③
久々の様に感じる平和な会話。今まで真が口にすることといえば、そのほとんどが野球に関することばかり。その日の練習や試合を振り返り、一つ一つのプレーがどういったものであったかということを見返して、明日につなげるという探求心がある日々を過ごしていた。それ以外に興味がなかったわけではないが、自然とそういった生活になっていた。
「そういえばアンタ、名前何て言うの?」
「…」
森を歩きながら、アーシャの街を目指す一行。横一直線に歩く三人は、真が姉妹を助けたお礼として食事を奢って貰うことに。だが、真はルミーの呼びかけに応えず、歩みを止めてボーッと考えにふけていた。不思議そうに顔を見合わせる姉妹だったが二人は歩みを止めて、今度は「すみませーん」と、ベウが彼に声をかけてみた。が、やはり反応はなかった。
「はあ…ったく、男って奴はいつもこうだよ。話しかけて欲しくない時に話しかけてきて、こっちが話しかけると全然うんともすんとも言わないんだよ」
「まあまあ姉さん、そう言わずに」
なだめるベウをよそに、ルミーは真の元へ歩き出す。
過去の自分、そして現在の自分、デッドボールを受けた瞬間を回想し、自身が置かれている現在地を整理していた。
(俺は転生?したんだよな、多分…。でもこのままで生活はやっていけんのか?というか、シンプルに金がないし服もユニホームだけだし、そもそも汗かいてるから風呂も入らないといけないし。まだ十八にもなってないんだけど、これからどうしていけば良いんだ?)
「バシンッ!!」
考えの途中で、真は前頭部に痛みを覚えた。
「何でアタシらが話しかけてんのに全然応えないんだよっ!話しかけられるのが、そんなに嫌なんですかっ?ど・う・な・ん・で・す・かっ!?」
何度も何度もチョップされて、真はようやく我に返る。すぐに謝ろうとしたが、その後もルミーは無言で真をチョップし続ける。だがさすがに何度も叩かれると彼は我慢できず、自分の特徴が崩れるぐらいにに声を荒げることとなる。
「……おいおいおいおいおい!あのさ、いやわかるよ?わかるよ?俺が悪いよ?だって煩悩しなかったんだもん。でもね、でもね、でもねでもねでもね、普通はさ、そんなことしないよ?叩くとか叩くとか叩くとか!ありえないよね、こんなの絶対色々と何かもうさ、ありえないよn―――…イテッ!!」
褐色戦士はスポーツ少年の文句の長さにイライラし、無表情で話の腰を折るように再び強めのチョップを繰り出した。
「なーんだ、アンタ結構喋るんだね。もっとクールなのかと思ってた」
しゃがんで何かモゴモゴと言いつつ痛みに耐えつつ、それでも痛みに耐えられないような何とも言えないリアクションで真は痛がるのをやめられない。
「で、名前は何ていうの?」
「…あー、真です。金田真です、はい」
この時点ですでに彼のキャラは崩壊しつつあるかもしれない。
「カネダマ、コト?じゃあコト、だな!アタシはルミー!いやルミー様でもいいぞ!」
「あーはいはい、もうそれで良いです。コトで良いです、はい」
真は八割くらい諦めた感情だった。ちょっとしたいざこざがあったが、3人は再び街を目指し歩き始めた。そんな中、真のお腹から音が出る。真夏の蝉の様な、長い鳴き声だった。
「マコトさん、そんなにお腹すいてるんですか?」
「(うわー、ベウさんはちゃんとマコトって言ってくれてる、嬉しい!)そうなんすよね、朝だけしか食べてなくて」
多少ルミーとの対応の差がなくはない真改めマコトは、いつものようにクールに対応した。
「んで、アンタどっから来たんだ?ここいらじゃ見かけない顔だし、その変わった服装といい、見たことない装いだ」
至極ごもっともな意見であり、戦士の服装と町娘の服装をしている姉妹と比べたら、この世界において彼の服装は何とも言い難い個性的なファッションである。
「あーそれは、そのー何と申しますか…」
日本なんていう国がこの世で認知されているとも限らないし、そもそも転生ということが、この世界の住人に理解されるかどうかが、彼には疑問だった。いざ自分がそういった立場になると、どういう返しをすればいいのか戸惑う部分でもあった。
「いや敬語かよ、良いよタメ口で。アタシも王様以外の大体の人と話す時はタメ口だし」
「でも姉さんは、もう少し他人を敬う気持ちを持った方がいいと思うよ」
また始まろうとしている姉妹喧嘩をマコトは仲裁した。
「まあ良いや。でも、アンタのその見た目だと、冒険者って感じじゃないんだろ?」
「まあ、うん。そうだな」
「これからどうするんだ?住む場所にあてはあんのかい?」
転生したばかりの彼は、当然のことながら住む場所があるわけでもない。衣服も揃っておらず、所持金もない。
「正直、どうしようか迷ってる。これからどうすべきなのか、ってさ。今まで経験したことのないような状況に俺は置かれているからさ。自分に今何ができて、どうすべきなのか。考えることが多すぎて、正直、まとまらないって感じなんだ」
何年もその土地に住んでいるなんてことはなく、突然として森に舞い降りて一時間もまだ経っていない。転生といえば聞こえはいい部分が多いかもしれないが、一転してその身に状況を置いた時に持ち合わせるものが何もない状況では、もはや生きていくには困難な状況であることというのは揺るぎない事実だろう。
「「…」」
姉妹は顔を見合わせて、その後同時に頷いた。何かを決心したように、ルミーはマコトにこう言った。
「じゃあさ、冒険者になったらいいんじゃないの?」
