マコトは言われるがままに王宮への道を行く。道中「なぜ俺は王宮に行かないといけないんですか?」という風に何度も尋ねたが、ギルドマスターの返事はいつも同じだった。

 「あの、そろそろ教えてくれませんか?このままだと俺、なんかもどかしくて気持ち悪いんですけど」

 「黙ってついて来るんじゃ。来ればすぐにわかる」

 自分の能力の異常さには気づき始めていた。転生して間もない森の中で行った自分の行動、そしてダイトンを目の前にし、冒険者の実技検査を受けていた時のこと。軽く狙ったつもりがその威力は絶大なものがあり、目の前にあるものを壊してしまうほどだった。幸い、短時間で力のがコントロールができるようになったのは良かったことではあるが、少し恐ろしくもあった。ただ、その全てをまだ彼は知っているわけではない。

 全ては仮定の話ではある。だが、もし自分の理性が効かなくなった時、暴発して周りを巻き込んでしまうのではないか。その力に耐えられなくなって、体が持たなくなり四肢が爆散して死んでしまうのではないか、と。

 (今のところ体にこれといった異常はないけど、でも俺ってレベル1だよな?)

 あまりゲームをプレイしたことがないマコトにも、そのことは容易に想像はできた。

 自慢できるのはスポーツ。それとスポーツ。そしてスポーツ。そして、少し武道の経験がある。つまりは彼は身体能力が高いということだ。身体能力が高いからこそのステータスなのか、それともそれ以外の理由があるのかないのか、今はまだはっきりとは分からない。

 (俺、死なないよな?)

 マコトは将来が不安だった。

 「ダイトンさん、王様に合わせる理由って俺のステータスのことですよね?俺ってそんなにおかしいんですか?確かにまだ力のコントロールはできないですけど、俺何かしましたか?」

 「…」

 目の前には宮殿が見える。もうすぐ王の住む城へと到着する。ゴールを目前にし、ダイトンは足を止めた。どうやら神妙な顔をしている。それは何かに悩むような、思う感情を簡単には言い表すことのできない、そんな迷いも感じ取れた。

 「おかしいんじゃよ…」

 「え、おかしい?おかしいって、誰が?」

 「お前じゃよお前!!お前しかおらんじゃろうが!」

 そして、その迷いはすぐに感じ取れなくなってしまっていた。

 「全てが、す・べ・てがおかしいんじゃよ!基本ステータスが高すぎる!回復以外の魔力適性もろくにないのに無駄に魔力も高すぎるし、ジョブ適正もハイレベルすぎて驚きを通り越して、もうよく分からん。分らんのじゃよ!!あーなんかもう疲れたよワシは、もう…王様に会うのが憂鬱じゃわい」

 老人がそう叫んでいると、門番をしている王城の兵隊たちが近づいてきた。

 「そこの者、何をしている!?ここは王城であるぞ!」

 「用がないなら、さっさと立ち去るのだ」

 用がないわけではない。ただその道中であり、今は少し老人がグズっており青年は色々カオスな状況に戸惑っているだけである。

 「あ、いや、用はあるんです。俺たち、王様に謁見したくて」

 「王様に、会いたいだと?」

 兵隊たちは槍をマコトに向け、警戒した様子で話を続けていた。この時代のことは詳しくわかるわけもなく、王様に会うためには予約が必要なのか。電子機器の存在する世界な感じもなく、気軽に会うことができないのは分かっていた。それでも昔ながらの兵の圧力は、中世ヨーロッパを連想させる迫力もあった。

 「ななな、何と言いますか、警戒するのもわからなくはないんですけど、その色々と諸事情がありまして、はい!ね?そうですよね?ダイト…ん?」

 「これからワシはどうなっていくんじゃ…もうやばいよワシ、わけがわからなくなってきてもうたわ」

 「ダイトンさん!!??」

 たじろぐ怪しげな服装をしたスポーツ青年と、なぜか疲れた棒人間のようになっている老人。その光景は、少々の面白さもあった。

 「騒がしいですよ、何かありましたか?」

 爽やかな声と、優しそうな見た目。洗練された天使のようなその見た目は、年齢不詳で人の目を引きつける何かがあった。

 「カシア様、この者達の様子が変なのです。城の門の前で激しく騒いでおりまして」

 「兵としての仕事を全うするのは大事なことですが、相手のことをよく見て接することを心がけなければ、相手に与える印象が悪くなってしまいますよ」

 王の側近として仕えている、神官カシア。実質この国のナンバー2であり、国の情勢や王の公務に同行したり様々な管理をする、王室の心臓部である。

 「おや?ダイトンさんではありませんか。ギルドマスターであるあなたが、どうしてこの場所に?」

 ひれ伏しているわけではないが、多少の疲れで地面に正座してしまっているダイトン。その同じ目線に姿勢を変えて会話を続ける気遣いは、彼の性格の良さでもあった。

 「カシア様、実は王様に謁見したく今日この場所を訪れた次第であります。このワシの隣にいる若い冒険者・マコトのことに関して、どうしてもお伝えしなければならないと思いまして」

 「隣の…ほお?これはなかなかの、素晴らしい方をお連れしてきたようですね」

 神官は意味深な表情で、マコトを見つめた。

 「マコトさん、でしたね?申し遅れました、この王国の神官をしております、カシア・ブライスです」

 「あ、どうもっす。カネダ・マコトです」

 「王様への謁見、ですね?今でしたらわたくしがご案内しますので、どうぞこちらへいらしてください」

 門が開き、二人は城の中へと案内された。王族の住む城とだけあって、内装は全てが豪華絢爛であった。ホテルのような感じといえば、少し安いっぽい表現にもなるが、その豪華さは5つ星ホテルにも引きを取らないものだった。

 (うわーすげー、これがシャンデリアってやつか?ダイヤみたいに綺麗だな。ていうかシャンデリアって、部屋じゃなくて廊下にもあるものなのか?)

