第五話 舞音と甘い玉子焼き
俺は教室でのおかしな出来事に混乱しながらも、購買部が併設されている共有ホールへと辿り着いた。
ここは昼休みや放課後などに生徒達が多く集まる人気の場所で、今日もかなり賑わっている。
俺は購買部で、たまごサンドと苺ミルクを買い、ホールをざっと見渡すと……居た。
「タっくぅぅぅん! こっちだよぉぉぉっ」
俺の幼馴染が両手を大きく振りながら、ホール全体に聞こえるような声で、俺を呼んでいる。
っ!? やめてくれぇぇぇっ、目立ち過ぎだろぉぉぉっ!
飛び跳ねる彼女の、夏服を押し上げるマスクメロン大の胸が揺れて、生徒たちの視線がそこに一点集中すると、「おぉ……」という感嘆の声や、「はぁ……」という溜息がそこかしこから聞こえてくる。
次いで、彼女の視線の先の俺に彼等の視線が移ると、男子の舌打ちやら女子の好奇な目を受けて恥ずかしくなる。
俺は顔を伏せ、そそくさと彼女の待つ丸テーブルへ歩いて行き、満面の笑顔で迎える彼女の白いデコを指で素早く弾くと、さっと椅子に座り苺ミルクをチュウチュウと吸った。
「痛い痛いぃぃっ穴開いたっ……もうっ遅いよタっくん! わたし、もう少しで餓死するところだったんだからねっ」
おでこを押さえながら大袈裟に文句を言っているのは、俺の幼馴染である
ピンク掛かったサラサラの長髪と大きな瞳が特徴的で、黙っていれば胸の大きな美少女といえるかもしれないが、内面は……。
「しっ、静かに……それからそのタっくんはやめてくれっていってんだろっ、恥ずかしい」
俺の名は
「やーだっ、タっくんはタっくんなんだからっ」
「はぁ……」
頬をフグのように膨らませる舞音に呆れ、俺はたまごサンドにかぶりつく。
「タっくんもマイマイって呼んでっ」
「言うかっ」
むせて、たまごサンドが少し口から飛んでしまった。
中学の最初の頃まではそう呼んでた時期もあったが、恥ずかしくなって今は櫻野かおまえ呼びが殆どだ。
「タっくん、またパンなんか食べて、わたし今日もお弁当たくさん作り過ぎちゃったから一緒に食べよ?」
舞音は恥ずかしそうに一人分には大き過ぎる弁当箱を開けると、俺の好きな玉子焼きがぎっしり詰まっていて、他にも旨そうなおかずが色々入っていた。
しかし俺は、「いらんっ」と言って、見て見ぬふりをする。
ただでさえ周囲にチラ見されている気配があるのに、お弁当を分けてもらっているとなれば、付き合っているという噂が広がりかねない。
俺と舞音はただの幼馴染だし、舞音にも迷惑が掛かるだろう。
「玉子焼き……今日も余っちゃうな」
俺が意地を張って、味気ないサンドイッチを口にしていると、そんな消え入りそうな声が耳をかすめる。
ふと見ると、舞音は俯いて涙をぽろぽろ落としながら、玉子焼きを持つ箸が震えていた。
俺はバカだ。
「ちょっと食い足りないな……」
俺は天井を
すると――
「スキありっ」
そんな元気な声が上がると同時、あっという間に、口の中が玉子焼きでいっぱいになる。
俺は玉子焼きで溺れそうになるも、なぜか懐かしい思い出が
子供の頃、舞音がよく家に遊びに来ては、お腹を空かせた俺の為に一生懸命へたくそな甘過ぎる玉子焼きを作ってくれた時のことを。
俺は舞音の作るその甘過ぎる玉子焼きがなぜか大好きで素直に毎回、「うまいっ」と言う度に彼女がぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶのが嬉しかったものだ。
そんなことを懐かしく思い出しながら、口の中のほど良い甘さの玉子焼きを何とか完食し、目を開けると舞音の昔より大人びた顔が俺を見つめていた。
「えへへ、やっとわたしの手作りお弁当食べてくれた。おいしかった……かな?」
そう目元を拭いながら、真夏のひまわりのような笑みを浮かべる彼女の嬉しそうな顔を見たら、こう言うしかない。
「まあまあだな」
「やったぁぁぁっ、次はもっと美味しく作っちゃうぞっ」
俺は、舞音が拳を握り締めて、やたら張り切っている姿を見つめていると、心が和むのを感じ、改めて思う。
俺は心の中で彼女に感謝した。
ありがとな。マイマイ。
この時の俺は、周囲の女子たちに妖しく見つめられていたことなど知る
了
※最後まで読んでいただき有難うございました。機会があればこの続きはまたいつの日にか。
こわもての俺は今日も学校で怖がられる 八万 @itou999
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