再会

 今日は雨だった。


 農場のアルバイトがあったのだが、中止になって帰ってきた。


 うん。こんな時は部屋の中で読書か寝るかお茶か食事で良いのだ。


 だが正午、戸棚や冷蔵庫が空っぽになって、買い出しに出ざるを得なくなった。


 アパート前の路地で、黄色い傘に黄色いポンチョの小さな子供2人とすれ違う。


 キャッキャしたその声に、幼い頃を思い出す。



 幼馴染がいた。


 何をするのも一緒だった。


 だけれど、小学校に上がってしばらくすると、


 図書室が好きな私と、グラウンドが好きな彼女との距離は少しずつ開いた。


 高校の頃には学校も別、たまたま会えば一緒に歩いて話もしたけど、それだけになっていた。


 就職や進学で別々の都会へ出、私がめちゃくちゃだった時期、彼女は病気で亡くなった。


 そのことは随分後になってから聞いた。


 オーシャンサイドに来る前、故郷での最後の行事は彼女の墓参りだった。


 亡くなってすぐ、家族は西部に引っ越してしまって、墓だけが故郷に残っていた。


「なんか寂しいね、マイカ」


 丸くツルンとした、何の彫刻もない墓石に手を合わせながら出たのは、そんな言葉だった。



 だからか、彼女が化けて出た。


 コンビニで肩を叩かれ振り向いたら頬に指が刺さった。


 ずり上がった頬の向こうに、幼馴染の不敵な笑顔が見えた。最後に会った、高校の時のまんまの姿で。


 私はというと、絶対青い顔をしていると思う。


「……憑いてきちゃったの?」


「そうだよ。どうしてくれる」


 十年振りの再会。


 マイカ――と呼ぶのは私だけで――ミカ・サウザは「エッヘン!」と両手を腰に当てるポーズを取った。


 この辺りは小さい時からなんにも変わってなくて、笑えて泣けた。


「やっぱり気になる」と、頭を撫でて頬を擦って二の腕を抓ってやった。


「あ痛っ! ていうか確かめても無駄! 最近の霊は実体化しているんだぜ」


 得意のデタラメも絶好調だった。



 二人で店内をもうひと回りしてお酒やつまみを買い足し、私の部屋に向かった。


「さあ、話してみろ」とマイカは胡座をかいて、腕を組んだ。


「ていうか、なんでセーラー服? パンツはやっぱり青なんだね」


「職場のユニフォームだ。さあ話せ」


 私は、事故に遭遇し多くの記憶が飛んでしまっていること。


 偶然訪れたオーシャンサイドが気に入って、先々週移住してきたことなんかを話した。


「十年でそれっぽっちか。まぁわたしも変わらないかな」


 マイカは、長い闘病生活に加え、トラブルに巻き込まれてあちこちを転々とし、姓名も変えた。


 死んだ、というのも彼女を守るための家族の工作だ、と話した。


「今は、マイカ・アズサガワ。マイカは気に入ってたからね」


「じゃあわたしは名付け親だね」


「そうなるのか?」


 あとは思い出話と世間話に終始し、気付けば窓の外にはネオンが灯り始めていた。


「さて、帰るか」


 立ち上がったマイカはフラフラだった。


「呑みすぎちゃったよね。大丈夫? 帰れる?」


 私も結構フラフラだったが、なんとかマイカの支えになった。


 マイカはドアを出たところで、


「おおすまん。じゃあな」


 と向かいの部屋のドアノブに手をかけた。


「じゃあなじゃなくてー」


 ひえーっと思ったが、ポケットから出した鍵でそこを開けてしまった。


「は?」


「おやすみー」


「おやすみ……」


 マイカの住処は、なんと隣部屋だった。

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