第25話 剣術大会予選

「いよいよね」

「流石に緊張するものですね」

「まだ予選なのよ、そんなに緊張しても仕方ないわ!ほら、頑張ってきなさい!」


 アメリア様に背中を叩かれて会場へと進んだ。



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 剣術大会、それは学園の伝統行事の一つだ。

 新年生を対象に剣のみの最強を決める大会。

 新年生の実力を見極め、早い段階から唾をつけておこうと思っているものたちからも注目が集まる。

 身分差に関係なくチャンスのある場だ。

 もちろん参加者も多い。

 今年の参加者は120人を少し超えるくらいだ。

 だが全員が本戦に参加できるわけではない。

 トーナメント形式の本戦に出れるのは32人だけである。

 120人からそこまで人数を減らす予選はグループの総当たりで決まる。

 一つのグループは大体四人で構成されており、総当たりの一位のみが本戦に出場することが可能なのだ。

 

 本戦は学園内の闘技場で行われるが、予選は王都の各地で行われる。

 お目当ての選手がいれば見にくる場合もあるが、大抵の場合はたいして注目は集まらない。

 俺の開催場所も例に漏れず、観客はほとんどいない。

 そのせいでアメリア様が目立つまでしまっているのだが……



---



「それでは第一試合、テルル対ネルク。両者前へ」


 俺は指示に従って前に出る。

 そして目の前の相手と対峙する。


(まさか、初戦からテルルが相手だとは思わなかったな……)


 両親が冒険者である彼女が剣に自信があっても何も不思議はない。

 それしても、まさか教えてる生徒と当たることになるとは思わなかった。

 もちろん負けるつもりはない。

 彼女は俺が講師のネオンだとは気がついていないはずだ。

 だから講義にはなんの影響もないはずだ。


「君が噂の眼帯君ですか?」

「そんなあだ名に心当たりはないが、まぁ俺のことだろうな」


 どうやら俺の噂はかなり広まっているようだ。

 ますます俺がネオンだとバレるわけにはいかない。


「実力のないのに格好つけて眼帯をつけている生徒として有名ですよ。そんな君が、なぜこの剣術大会に出てるのですか?」

「彼女のお願いですよ」


 俺は目線でアメリア様を指した。


「あぁ、なるほど。そういえば君はアメリアさんの従者だったね。アメリア様に恨まれたくはないですが、本気で行かせてもらいますよ」

「俺も負けるつもりはありませんよ」


 俺たちは互いに木刀を構えて向き合う。

 剣術大会の予選では木刀を使用する。

 予選は複数の場所で同時に行われる。

 そのため治癒士の人数が足りないのだ。

 本戦では優秀な治癒士を会場に呼び、真剣での勝負になる。

 だからこそ、盛り上がるのだ。


 さぁ、準備は整った。



---



「それでは、勝負開始!」


 合図と同時に前に出る。

 魔物相手では先に相手に動かせることが多いが、この試合では俺は前に出た。

 理由は、テルルの動きに合わせるのはよくないと判断したからだ。

 魔物と違って対人戦は読み合いが重要である。

 テルルの両親は冒険者だ。

 そして彼女の構えを見てすぐに分かったが、あれは我流だ。

 冒険者の中には流派を持たない剣士は少ない。

 彼女の両親もそうだったのだろう。

 そして才能のある彼女はそのやり方でもここまで来れてしまったのだ。

  

 流派とは長い歴史をかけて洗礼されていった動きである。

 それは一見、対策がしやすいように見えるかもしれない。

 型に当てはまらない我流の方が強く感じるかもしれない。

 だがそれは違う。

 

 前に出た俺は華流派の型をテルルにくりだす。

 華流派を選択したのは彼女にこの動きに慣れさせるためだ。

 俺は試合を一撃で終わらすことはできないだろう。

 だからいくつも布石をおいて勝利を掴む必要がある。

 そしてこの華流派が一つ目の布石だ。


 俺の剣は彼女に軽く受け止められてしまう。

 

「やっぱり噂の通り」


 彼女は流派について詳しく学んではいないはずだ。

 俺の華流派の動きも初めて見たものだったかもしれない。

 だがその身体能力の高さと動体視力の良さで対応したのだろう。

 

 だがここまでは予想通りだ。


「今度は僕からいかせてもらうよ!」


 俺を弾き飛ばして、すぐに距離を詰めてきた。

 動きは早いが大振りだ。

 だがまともに受けたらこちらの腕が壊れてしまうかもしれない。

 俺は体を動かしてその剣を避ける。

 彼女の剣が地面に当たって砂埃が舞う。

 強烈な一撃である。

 俺はすぐには動かないと判断して、距離をとって体勢を整えようと後ろに飛んだ。

 だがその瞬間、砂埃の中から彼女が飛び出してきたのだ。


(マジか!)


