森から出て数百メートル進んだ先に、アーシャ王国の関所があった。その街を囲うような少し高めの壁の下に、ETCのような感じで通り抜けることのできるスペースがある。近くには兵士数人と関所を通ろうとする人々がいた。

 「そういやさ、通行手形?的なやつはいらないのか?わかってると思うけど、俺そういうの何一つ持ってないんだけど」

 十七歳の少年であるからして、当然のことながら通行手形はおろか、彼は免許すら持っていない。学生証は持っていたが、それは転生する前の野球バッグの中に置いてきている。

 「私がいるので大丈夫です。街の公的機関に勤める職員等が同行していれば、身分証を持ち合わせていない人がそれの提示がなくても、街に出入りすることができますよ。ギルド職員もその一つなので」

 「感謝しなよ?アタシらがいるから、アンタはこうしてこの町に入ることができるんだからね」

 まだ街には入っていないものの、マコトは少し圧倒されていた。使っている言語が日本語として聞き取れているのも不思議な感覚があり、 見渡す景色が現代的ではない空想上のファンタジー要素がありそうななさそうな感じで、死んだというのにワクワクもしていた。

 「ベウ・グリードマンです。こちらが身分証です」

 (グリードマン…カッケェ名前だ。日本人にはない名前だから、なんか憧れるよな)

 速やかな手続きの後、三人は無事街の内部に入ることができた。たくさんの人々が行き来しており、商売を営んでいる者や、昼間からお酒を飲んで酔って千鳥足になっている者、剣を携えた冒険者らしき面々も数多くいた。

 「すげーたくさん人がいるな。冒険者もたくさんいるみたいだし、結構いい街じゃないか」

 「そう、ですね」

 言葉に詰まるようなベウのリアクションは、マコトは気にならざるを得なかった。だが、その言葉の後の彼女の表情を見ているとどこか暗く、これ以上聞くべきではないような雰囲気さえあった。この街には、何か誰かに伝えづらい特別な内情があるのかもしれない。

 「まあこの街のことに関しては、飯屋にでも行った時に話してやるよ。それまでの楽しみにしてな」

 「まあ、ルミーがそういうなら…わかった」

 もどかしいような気もしながらも、マコト達は食事のできる場所へと移動していった。関所を抜けてから数分歩いた所にあるその場所は、雰囲気の良い洋食が出てきそうな店構えをしたレストランだった。店員の愛想もよく、宗教じみた怪しさがあるわけでもない。この時点で、違和感があるような感触はなかった。 

 (外装も内装も特にこれといって変わった感じではないし、貧しい感じでもない。ってことは、他に何か要因があるってことなのか?)

 席に着いてもマコトは落ち着く暇もなく、この街のことについてひたすらに考えていた。王国と名前がつくだけあって、広い土地と底を取り囲む広大な自然豊かな景色は、アーシャの街をより一層輝かせているものにも見える。だが一方でその輝かしい風景がありつつも、人々が口に出さない内情がありそうな雰囲気も感じ取れなくはなかった。

 「ま、マコトさん?どうかされましたか?」

 どのぐらい時間が経っていたかは分からないが、おそらく数分ぐらいだっただろう。考えすぎて、彼は店のメニュー表を見ながら眉間にしわが寄りすぎていた。独り言が多く実はおしゃべりなんじゃないかとも思えるマコトだが、元々はクールな性格であり物静かな雰囲気を漂わせている。はずである。しかし今回ばかりはクールはクールでも、まるで滝に打たれて修行をするかのような武道の達人みたく顔が濃くなったようにも見え、クールとは言い難い顔つきをしていた。

 「わ、悪い。どのメニューにしようか迷っててさ。うまそうな料理の名前があると、ついつい考え込んじまうんだ」

 「早く頼もうぜ。アタシもうお腹が減りすぎて減りすぎてたまんないよ」

 メニュー表を見ていたというのは当然ながら嘘のことである。

 「じゃあ、(文字が日本語じゃないのに読める…すげー)オーク肉の照り焼き三つ、チーズソースオムライス二つ、トマティア煮込みパスタ(トマティア、トマトか?)四つ、白飯メガ盛り二つ、ミックスフルーツジュース二杯。あ、やっぱ六杯で」

 姉妹の食い過ぎというツッコミをも停止させてしまうくらいの、大量の注文だった。それもあって二人はあんぐり状態だ。

 しばらく経つと、マコトが注文の品々が一気に机の上に並べられた。彼が注文した食べ物だけで、机の上を覆い尽くしている。この量があるから、店の誰もが彼の食いぷりに注目が集まった。当然時間がかかるかと思われたが、注文した品々は息をつく暇もないスピード感で胃袋の中へと入っていく。

 「オークってあれだよな。豚?みたいな見た目の二足歩行の生き物だよな?昔、なんかで見たことある」

 「あ、あーそう、だな。うん」

 ルミーとベウが、スプーン一杯のスープを食しているうちに、彼は何口も食している。噛んでいるのか飲み込んでいるのかわからないぐらいの勢いで、品物はどんどんと消えていく。

