第四話 禁断のポンポン


「心配ありがとな……こも……」


 と、優しく小森の頭をポンポンしながら感謝していると、静かだった教室が突然、打ち寄せる波の如く騒がしくなる。


 その時俺の身体は、迫りくる危険を察知し、反射的に教室の後ろまで素早く跳びのいた。

 俺の祖父が古武道の達人で、子供の頃からの鍛錬が、日頃の生活でたまに出てしまうのだ。



「こ、これは……いったい……」


 俺は今なぜか教室の後方で、目を血走らせた女子たちに、半円形に囲まれていた。


 皆、鼻息が荒く怖い。いったい俺が何をしたというのか。


 気づくと、俺の腕の中には小柄な小森がすっぽりと収まっている。


 つい条件反射で、迫る危険から小森をかばってしまった結果だ。


 しかし、なんで小森は俺にがっちりと抱きついているんだ?


 とても暑苦しいのだが……。



「あ、あのっ……き、霧島君……その、あの、ポ、ポンポコ……っ」


 俺が女子の怖い視線のなか、小森を引き剥がそうと苦戦しているところ、女子の一人がおずおずと半歩前に出てきた。


「あっ、甘味処かんみどころ? 皆どうしたんだ? 怖いんだが……」


 いま恥ずかしそうに俯いている彼女は、学級委員長の甘味処という変わった苗字の子だ。


 なんでも彼女は、実家が甘味処を経営していて、江戸時代から続くその老舗のお嬢様らしい。


 見た目は、そのままお嬢様。サラサラの長髪にサイドから細い三つ編みが流れているのがおしゃれで、清楚な印象が滲み出ている。


 その彼女が意を決したように赤い顔を上げて言う。


「あっ、ごめんなさいっ、皆悪気は無いの……ただ、その、ぽ、ぽ、ポンポン……をね、そのポンポンして欲しいな……なんて」


 いったい甘味処は何を言っているんだろうか。


「ポンポンて……これか?」


 俺は、いったん小森を引き剥がすのを諦め、再び小森の頭をポンポンしてみる。


 すると、「はうっ」という声と共に、俺の腰に回す小森の腕力がさらにきつくなった。


 うおっ、暑苦しっ。ただでさえ初夏の暑さで参っているのに……。


 俺のシャツは汗でにじみ始めていた。


 そんな途方に暮れていた時、ふと熱い息遣いを感じ顔を上げると、


「あぁ……」


「いぃ……」


「ふぅふぅ」


「こもりん……うらやましい……」


「ポンポン……ポンポン」


「汗で透けて……はぅ」


 女子たちは一様に顔を上気させ、先程よりも理性を失っているようにも見え、俺は身の危険を感じ恐怖を覚えた。


「お、俺、行くところがあるから、ま、また今度なっ」


 俺は集団女子の恐怖に耐えられずに、小森の脇に霧島流古武術の技『三指』を使用し、脱力した彼女を甘味処に無理矢理押しつけ、突然の俺の行動に唖然とする女子たちの間をすり抜けると、命からがら廊下へと逃走した。


「おかしい、おかしいぞ今日は……どうなってんだ!? 今まで怖がられていたはずの俺が……どうしてこうなった……ポンポンしただけなのに……」


 俺は独り言を呟き、額の汗を拭いながら、古武術の『俊歩』と『霧雨』を半ば無意識に使用し、廊下を歩く生徒の間をスルスルと抜けて行った。

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