残された結城は、今更ながら舌の回る悪魔テレビマンに騙されたような気がしていた。



 翌週――


 結城は事務所の鏡で身なりをチェックしていた。

 散髪して短髪になった黒髪、目の下のクマも幾分かマシにはなり、新調したビジネススーツを身にまとった姿はそれなりの社会人に見える。

 オーナーとしての貫禄はいささか不足しているものの、もとより整った顔立ちをしているので、落ち着いた大人としての雰囲気はあった。


矢車さんプロデューサーから連絡は来たが……」


 本日、これからヒーローの採用面接が行われる予定である。

 正直D級ヒーローなんてどんぐりの背くらべなのだが、採用人数が少ない分当たりを引かなくてはならない。

 面接もテレビで撮影するらしくHBC局のスタッフが数名、定点カメラを事務所に設置していった。


「ウチに回されてきたヒーローは5人、その中で2人所属ヒーローを決めないとな。え~最初は山本タケルさん(19)か」


 履歴書をチェックしていると、コンコンと扉がノックされ、最初のヒーローが入ってくる。

 ドレッドヘアにサングラス、顔中ピアスだらけの少年は、入ってくるなり担いだラジカセを全開で鳴らす。

 結城が面食らっていると、事務机に飛び乗りマイクを取り出し爆音で自己紹介を行う。


「Yea! Yea! 俺様最強、DJヒーロー、ヒップホップ育ちのラッパーヒーロー、名前はタケル、心は猛る、鏡魔に食らわす正義の鉄拳、いただくぜテッペン、始まるぜ決戦、面接なんて意味ねぇ、どうせ俺様がテッペ――」

「はい、ありがとうございます」


 結城はまだまだ続きそうなラップを遮り、ラジカセを止める。


「オイオイ、これからが俺様のリリックの真骨頂よ?」

「リリックだかミミックだか知らないが、普通でお願いします」

「マジかYO、オッサンノリ悪ぃな」


 DJヒーローは机から降りて、どかっとソファーに腰掛けると、クチャクチャとガムを噛み始めた。


「面接の時にガムはやめないか?」

「かてぇよオッサン」

「オッサンもやめないか? 一応雇用主になるかもしれないし」

「俺様はそういう社会のくだらねぇしがらみを、アウトブレイクしたくてリリック刻んでるわけなんすわ。MCタケルは誰にも縛れない、アンチェインな男なんすわ」

「ではこちらからもアンチェインさせていただくということで、お引き取り下さい」


 結城は一人目を早々にアウトにし、深いため息を付いた。


「最近の若いやつはこんなのばっかりなのか?」


 ヒーロー活動云々より人としてダメだろう。

 それからすぐに二人目の少女が入ってくる。フリル付きのシャツに、ピンクのフレアスカートを履いた大人しそうな少女は、目と目があうとペコリと礼をする。


「ど、どうもです」

「お座り下さい」


(この子は普通そうだな)

 結城は彼女のファッションが、地雷系と呼ばれるものだと気づいていなかった。


「それではいくつか質問させて頂きます。まず名前と年齢、ヒーローランク、能力を教えて下さい」

「えっと~柳のぞみ16歳、ランクはD、能力は紙を石ぐらい固くできま~す」

「なるほど、なぜヒーローになろうと?」

「え~っと~、友達が勝手にヒーローに応募しちゃって、私それで適性があったみたいで~、私は戦うのとかNGなんですけど、ヒーローってテレビで人気だから」

「戦うのがNG? ヒーローって犯罪者や鏡魔と戦うのが仕事だけど」

「あのぉ、そういうのは別のヒーローさんに任せてぇ、私は広報担当っていうか、アイドル活動だけしたいなって」

「それなら芸能事務所に入れば良いのでは?」

「今ぁ芸能事務所より、ヒーロー事務所のほうが圧倒的に人気なんでぇ。ヒーローアイドルのぞみんとしてやっていきたいんですぅ」


 結城は完全に訪ねる事務所を間違えてるなと顔をしかめる。


「でもウチは戦わない人間を、ヒーローとしては受け入れられないよ」

「え~じゃあ辞めますぅ、こんなちっさい事務所で死にたくないから」


 まともだと思っていたのぞみんは、正論だがキレ味の鋭い毒を吐いて事務所を出ていった。

 結城は二人立て続けに問題のあるヒーローが来て頭を抱える。


「マジか、今の世代こんなんなのか!? 俺がオッサンになっただけか!?」


 おかしいのは俺か? 治安が悪い都市のコンビニのバイト面接をしている気分だと唸る

 案の定3人目もクレイジーな若い子が来て、結城に選択肢がなくなる。


(やばい、これ残りの二人がダメならどうなるんだ? まさか消去法で絶対誰かとらなきゃいけないのか? 嘘だろ、ラッパー系ヒーロー事務所になっちゃうのか?)


 若い子とコミュニケーションをとれず、結城の頬に嫌な汗が伝う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る