「ぼ、冒険者?何で俺が?」
ルミーとベウには確証があった。マコトが冒険者にふさわしいのではないかということを。弾丸のように放ってきた石たちが正確に悪者の体に命中し、さらには周りの木々を駆使して、威力と命中力を兼ね備えた素晴らしい連続攻撃。そこには、驚きの力が秘められているのではないかと感じたからだ。
「マコトさんは体格も良いし、何かしらの適性があるんじゃないかと感じました。私はギルドの受付を担当しているに過ぎないので、絶対とは言い切れませんが」
「アタシは保証するよ、マコトの力。何より根性がある。なんせアタシのチョップを食らっても、平然と今話しているからね」
ルミーがちゃんと「マコト」と言ってくれたことなんて気にする余裕もなく、彼は誰かを助けることができる何かしらの才能が秘められているんじゃないかとさえ感じていた。
「じゃあさ、仮にだけど、俺がもし冒険者になったとしたらどんな適性があると思う?」
野球青年は冒険者の道へと進むために、随分と前のめりとなっていた。
「適正、か…私も試験官とかじゃないから分からないけど、あれじゃないか?遠距離攻撃専門!みたいな。専門って言い過ぎかもしれないけど」
「確かに、マコトさんのあの命中力だったら、弓矢を使ったりする遠距離攻撃とかそういうのに適性があるかもしれませんね」
確かに彼は昔からコントロールには自信があった。祭りの屋台でよくある鉄砲を使った景品を当てる出店で、よくぬいぐるみやお菓子などは打ち当てていた。キャッチボールや的当てをする際も、マコトの制球力は一級品でほぼ狙った場所に投げることができたぐらいだった。
「適正?何かジャンルがあるのか!?あるのか、おい!」
「…アンタ、もうクール卒業したら?」
そもそもマコトはクールを名乗った覚えはないが、もうやそんなことはどうでも良かった。
「説明するとよ、適正は五種類あるんだ。その五種類の中から、自分に合った職業を選択して冒険の旅へと出るっていうのが、よくある一般的な流れだな」
一つはマコトに適正がある、かもしれない遠距離攻撃の適正。そして拳や短剣を使ったりする近距離攻撃の適正。刀やヌンチャクなどを使用して戦う剣術、それと似たものでより大きく重い武器を扱い攻撃する重剣術の適正。様々な魔法を駆使して、遠距離や近距離など万能に扱う魔法の適正。大きく分けてこの五種類の適性から、冒険者への道が切り開かれるというわけだ。
「更に言うと、魔力が高くていろんな冒険者としての適正があれば、活躍の場も広がるってわけだ。アタシはちなみに、剣術と少しだけ魔力が高いから魔法使いの適正なんてあったりしちゃったりするの。おわかり?」
(この女、鼻につくな)
険しい感情を表に出すことなく、マコトは心の奥底で苛立ちをしまっておいた。
「まあ、通常は1種類か、多くても2種類の適正があるって言うのが一般的ですよ。誰にでも魔法は使えますが、魔力量の高い冒険者は汎用性が効くので、たくさん依頼が来たり報酬も高くなりやすいです」
「なるほど。ベウは何か適正はあったのか?」
「私はそもそも冒険者になる意思はなかったので、ギルドの職員として働き始めました。まだニ年しか経ってないんですけどね」
その割には所作が色々と丁寧で、彼はそこからベウの仕事の正確さは容易に判別できた。
「うん?それ…」
マコトはふとベウの手首に巻いた包帯が目に入った。長袖で隠れていたせいか先ほどまでは見えなかったが、彼女の左手には数十センチほどの長さで包帯が巻かれていた。
「何かあったのか?」
「怪我だよ。ベウがギルドのトイレを掃除していたら、昨日手首をひねっちゃったみたいでね。数日前には両足首を捻挫してさ。昔からこの子はおっちょこちょいなのよ」
元々ベウにはひ弱な性格はあったかもしれないが、怪我をした上見るからに怖い人間が目の前に何人も現れてどうすべきかわからなかった。だからこそ、姉であるルミーは妹を怪我させないようにするために立ち振る舞おうと必死になっていた。だからこそ、強気な気持ちを表に出すことなく、妹を守るための行動をとろうという強い意志の現れとして声が震えていたのかもしれない。
「そうか。俺も大変だったけど、そちらも色々と大変だったんだな」
これから未来に何が起きるかわからない。新しい環境の下で、自分は生活していかないといけないというプレッシャーの中で、彼は強く決心したことがあった。
「俺、なるよ。冒険者。冒険者になって、いろんなミッションをクリアして、ゆくゆくはこの街を救うような存在になれたらと思う」
ふざけて言っているわけではない。目の前の男が真剣な眼差しでそういう発言をしたことに、2人はちょっとした感動さえ覚えた。
「…ふん、面白いことを言うねアンタ」
「そうか?お前ら姉妹の喧嘩ほどこの世で面白いものはないと思うぜ」
「わ、私達だって、別に喧嘩をしたくてしているわけではないんですよ!?」
野球一筋の人生だった彼は、様々な考えを巡らせ、様々な心配や不安を抱え込もうとしていた。だがルミーとベウに出会ったことによりそれは軽減され、むしろ未来への希望と繋がっていた。これから待ち受ける困難がたとえどんなものであったとしても、彼の意志は強く確固たるものとして確率されていた。
「さて、着いたよ!アタシ達の故郷でもある街、アーシャ王国が目の前に!」
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