ベウはマコトを連れて、二階にあるギルドマスターの部屋へと案内をした。彼のステータスは、誰にも知られるわけにはいかない。そういう使命感からか、額には少し汗をかき、体は少し震えていた。

 「大丈夫か?また体調崩したか?」

 「大丈夫、でふ」

 (でふ?)

 資料の保管庫や倉庫の部屋などを通り抜けて、二人はギルドマスターの部屋の前にたどり着く。中に入ると、老眼鏡をかけた六十代ぐらいであろう男の老人が、デスクで何かを書いている。身長は意外と高そうで、180センチ以上あるマコトと同じぐらいか少し低いぐらいだろうか。

 「ギルドマスター、お客様をお連れしました」

 老人は黙々と作業に没頭している。何かを紙に書いてはハンコを押し、また何か書いてはハンコを押す。その同じ作業をひたすら繰り返し、深くため息をついた。こちらに気づいてくれるかと思われたが、そういったことはなく、今度はまた同じ作業を繰り返そうとしていた。

 「ギルドマスター!…マスター?…おいくそじじい早く反応しやがれ!!!」

 (…!?!?!?)

 言葉にならない衝撃だった。今まで日本で生活してきても、彼はあそこまでの驚きは経験したことがない。普段はか弱く温厚そうな見た目をしている彼女が、まるで姉の魂でも乗り移ったかのように怒り狂った文言で年上に物申しているのだから。先ほどまでの震えが嘘のようなギャップ。という意味では、マコトもベウも似たところがあるのかもしれない。

 「何だ、地震か!?大変だ!大変だ!これは大変だ!!」

 ひとしきり老人は叫んだ後、老眼鏡を外し恥ずかしそうにもじもじしていた。

 「あは♡」

 「「あは♡」じゃありませんよ。ギルドマスターとして必要な書類に目を通すのも大事ですが、大切なお客様をお連れしご用があるのですから、ちゃんとご対応していただかないと困ります」

 アーシャ王国第一ギルドマスター、名はダイトン。白髪でありながらも老いは感じさせない

ハツラツさと豪快さがある。発言や対応がたまにボケるような感じのこともあるが、それが果たして年齢によるものなのかわざとそうしているのかは、ギルドの職員内でもわかる者はいない。

 「いやー、これは失敬失敬。お、お客人かな?」

 「そうです、王様に謁見していただく前に、ギルドマスターに紹介すべきかと思いまして」

 「ほお、王様に?ふむふむ…わざわざありがとうのぉ、ベウさんや。ささ、立ち話もなんだから座ってくれ」

 三人は、ダイトンのデスクの前にある来客用の椅子に座る。目の前にはイスと同じ程度の高さのデスクがあり、マコトはそこにベウからもらった紙を置いた。

 「いやはや、お騒がせしてしまって申し訳なかった。第一ギルドマスターのダイトンじゃ。第一だからと言って、特別すごいわけではないから安心してくれ!ふはははははは!!」

 そう元気そうに叫んだ後、口から入れ歯がこぼれ落ちた。慌てて地面に落ちた入れ歯を、3秒ルールで口に戻した。

 「なんか凄そうな感じがなくもないけど、このじいさん本当にギルドマスターなの?第一って言ってたけど」

 「はい、正真正銘ギルドマスターです。第一と言っても単なる番号にすぎません。この王国には、第一から第五までギルドがあるので。ギルドによって多少の個性はそれぞれありますが、基本システムに違いはありませんよ」

 彼女の言葉にマコトが納得した後、ベウはダイトンに事の詳細を話す。無論、マコトのステータスについてだ。彼自身王様に謁見しないといけないほどの能力なのかという疑問があったが、ベウの熱弁している様子を見ていると、能力が高いんだという優越感から少し嬉しさもあった。

 「バカを言うんじゃない!そんな能力あるはずがないじゃろ。しかも、レベルはまだ1?駆け出しの冒険者が、いきなり一国や二国分の力に相当する能力なんて得れるわけがない」

 「いやいや、だ・か・ら、本当なんですって!だからこそわざわざこうしてあなたに会うわせに来たんですから」

 水掛け論のように二人は同じ話を繰り返していた。「そんなことあるはずがない」と、事の真実を信じようとしないダイトン。それに対し真っ向から反論し、「本当のことだ」と必死に今起きている現状を伝えようとするベウ。

 「大体いつもダイトンさんはおとぼけがすぎるんですよ!」

 「なーーーにがおとぼけか、わしゃまだ四十八歳じゃぞ!?!?」

 「五十八歳です、サバ読まないでください」

 今回の話題からどんどんそれていき、しまいには「どちらの方が小指の爪が綺麗か」何ていう話題で喧嘩をし始めており、それがなかなか落ち着く様子もなかった。普段はおしとやかであるはずのベウも、日頃の鬱憤がたまっているのか、ここぞとばかりに怒りを爆発させたりさせなかったりしている。

 「(まるで親子だな…)その、ひとまず俺のステータス見ます?」

 「「見る!!」」

 マコトはステータスをオープンさせた。基本ステータス・ジョブ適正・魔法適正・固有スキル、詳細に全てが載った情報をギルドマスターに見せることになる。老人は再び老眼鏡をかけて、これでもかというくらいの至近距離で、彼のステータスを確認した。そして全ての確認を終えて、呆れた様子でこう言い放つ。

