第3話 面接
◇
結城はビルの賃貸契約書や、事務所設立の為の書類にサインをしていく。
「さて、これであなたはこのマンションとヒーロー事務所のオーナーね。運用資金は最初2000万、多いように見えてビルの維持費や、ヒーローの雇用、バトルスーツの発注なんかで何もしなければ数ヶ月もたず資金ショートするわよ。勿論企画だから資金が尽きたら終わりだし、撮れ高がなければ最悪あなた個人に元手を請求するわ」
「金の管理は苦手なんだがな」
「社長の仕事なんてほとんど銭勘定よ。あなたはこの元手を使ってヒーローを雇用し、一流のヒーロー事務所にするのが目標よ」
「一流って、何を基準に言うんだ?」
「所属ヒーロー100人以上、Sクラスヒーローが数名いること、CMにバンバン出て、毎日この事務所の名前を聞くことかしら。そうだ、事務所の名前どうする?」
結城は少しだけ考えると呟いた。
「アクセル」
「了解アクセルヒーロー事務所ね。あっ所属ヒーロー以外への、ビルの賃貸化は禁止だからそのつもりで」
「待て、このビル全部事務所なのか?」
「勿論、1階はテナントでカフェが入ってるけど、2階はトレーニングジム、3階が事務所、4階は大浴場、5、6階は空き居住スペースになってるから好きに改築してもらって構わないわ。あっ、大浴場は今機械止まってるから入れないわよ」
「ビルの管理も全部俺一人でやるのか?」
「うちからAIロボット事務員出してもいいけど、一人分の人件費と手数料、仲介費は貰うわよ」
「しっかりしてる」
「まず自分一人でやってみて、難しくなったら都度人を増やしていきなさい。いきなり人いっぱい雇ってやると、あっというまに火の車よ」
「わかった」
「来週中にはヒーローが面接に来る予定だから、二人採用して」
「ランクは?」
「Dよ」
「それルーキーじゃ」
「しょうがないじゃない、企画自体は温めてたものだけど、こんな急に始まると思ってなかったんだから」
「大丈夫か? 最近のルーキーって10代が多いって聞くが」
「何元Sのヒーローが歳下にビビってんのよ。あっ最後に、ちゃんと私に敬語使いなさい。あなたの雇い主で歳上なんだから」
結城は立場と年齢でマウントかよと思いつつ、渋々受け入れる。
「わかっ……わかりました」
「よろしい」
矢車は来週までに掃除しときなさいよ、と残して事務所を去っていく。
残された結城は、今更ながら舌の回る
◇
翌週――
結城は事務所の鏡で身なりをチェックしていた。
散髪して短髪になった黒髪、目の下のクマも幾分かマシにはなり、新調したビジネススーツを身にまとった姿はそれなりの社会人に見える。
オーナーとしての貫禄はいささか不足しているものの、もとより整った顔立ちをしているので、落ち着いた大人としての雰囲気はあった。
「
本日、これからヒーローの採用面接が行われる予定である。
正直D級ヒーローなんてどんぐりの背くらべなのだが、採用人数が少ない分当たりを引かなくてはならない。
面接もテレビで撮影するらしくHBC局のスタッフが数名、定点カメラを事務所に設置していった。
「ウチに回されてきたヒーローは5人、その中で2人所属ヒーローを決めないとな。え~最初は山本タケルさん(19)か」
履歴書をチェックしていると、コンコンと扉がノックされ、最初のヒーローが入ってくる。
ドレッドヘアにサングラス、顔中ピアスだらけの少年は、入ってくるなり担いだラジカセを全開で鳴らす。
結城が面食らっていると、事務机に飛び乗りマイクを取り出し爆音で自己紹介を行う。
「Yea! Yea! 俺様最強、DJヒーロー、ヒップホップ育ちのラッパーヒーロー、名前はタケル、心は猛る、鏡魔に食らわす正義の鉄拳、いただくぜテッペン、始まるぜ決戦、面接なんて意味ねぇ、どうせ俺様がテッペ――」
「はい、ありがとうございます」
結城はまだまだ続きそうなラップを遮り、ラジカセを止める。
「オイオイ、これからが俺様のリリックの真骨頂よ?」
「リリックだかミミックだか知らないが、普通でお願いします」
「マジかYO、オッサンノリ悪ぃな」
DJヒーローは机から降りて、どかっとソファーに腰掛けると、クチャクチャとガムを噛み始めた。
「面接の時にガムはやめないか?」
「かてぇよオッサン」
「オッサンもやめないか? 一応雇用主になるかもしれないし」
「俺様はそういう社会のくだらねぇしがらみを、アウトブレイクしたくてリリック刻んでるわけなんすわ。MCタケルは誰にも縛れない、アンチェインな男なんすわ」
「ではこちらからもアンチェインさせていただくということで、お引き取り下さい」
結城は一人目を早々にアウトにし、深いため息を付いた。
「最近の若いやつはこんなのばっかりなのか?」
ヒーロー活動云々より人としてダメだろう。
それからすぐに二人目の少女が入ってくる。フリル付きのシャツに、ピンクのフレアスカートを履いた大人しそうな少女は、目と目があうとペコリと礼をする。
「ど、どうもです」
「お座り下さい」
(この子は普通そうだな)
結城は彼女のファッションが、地雷系と呼ばれるものだと気づいていなかった。
「それではいくつか質問させて頂きます。まず名前と年齢、ヒーローランク、能力を教えて下さい」
「えっと~柳のぞみ16歳、ランクはD、能力は紙を石ぐらい固くできま~す」
「なるほど、なぜヒーローになろうと?」
「え~っと~、友達が勝手にヒーローに応募しちゃって、私それで適性があったみたいで~、私は戦うのとかNGなんですけど、ヒーローってテレビで人気だから」
「戦うのがNG? ヒーローって犯罪者や鏡魔と戦うのが仕事だけど」
「あのぉ、そういうのは別のヒーローさんに任せてぇ、私は広報担当っていうか、アイドル活動だけしたいなって」
「それなら芸能事務所に入れば良いのでは?」
「今ぁ芸能事務所より、ヒーロー事務所のほうが圧倒的に人気なんでぇ。ヒーローアイドルのぞみんとしてやっていきたいんですぅ」
結城は完全に訪ねる事務所を間違えてるなと顔をしかめる。
「でもウチは戦わない人間を、ヒーローとしては受け入れられないよ」
「え~じゃあ辞めますぅ、こんなちっさい事務所で死にたくないから」
まともだと思っていたのぞみんは、正論だがキレ味の鋭い毒を吐いて事務所を出ていった。
結城は二人立て続けに問題のあるヒーローが来て頭を抱える。
「マジか、今の世代こんなんなのか!? 俺がオッサンになっただけか!?」
おかしいのは俺か? 治安が悪い都市のコンビニのバイト面接をしている気分だと唸る
案の定3人目もクレイジーな若い子が来て、結城に選択肢がなくなる。
(やばい、これ残りの二人がダメならどうなるんだ? まさか消去法で絶対誰かとらなきゃいけないのか? 嘘だろ、ラッパー系ヒーロー事務所になっちゃうのか?)
若い子とコミュニケーションをとれず、結城の頬に嫌な汗が伝う。
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