運命を左右するのは時に偶然であることもある。いかに人事を尽くそうとも、予期せぬことで思いがけない結果を生むこともある。マコトが異世界転生という結果になったのが、その良い例だろう。

 「王様、お客人を二名をお連れしました」

 「入れ」

 神官カシアはドアをノックし、威厳のある声で王は招き入れた。三人が中に入ると、執務中である王は机で書き物をしている。マコトがギルドマスターに初めて会った時と同じ感じのシチュエーションであった。

 「客とは誰だ?余は今は大事な公務の真っ最中であるぞ」

 「そうおっしゃらずに。第一ギルドマスターが、重要な要件をお伝えしたいようでしたので」

 「…何だと?」

 王は万年筆の手を止め、顔をあげた。白髪混じりの猛々しい髭は、王にふさわしい見た目をしている。そしてその顔つきは、怖さを通り越した威圧感さえあるように見える。どんな状況にも落ち着きのある行動をとれる。

 「ダイちゃん!!!」

 「ワンちゃん!!!」

 何ていうことがあるはずもなく、幼なじみのJKがプリクラを撮る時のテンションで、還暦近い二人は激しく抱き合っていた。

 「なに~なんだなんだ!来るならもっと早く言えよ〜!」

 「お前さんが王としての仕事で忙しいと思ったんじゃよ〜!ワシはほら、ギルドマスターだから。どうせ暇だし」

 暇なわけはないが、との会話にテンションが上がっているのである。

 (え、何?え、あ…うん?どゆこと?タメ口?王とギルドマスターが、何で?)

 マコトとは対照的に、カシアはいつもの様子だと言わんばかりに、にっこり微笑んでいる。二人の会話を見ていて焦る様子もなく、いつも通りの高貴な出で立ちだ。

 「あの、カシアさん」

 「どうされました、マコトさん」

 「いやまあ、何故にあんな十代の女子みたいに、おじさん達はしゃいでるんですか?」

 スポーツを通じた礼節を学んでいるはずの青年でさえ、思わずその経験が出なくなってしまうほどのはしゃぎぶり。王族と一般市民がこんなにも距離が近く話せるものなのかいうのが、どうしても謎として残っていた。

 「それアレですよ、アレ。二人は兄弟ですから」

 「あーはいはい、なるほど!そういうことか。兄弟……兄弟!?」

 アーシャ王国の国王・ワジアン。ダイトンとは異母兄弟にあたる。兄として先に生まれたワジアンが幼い頃に母が他界。その後、先代の王が再婚しその連れ子がダイトンなのだ。といっても年の差はなく、生まれた時期も数日しか変わらない。戸籍上は兄と弟という名目があるが、関係上その差はなく、ご覧のような仲良しぷりだ。

 「ただ、ダイトンさんは現在王族ではありません。冒険者業に専念する為、王家の地位を捨てて自由の旅に身を置いた。という形ですね。ですので私は、神官として彼に仕えた経験はありません」

 冒険者は十二歳になれば、誰でもギルドに行き登録をすることができる。ダイトンはその年になった瞬間冒険者となり、王家の大きな地位を捨てた。関係者からは反対の声も多く上がったが、その心配はすぐになくなることとなる。若くして活躍を見せ続け、難易度の高いミッションを何度もクリアしてきた実績がある。四十歳で現在のギルドマスターとしての役職に就き、御歳五十八歳。まだまだ若さと力がある。つまり、王も五十八歳ということだ。

 「あのじいさんが、王族…」

 「"元"王族、ですけどね。まあ知っているのは国の中でもごくわずかな人間しかいないので、驚くのも無理はありません」

 (何十年も前に王族ではなくなってるから、だから警備の人にも気づかれなかったんだな)

 この時マコトは、この世界に生きていく上でもう何が起きても驚くことなく、冷静でいようと強く決心したのだった。

 「それよりワンちゃん、実は大事な要件があってだな。是非とも、会わせなければならんやつがおるんじゃよ」

 ダイトンは奇妙な服装をした青年を指さした。

 「ど、どうもっす。カネダ・マコトと言います。十七歳で、異世界から転生してこの世界に来ました」 

 そういった瞬間に少し後悔もしたが、そんなことを気にしないようにしながら平然を装った。

 「異世界?余はそんなこと聞いたこともないぞ」

 「ワシもじゃ。いろんな意味でこやつは、いくつかネジが外れておるみたいでの」

 仮にも宮殿の一室で問題を起こせば、自分の身分が危うくなりかねないことは、彼にもなんとなくわかっていた。そして、そっと静かに怒りの感情を少し抑えた。

 「ステータスのこと、ですよね?マコトさん」

 「…はい、そうです」

 感情を察したからなのか、カシアがすかさずフォローに入る。その言葉で少し気持ちが落ち着き冷静になれたこともあり、今回の重要な話でもあるステータスについてのことも思い出す。

 「これが、俺のステータスです」

 全てが100万を超える、ぶっ壊れ基本ステータス。Aランク以上のジョブ適性の多さetc…もはや服装のことなどどうでもいいぐらいの能力値の数々。それを見た国王ワジアンは、顎の関節が外れるほどに口を開け、眼球が飛び出すのではないかというぐらいに目を見開き、喉に何か詰まってるのではないかというぐらいの解読不能の言葉を何度も発していた。