 俺は咄嗟に受け流す。

 しかし空中であったことや、想像以上に一撃が重たかったことで横に弾き飛ばされてしまった。

 そのまま地面を転がる。

 そしてすぐに立ち上がる。


 やはり一撃でもまともに食らったらおしまいだ。


 俺は再び前に出て華流派の型をくりだす。


「それはもう知っているよ!」


 先程とは違う型ではある。

 だが華流派はその美しい剣技の特徴から軌道が分かりやすいのだ。

 しかも俺が使っているのは初歩的な型だ。

 彼女なら余裕で対応できるだろう。


 俺の剣は予想通り彼女に受け止められる。

 そしてすぐに彼女が攻撃に移る。

 

 そのタイミングで俺は寒流派の型で受け流す。

 俺はその場から一歩も動かずにテルルとすれ違う。

 そのタイミングで俺は再び前に出る。


 ただ、今までと違うのは勢流派の型で前に出たということだ。


「なっ!」


 先程までの美しい動きと比べて、俺の今の動きは汚く見えるだろう。

 だがこれこそが勢流派なのだ。

 すっかり華流派の動きに慣れてしまった彼女は、反応が少し遅れた。

 俺の動きは冒険者の流派に囚われない動きにも似ている。

 最初の彼女なら反応されてしまっていたかもしれない。


 この隙は俺が自分の手で作り出したものだ。


 勢流派の型で近づき、途中から激流派へと型を変える。

 俺が何度も、何度も練習してきた動きだ。

 これが俺の最大限の攻撃だ。


 完全に虚をついた俺の一撃を彼女は受け止めることはできなかった。

 才能が無い俺の一撃といえど、激流派。

 準備のできていない彼女では受け止めることは不可能だ。


 木刀は宙へと舞った。

 そして俺の木刀が地面に倒れた彼女の喉元に突きつけられた。


「勝負あり!」



---



「やったわね、ネルク!!」


 俺はその後の二試合も問題なく勝ち、本戦へと進んだ。

 アメリア様はとても嬉しそうに喜んでくれている。

 俺も彼女の幸せな顔が見れて幸せだ。


「ネルク!」

 

 そんな俺たちに声をかけてきた人物がいた。

 

「テルル、」

「完敗だよ。実力が無いなんて、全くの嘘じゃないか。やはり噂なんてものは信頼できないね」

「その噂もあながち間違ってないので……」

「まったく、僕を倒したんだからもっと自信を持ってよね。本戦応援してるから、すぐに負けるんじゃないよ」

「あぁ、いけるところまで行くつもりだ」


 俺は自分の力でいけるところまで行ってみたい。


「それより、ちょっとこっちに来てもらえる」

「ん?」


 俺はテルルに手招きされて、アメリア様から離れた。


「ここなら彼女に話は聞こえないかな」

「アメリア様は地獄耳だが、流石に聞こえないはすだ。それより、一体なんのようだ?」

「はぁー、何してるんですかネオン先生?」

「えっ!?」

「えっ!?じゃ、ありませんよ。最後首元に剣を突きつけられた時に気が付きましたが、まさかネオン先生の正体がネルクだったなんて」


 これは緊急事態だ。

 まさか俺の正体がバレるとは思っていなかった。


「テルル、すまない。このことはみんなには黙っておいてくれ!」

「わかってますよ。誰にも言いふらしたりしませんよ」


 テルル様だ。

 慈愛の女神様だ。


「でも安心しました」 

「安心?」

「そうですよ。だって、先生胡散臭いじゃないですか。いつも仮面をつけて講義する人が、どんな人物か気になるのが当然です。そんな人物がしっかり血の通った人間だと分かって安心したんですよ」

「なるほど」


 よくよく考えれば失礼な話だが、女神様に免じて流そう。


「アメリアさんが呼んでます」


 振り返ると機嫌が悪そうな表情でこっちを見ている。


「テルル、本当にありがとう」

「まったくですよ……、ネルク、本戦頑張れ!」

「おう!」


 俺はテルルに元気よく返事をしてアメリア様の方に向かった。



「まったく、初恋だったのに……」

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