宇宙から落ちた男

「この個体の、集合体との接続は不可能である」


「そうだ。これまでの規定では、この時点で安楽死とする」


 横たわる俺が薄っすら目を開けると衛生兵たちは音声で会話した。


「おいおいおい。そんなのはテレパスで喋っとけ」


「接続が断たれると、そのような話し方になるのか? この症状も診断基準のひとつとして、申請する」


 一人の衛生兵がそう話して、もう一人の衛生兵は空中端末に書類を映し出すと、敬礼して去った。


「恐怖からのものだ。ボイドを漂流したことがあるか?あれだ……静かなんだ」


 艦隊各艦のブリッジやCDCの絶え間ない情報・指揮伝達。クルー皆の会話。


 周辺にそれによく似たグループが数百。


 さらには要塞の、繭から出たばかりの幼体たちの声。


 そして、〝中枢〟と呼ばれる大きな存在。


 ほんの少し意識を向ければ伝わってきたテレパスが、今はもう届いてこない。聞こえない。


「興味深い。孤立への恐怖は集合意識への従属を強める大きな因子だと認識している。ボイドでのデータは、拝見するとしよう。――さて、処置に対して承諾か否か」


 衛生兵が書類を指差した。


 側頭葉上部に直接伝わってくるはずの書類の内容はまったく頭に入って来ず、目を凝らした。


 文字に因ると、やはり廃棄だ。


 ただし、なになに……隔離処置とは集合体との接続が不可能となり、しかしながら身体は大凡正常とされる際に取り得る最善の……


 隔離施設とは近年発見された遺伝子的には同一も、何ら能力を持たない未開種族の惑星であり……


『承諾なき場合、これまで通りの安楽死とする』


 接続が絶たれた個体の安楽死。それが我々にとってはごく当然な流れだった。


 それが未開の同族の発見、何らかの取引により、生きると言う選択肢ができたという。


 今自分がこうなって解ったのは、


 先がまったくの不確定となって尚、自らの死は認めたくない、ということ。


 これまでの仲間も、こんなふうに生きたかったのだろうか。


 孤立への恐怖など、きっと……


「承諾だ」


 と声にすると書類の手前に「承諾だ」の文字が点滅、続いて「APPROVED」と大きく出たあと書類は消えた。


「おめでとう」


 衛生兵は〝神経掴み〟で俺を気絶させた。



「おはようございます。わたしは本日の担当、アズサガワです」


 目覚めたら白い天井、窓の外は……青空?


 そうか、未開種族の惑星に降ろされたわけだ。


「お名前と生年月日をお願いします」


 声の主は女だった。


 恐らくは成人少し手前の女が、俺の顔を覗き込んで微笑していた。


 女も、こんな笑顔も、見るのは幼年だった頃以来だ。


 そう、集合体の女は主に要塞艦内での育児を担当しており、戦闘員となったものにはまるで関わりのないバリエーションだった。


「アールシュ119990324V(ヴィクター)、集合体登録日は数値部に同じだ」


 答えてから、しまった、と思ったが、


「はい。アールシュ・ヴァルマさん。1999年3月24日生まれですね」


 と聞き直され、


「あ、ああ。そうだな」


 と答えた。


 この惑星に合わせた個別サインと登録日のようだ。


「良かった。忘れないでくださいね」


「ひとつ良いか?」と俺は小声で聞く。


「なんでしょう?」と女は大きな声で聞き返す。


「これは隠密なんて言われる作戦?」


 新興の星間文明に対しては度々潜入調査が行われている話は何度か耳にしたことがあった。


 しかし未開とされるこの星に対してのそれは未意味なことではないのか? などと質問した。


 女は、ここは集合体からの人員を受け入れている言うだけで、その指揮系統には全く属さないと答えた。


 ただ、決して周囲に知られてはならないところは隠密と同じ、だと言う。


「これからはあなた自身が〝中枢〟です。そして生涯かけての潜入調査の始まりですよ。ワクワクしますよね」


「あ、ああ。そうだな」


 ワクワクってなんだろう?


 俺は、三度たび深淵に突き落とされた気分になった。


 そう確かに、この星の強い重力は俺をどこまでも落下させていくようだった。


 とにかく、眠ろう。


 孤立への恐怖など、きっと乗り越えてみせるさ。

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