 「トマティアはあれか、やっぱトマ…んか。この≮≡%"¶‼⁇※もマジ⇎⇇↯↭↡/#だし、いやーほん℉€¥®⁉№∆だ」

 「「しゃべるか食べるかどっちかにして!」」

 さすがにこれはツッコまざるを得なかったようだった。

 それからというもの、オーク肉を追加注文したマコトは二人の姉妹の財布事情を少し泣かせることとなる。

 「あーーー食った食った。ごちそうさまでございました」

 食べ始めてから三十分も経っていないというのに、マコトは注文した全ての品を完食してしまった。

 「す、凄い食べっぷりでしたね」

 「あは、あはは、そう、だな。アタシらスープしか頼んでないんだけど、まさかそんなに頼むとは思わなかった」

 マコトが大食いだという新しい属性が判明したのだった。

 「で、どうなんだよ。実際のところこの街って、何かやばいとこでもあるのか?」

 自分の夢中になっていることを終えると、すぐに次の知りたいことへと話題が移り変わる。そういうシチュエーションに驚く暇もなく、ベウは少し沈黙した後口を開いた。

 「実は、アーシャ王国には、一つ問題を抱えています」

 「どんな?」

 「それは……冒険者の不足です」

 ベウは話を続けた。

 昔のアーシャ王国は、どの国にも負けない兵力と冒険者の力が合わさって、豊かな国力を有しているとして名を知られていた国だった。また、周辺の森林からは食用に最適な食べ物やそれを調理するための薪等を多く採取することができたため、生活に困ることもなかった。それゆえに冒険者のミッションも多岐にわたるものがあり、稼ぐために冒険者をやるということは当然だったが、何よりもそれは楽しみに溢れていた。

 「五年前からこの街は衰退していったんだよ、隣の国に優秀な兵力を引き抜かれたせいだ。アタシはそこには行かなかったけどね。何でも新しい油田を掘り当てたとかで、国の財政が一気に黒字に傾いたんだとよ」

 アーシャ王国はその影響をもろに受けてしまい、数ヶ月も経たないうちに国力がガクッと下がってしまった。なんとか持ち返してきたものの、ここ数年で森林での食料採取率や冒険者のミッション達成率は右肩下がりとなっている。

 「それでもこの国の人たちは、みんな愛国心があるんです。この国をどうにかしよう、どうにかしないといけない。そういう思いを抱いてはいるんですが…」

 「現状調子は上向くどころか、国の状態は年々悪くなっていっている。そういうことだな?」

 「マコトのおっしゃる通り。アタシは生活はできてなくないんだけど、中には結構貧乏な生活を強いられている国民もいるはずだよ」

 マコトが見たのは、あくまでも関所を通過しその周辺の風景を見ただけ。 もっと内部に進んでいけば、断片的にしか見れなかったこの国の実情が垣間見えるかもしれない。

 「だからこそ、マコトさんが冒険者になってこの国を変えてくれるような存在になってくれれば、何かが変わるんじゃないか。って、私は思うんです」

 「俺が、この国を?」

 元々、彼は野球部でエースで四番。チームではキャプテンを務め、誰からも信頼されるプレーで人々を魅了するタレント性があった。それはただ魅力があるだけではなく、彼の努力と考え方も相まって、それにさらに磨きがかかったということでもある。幼少期から様々なスポーツを経験し、体力だけではなくスポーツマンシップや人としての魅力が自然と研ぎ澄まされていっていたのだろう。

 「出会ったばかりで何言ってんだって話したとは思うけど、アタシもベウも、そう感じてるんだよ。なんてったって、丸腰で人を助けるほどの勇気があるやつって、アンタぐらいしかいないだろうからね」

 薄々は感じていたこと。マコトが悪党を追い払ったあの時、放ったのはただの石だった。特別な鉱石というわけでもなく、どこにでも落ちてあるだろうというただの石だ。だが、それは見事に思い描いた軌道を描いて命中した。それだけじゃなく、威力も抜群で、人を気絶させるほどだった。

 この世界は、おそらく彼の住んでいた日本とは違うことが多くある。もちろん似ている部分もあるが、細かな特徴までを考えると色々戸惑う部分は出てくるだろう。だが、そんな中でも決心したことが一つあった。

 「正直言うと俺は少し後悔していたんだ。戸惑っていた。なんでこういう人生を歩んできたんだろうって。明らかな偶然かもしれないけど、俺にはまだ役立てることがあるんじゃないかと感じたよ、二人のおかげでさ」

 死んだことによる後悔は、もはやなかった。

 「今日の恩も、俺は一生忘れないと思う本当にありがとう」

 マコトは席を立ち、目の前に座る二人に深くお辞儀をした。野球部だからそうやった。というわけではなく、彼なりの誠意の表し方だった。

 「…ふふ、あはははははは!!」

 「ちょ、ちょっと姉さん。あんまり大きい声で笑うと、他のお客さんに迷惑だよ」

 「いやいや、だってさ、色々と面白くて。クールかと思えば饒舌に話したり、そうかと思えば、今みたいに律儀な態度をとってかしこまっちゃってさ。全く本当に、本当に面白い男だね、マコトは」

 少なくとも、一人のスポーツマンの性格の潜在的な能力をその姉妹が変えたということがわかった。人々を引き寄せ興味を抱かせるであろうキャラクターを、誰かを救うであろう未来を。そして、彼の意思を。

 「じゃあ行くか、アタシも所属する、アーシャの冒険者ギルドへ!」

 「私もご案内します。そこのギルド職員なので、きっと色々助けになれると思います」

 「おう。ぜひ、連れて行ってくれ!」




 こうして、転生球児の異世界生活の第一歩が始まった。これから待ち受けるであろうこんなを吹き飛ばすくらいの大きな夢を抱きながら。彼が活躍する日も、そう遠くはないかもしれない。

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