 「ステ、す、すー、す tすす、え?何じゃこれは!?」

 ようやく言葉にできても、驚くその気持ちを隠すことはできなかった。

 「ワンちゃんが驚くのも当然だ。なんせワシなんか、改ざんを疑ったぐらいじゃからな」

 改めてのことだが、マコトは能力を改ざんしているわけではない。ただ、偶発的に転生という出来事が起きて日本とは違う世界に降臨し、たまたま能力の検査をしてみたら、たまたま能力が高かっただけのことである。

 「カシア、お前が今まで生きてきて、このようなステータスを見たことがあるか?」

 「どれどれ…」

 カシアもその目で確認することとなった。

 「…」

 静かに全ての値に目を通し、静かにマコトの後ろへと後ずさりしていった。

 「そうですね、今まで生きていた中で、こういった能力は見たことありません。ですが…、異世界のからの転生ということですから、にわかには信じがたいですが…この世界に住む者と比べて、……格段に…能力が高いということなのでしょう」

 冷静な分析であったが、足は小刻みに震えており、「あの神官カシアの足が震えた」という伝説的な日となった。

 「で、ですが、問題はこのマコトさんのステータスは、あまりにも高すぎるということです。私のような神官ですら、この能力は持ち合わせていません。ましてやどの国の人間にも、このような力のある人物は存在しないと思われます」

 各国に多少の差はあっても、ここまでのステータスの高さは、はっきりと言ってバグそのものであった。誰かが意図的に操作しない限り、そのような能力にはならない。普通ならばそういう結論が多くなるかもしれない。だが、それは全て現実であり、その力はダイトンがすでに承知の事実であった。

 「冒険者としてのランクはSSランク。いや、もはや新たな称号をつけなければならないと言った具合の能力だ。だが、ワシにはそんな権限はない。今までにはない事象じゃからの。だからこそワシは、ワジアン国王の元にこやつを連れてきたんじゃ」

 一つの国や民をを潰しかねない圧倒的力。「俺はそんな力を手に入れてしまったのか」と、マコトがようやく理解できた瞬間だった。

 「どうする?ワンちゃん」

 「うーむ…うーん……そうだ、これならどうじゃ?」

 国王は良い案を思いついたようだ。

 「この国直属の兵となり、ギルドのミッションをこなしながら緊急時には国を守るために尽力する。どうじゃ?」

 「なるほど…つまり、マコトさんはこの国の兵士となりながらも、冒険者と同じギルドのミッションや生活もできて、命令とあらば、様々な王宮からのミッションにも従事していく。さしずめ、特殊工作員やスパイ。ということですね?」

 「さすが余の神官、察しが良いな」

 普段は一般の市民と変わらない生活をしながらも、緊急時には国家の防衛に尽力し、活躍に応じては臨時収入も入る。一種のスパイのような形だ。

 「じゃが、さすがにこのステータスをワシら以外の誰かが見たら…」

 「かなりの問題になりますね。マコトさんだけでなく、他の方にも危害が加わりそうです」

 ギルドマスター・神官・国王という、国の中でも身分の高い三人が、一人の青年のために必死に悩むという少し微笑ましくもおかしな展開が広がっていた。

 「えーっとじゃあ、俺のステータスを改ざんすればいいんじゃないですか?」

 「「「それだ!!!」」」

 解決案はすぐ出ることとなった。

 「わたくし、固有スキルで能力改ざんすることができます!」

 「おーー凄いな神官は!ワシにはそんな芸当ができん!!」

 「さすがさすがさすが!!余の自慢の神官じゃわい!はっはっはっはっはっ!!」

 カシアの固有スキル【隠蔽】により、彼のステータスを二桁まで改ざんに成功した。変わったのはステータスの表示画面だけで、実際に能力が落ちたわけではなく、相手を欺くためだけに使えるという優れたスキルである。

 「元のステータスを見たければ、いつでも自由に自分や誰かに見せることは可能です。ですが…その時は気をつけてください。この能力は、ここだけの秘密としましょう」

 「そうですね。正直なところ、俺がこの国にどこまで役で出るかは分かりませんし、不安はあります。けど…色々、頑張ってみます」

 最後に「ありがとう」と言い残し、マコトは慣れ親しんだ野球部時代の深いお辞儀をした。

 紆余曲折ありながらも、マコトの進退は確定したことになる。まだ完全な成人を迎えていない、未熟な青年でもある。これからの彼の未来は孤軍奮闘の毎日を送らなければならない。手助けが多くあるとはいえ、基本的には一人の力で日々の生活を送らなければならないということだ。親がいた日本に住んでいた時の生活とは、また違ったリズムが生まれてくる。

 これは彼の物語の序章に過ぎない。これからの彼の人生においてどんなことが起こるかはまだ分からないが、彼は強く決意していた。どんなことが起きても冷静に対処し、二度目の人生は、世のため人のためになるような尊敬される人間になると。そして自分自身が、幸せな人生を送るための努力と希望を持っていこうと。マコトの異世界での冒険は、まだまだこれから。始まったばかりである。

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転生球児の冒険録 浜こーすけ @ksukek

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