 「改ざんしておるな?」

 「してないです。マコトさんはこの町に来たばかりで、身ぐるみも全部ない方ですから、そんな余地はありません」

 「嘘はこりごりじゃ。何十年もギルドマスターしているが、レベル1の駆け出しの冒険者の基本ステータスがいきなり1,000以上になるのを、ワシは見たことがない。どんなに良くても500じゃ。嘘じゃよ、嘘。絶対に」

 その言葉を皮切りに、再び喧嘩が始まった。見ていると、それはまるで子供の喧嘩のようだった。お互いの主張をぶつけ合い、お互いが譲るといったことは全くなく、己の考えを曲げる素振りは見せていない。マコトは若干怯えつつ身を小さくしながら、静かにそれを聞いている他なかった。

 「なぜ信じないんですか!?実際にステータスを見たじゃないですか」

 「改ざんに決まっておるじゃろ!この能力をはっきり言って異次元だ!世に知られることがあれば、民衆の混乱を招きかねない。もはや人間ではないんじゃぞ!」

 幼い頃からたくさんスポーツをしてきただけの人間だというのに、青年は若干の悲しさを覚えていた。

 「だからこそ、今こうして知らせるべきだと思い、ギルドマスターに紹介しているんです!彼にはこの国を救い、平和を守るための力があるかもしれません。この国には、いや、どの国であったとしても、彼は必要な存在だと、私は思います…!」

 涙を流すほどの熱弁だった。その言葉一つ一つに重みがあるようにも感じ、ダイトンは思わず息を飲んだ。国一つの人口全てのステータスをかき集めても、彼のような能力になるとは到底思えない。そういった長年生きてきた経験から、絶対に起きるはずでないだろうと思われていた事象に、現実をしっかりと受け止めきれていなかったのかもしれない。

 「…そこまで言われると、信じざるを得ない、か。だが…マコト君、だったかな?」

 「はい、そうです。俺の名前です」

 「本当にこのステータスは、改ざんしていないんじゃな?」

 当然転生したばかりということもあり、彼は分からないことだらけである。ましてやゲームでたくさん遊んだ経験があるわけでもないからして、だからこそ、自分のステータスが良いものなのか悪いものなのかという判別はついていなかった。ただの鈍感だ、ということもなくはないが。

 「もちろんです。転生したばかりなので」

 「転生?どういうことじゃ?」 

 慌ててまことは言い訳をしようとする。

 「あーえーーーっと、その、ですね…(しまった、つい話してしまった!)」

 同じような経験をしたことがあれば、うまい言葉で状況をかわすことができたかもしれないが、十七年しか生きていない生涯の中で、誰もが納得できるような言葉で話すことはできなかった。そういった背景もあり、マコトは真実を話すことを決意した。

 「俺は、この世とは別の世界から転生してきた、異世界の人間です」

 全てを話すことにした。日本という国に生まれ、十七年間過ごしてきたこと。スポーツをたくさん経験してきており、この世界には馴染みのない野球をし、プロから注目されるような存在だったこと。そして彼が転生した原因となったであろう、デッドボールの出来事も。

 青天の霹靂とはまさにそのことで、信じられないようなことかもしれないが、それらは全て現実であり、嘘偽りのないことだ。転生ということが科学的に証明されるか否かは疑問の余地があるが、冷静に考えてみても、その出来事が原因としか考えられなかった。

 「つまりお主は、この世界の住人ではないということか?」

 「はい、そうなります。少なくとも俺はこの街のことも、この世界の常識のことも詳しくは知りません」

 老人は腕を組み、険しい表情を続けた。当然のことだと分かってはいたが、話した相手のリアクションを見てみると本当に正しいことをしたのかと、マコトには少し後悔があった。

 「ふーむ、なるほどなるほど。うむ、理解した」

 全てを理解したかのように、ダイトンはその場から立ち上がった。自身が業務を行っている机に向かい、引き出しから鍵を手に取った。

 「本当に、俺の言ったことを、本当に信じてくれるんですか?」

 「ウチの(怖い)看板娘の必死の言葉がなかったら、ステータスを見ただけじゃ正直信じてはおらんかったよ。それに、マコト君も正直に話してくれたであろうことがちゃんと伝わったからな」

 必死の説得が実り、その嬉しさから、ベウは少しだけ涙を流していた。

 「すまなかったのベウ。疑いすぎたこと、お詫びしたい」

 「いえいえ、大丈夫です。こちらこそ色々と申し訳ございませんでした。それに、マコトさんのことも知ることができてよかったです」

 互いに納得をするというのはなかなか難しいことがある。違う文化や違う考え方が交わる人間社会において、そういったことを理解し思いやるということは、当たり前のようで難しいことでもある。人間の感情というものは簡単ではないものがあり、だからこそ楽しくもあるが、同時に相応の不利益をもたらすことだってあるだろう。

 皆が違うからこそ、皆が良い。生まれた土地や生きている時間に関係なく、誰かや何かについて理解し見聞を深めることは、日々を過ごしていく上で最も大事なことの一つなのかもしれない。

 「さあ、実技の検査と行くかのぉ!これによって冒険者のランクが決まることになる。そのステータスが本物か、ワシにしかとその実力を見せてくれ。分かったか、青年よ!!」

 「…はい、もちろんです!」

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