休日はいつもあの惑星で
花園壜
キャッチコピー
何にもない路上でずっこけて、指をしたたか傷めた。
そんな中、銀行や役所で署名の必要に迫られ、なかなか書けずに歯がゆい思いをした。
以前自分が何か書き物をしていたというのを思い出したのはこの時の事だ。
随分前にやめてしまって、ノートやメモなどの痕跡は何ひとつ残っていなかった。
その頃、何度かの事故やトラブルが続いたのだが、その辺りの記憶は、なんでだか欠落していた。
親や知人に聞いても「大きな事故だった」「思い出すのが良いとは思えない」
よっぽど酷いざまだったようで、誰もが目を伏せ語らなかった。
自分の身体の欠けた部分だけが、とかく推し測らせるのみ。
『マグレブで行く オーシャンサイドの旅』
今日乗った通勤電車の中吊り広告は南方の観光地一色だった。
このキャッチ、もう10年以上使っている。
そろそろ変えるとかしないの? 見るたびににそう思っていた。
そういう私は一応、広告関連の会社に勤めていた。
一応、というのはもう退職するからだ。
コピーライティングやデザインや企画や営業をしていたわけではなく、
事務や雑用全般の補佐、決まったデスクもないような仕事だった。
前に書き物をしていた私が、それをすっかり忘れて広告会社に入っていたなんて、こんな皮肉の効いたこともなかった。
出勤自体は今日が最終日だった。
別に仕事に未練があったわけではなかったけど、キャッチを色々と考えた。
シートに座れたこともあって、リハビリを兼ねてメモ帳に書き起こしてみる。
いくつもいくつも、書いては横線で消し、書いてはまた消した。
そうそう、
オーシャンサイドへは偶然一度だけ訪問したことがある。
出張のマグレブで寝過ごし、海原の遥か彼方まで行ってしまったのだ。
最後に書いたのは、その時の気持ち――
――退職して一ヶ月が過ぎた。
アパートに戻ると電話が鳴っていた。
アルバイトの面接先から、そんなところだろう。
「はい。ハミルトンです」
「カオルさん?」
「えーっと、クリエイティブ部の……お久しぶりです!」
「ロッカーにメモ置いてったでしょ?」
「あー、かも知れません」
「そのまんま使っちゃおうと思ったんだけど、どうしても咎めちゃって」
「正直だなぁ」
「プッ……なんか変わったなぁ」
「そうですか?」
「これってそのまんま読まないよね?」
「強敵と書いて〝とも〟と読む、みたいな、じゃないような」
「使ってもいい?」
「どうぞ。お役に立てれば幸いです」
「決まった! 使ってるあいだは報酬送るから! ボスー!! オッケー出ま」
ブツリと通話は切れた。
おお! なんともまぁご都合主義!
短期のアルバイトが終了、次は見付からず、また無職になったところだった。
決別のつもりでロッカーに残した、あのメモ書きに救われるなんて。
『
そう、私は今、オーシャンサイドで暮らしている。
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