 「こらマコト、神官様の前で失礼じゃぞ。あまりキョロキョロするでない」

 今まで彼が体験した豪華なものといえば、修学旅行で泊まったホテルぐらいだ。休日は、そのほとんどが野球の練習のオフとして扱われ、旅行に行ったり特別な時間を過ごしていたりしたわけではないからだ。

 「大丈夫ですよ、初めてこの中をご覧になられた方は、皆さん大体そういうリアクションをされるものですから」

 「そう言ってくださるのはありがたいのじゃが、神官様が持つ固有スキル【千里眼】で分かっておられるかとは思うのですが、彼の能力は異次元です」

 任意の対象となる範囲における存在を把握、および選択した数分の未来を予知することのできる能力。それが千里眼である。

 「無論、あなた方がこちらに来られるのはわかっておりました。そして彼の膨大な力は、私の固有スキルを持ってなくても、すさまじいものである、と。詳しく見るまでもありません」

 「そうですか。ワシはあまり何も感じなかったが…」

 「私は千里眼を使うことに慣れているので、なんとなく雰囲気でわかることが増えてきたってだけですよ。伊達に何十年も神官の仕事をしていないわけではないですからね」

 マコト自身がどれほど自分の能力について調べ理解していると言われたら、まだ足りないところはあるだろう。ただでさえこの世界にまだ適応しきれていない部分も多い。だからして、バグが発生したような能力の高さ、その事の重大さを認識していないのは、ある意味彼にとっては少しストレス軽減される一種の救いかもしれない。

 「それで、カシア様は彼の能力をどう思われますか?」

 「異常、ですね。ステータスを測ったばかりのレベル1だと言うのに、彼のステータスを確認してみましたが、不正行為でも働いているのかと思いましたよ」

 「ワシもです。最初はそれを疑いましたよ」

 通常の冒険者であれば、基本ステータスの数値はおよそ50から100程度。優秀であれば初期の段階で500以上あり、ミッションをクリアしてレベルが上がっていけば、ステータスが10,000をも超える。そのレベルとなれば、強力な魔物を倒すこともでき、兵士数十人分に相当する力を持つことになる。

 「ジョブ適性のランクに一つでもBの値があれば、冒険者としては優秀だとされています。ですが彼の場合、その値が四つもある。もはやレベルが上がれば何にだってなれます。恐ろしささえ感じてしまいましたよ」

 唯一ウィザードの適性が低いのみだが、それでもDランク。レベルが上がっていない冒険者にしては、それでも高い値だった。

 「ワシもです。長年ギルドマスターをしておるが、一国や二国分に相当する力を持った冒険者を、今まで聞いたことがない」

 少し力を加えただけで筋肉質な男震え上がらせてしまうくらいの腕力と、魔法適性がFと消してそのランクは高くないにもかかわらず、簡単な魔法で何かを破壊してしまうほどの威力。

 「彼の能力は、国や人々の考えを壊し、知られれば大きな摩擦を生みかねない。わたくしが言えた義理ではありませんが、彼に伴う新たな火種を生む前に対処をしないと」

 「そうですな。どこまでできるか分かりませんが、ワシもこの国の第一ギルドマスターとして、お力添えができればと思います」

 人が持つ全ての能力は、有効に活用すれば役に立つものばかり。だが使い方を誤ってしまえば、自分や他人にダメージを与えかねない凶器となってしまう。

 圧倒的能力や知能を併せ、持つものは一見して人生が楽にも思えるが、それは同時に他の何かを壊しかねないという副作用も持ち合わせており、容量と用法を守らなければならないという一つのプレッシャーがあるのも事実である。

 「でも不思議かもしれんが、彼は恐らく大丈夫な気もする。変な話じゃが、彼は悪いやつではないように見えるからの」

 「その通りですね。今はまだまだ発展途上なだけで、これからどんどん成長していくかもしれません」

 野球では、道半ばでその夢は途絶えた。成長する余地がまだまだあったが、デッドボールという不慮の事故により、彼はそのキャリアを終えることになる。そして今、舞台は変わったが、マコトは新たな人生のスタートラインに立っている。

 「二人とも、さっきから何話してるんすか?俺気になるんですけど」

 「内緒ですよ。神官とギルドマスターの機密事項なので、教えることはできません」

 「残念じゃったな。今はそれよりも、王様に会うことが先じゃよ」

 そこから彼が苦難に陥るのか、それとも幸運な人生を送り続けるのか。まだ未来が確定しているわけではない。それは、これからの運命次第となる。

 「さ、着きましたよ。ここが王様のおられる執務室です。ご機嫌を損ねることはないように、気をつけてくださいね」

 (いよいよか。こんなに堅苦しい気持ちになるのは野球部以来だな。すげぇ緊張する…)

 彼には、スポーツで培った豊富な経験とスキルがある。スキルに関して言えば、その能力が異世界でも反映されている影響で、能力の高さは見た者誰もが太鼓判を押すほどだ。それらをコントロールし、運命を好転させるも悪化させるもこれからの行い次第となってくることは、紛れもない事実である。

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