第24話 打ち合い

「ダンジョンとは一種の生命体であるという説があるが……」


 俺は今日も講師としてダンジョンについて講義をしている。

 当初心配していたような、受講生の減少はほとんどなかった。

 むしろ、全員が意欲的に取り組んでくれている。


「質問です!」


 手を挙げたのはジルコだ。

 彼女はこの授業に最も意欲的に取り組んでいる生徒の一人だ。

 俺は講義中いつでも質問しても良いことにしている。

 その方が良い時間を過ごせると考えているからだ。


「ダンジョンが生命体であると実感した経験はありますか?」

「実体験か……ダンジョンには魔物が出るだろ。魔物の素材は冒険者の生活費になるから大抵の場合は剥ぎ取ってしまう。だがダンジョンのように魔物が多く出る環境では、持ちきれなくなった魔物はその場に放置することになる。その後魔物がどうなるかわかるか?」

「消滅します」

「その通りだ」


 これは俺が前回の授業で教えたことだ。

 しっかりと覚えている。


「だが稀に消滅しない場合がある。それは特定の条件下で起こることだ」

「特定の?」

「その条件はダンジョンが甚大なダメージをあっているという状況だ。普通はダンジョンの壁などが傷つくことはほとんどない。だが、ダンジョン内で爆発系の魔法などを使用した際、壁などが傷つくことになる。すると、ダンジョンはその傷を修復し始める。その時に、ダンジョン内の死体はダンジョンに吸収されるのだ」

「吸収!?」

「そう吸収だ。俺はこの光景を見たことがある。目の前にあった魔物の死体が地面へと沈んでいくんだ。だが吸収されるのは死体だけだ。生きているものには関係ないが、あの光景には肝を冷やしたよ」

「ありがとうございます」


 このように俺の講義は進めている。

 ダンジョン攻略についての知識を一通り教える。

 そして最後にはダンジョンに実際に挑んでもらう。

 そのために必要だと考える知識は人によって違うだろう。

 だから質問には気軽に答えるようにしている。


 優秀な生徒も多い。

 先ほど質問をしたジルコを筆頭に、両親が冒険者でダンジョンについての知識が他よりも多いテルル、秀才として名の知れているセイム、そして実力という一点でアメリア。

 最終課題のパーティリーダーになるのは彼らだろう。



---



「それでね、ネルク!マリンは魔法の才能もすごいのよ!」

「さすがマリンさんですね」


 俺はアメリア様からマリンさんの活躍のお話を耳にタコができるまで聞かされている。

 才能を持つものは皆魔力を持っており、魔法を使うことができる。

 だが才能にはばらつきがあり、身体能力よりの才能と魔力よりの才能に分かれる。

 アメリア様は身体能力よりに才能が傾いている。

 もちろん魔力も使える。


 だが稀に、両方の才能を高い水準で持っているものがいる。

 それらの者を天才と呼ぶ。

 そう、ライ兄がその天才だった。

 話を聞く限り、マリンさんも天才なのだろう。


「無能の俺が、天才に挑むのか……」


 途方もなく高い壁が目の前に見える。

 

「そんなことを言いながら、準備はかなり整えているみたいじゃない」


 アメリア様には隠さないようだ。

 既に大会への申し込みは終わり、予選の開始は一週間後に迫っている。

 俺は日課の鍛錬の量を増やし、大会に向けて自身を磨いている。

 だが今ひとつ手応えがない。

 何かが足りない、そんな感じだ。


「勝てそう?」

「それは俺に聞いてるのですか?」

「他に誰に聞くの?」

「俺では勝てないです」

「ふーん、それはマリンさんに、それとも他の参加者にも?」

「どれくらい実力者が集まっているのか分からないのでなんとも言えませんが、マリンさん以外には負けるつもりはありません」


 確かに俺は才能がない。

 だけど今までそれを言い訳にして努力を怠ったことはない。

 だからこそ勝ちたいのだ。

 この大会で自分に自信をつけたいのだ。


「ねぇ、今から私と打ち合わない?」

「いいのですか?」

「確かに私は大会には出ないわ。だけど、あなたにはマリンと戦って欲しいし、そこまでに負けられてはつまらないわ。私と打ち合えば少しくらい強くなれるでしょ」

「はい!」


 アメリア様は屈指の実力者だ。

 これほど良い相手が他にいるだろうか。

 いや、いるわけがない。

 やはり俺は周りの人に恵まれている。



---



 最後に打ち合ったのは、いただろう。

 ここ一年は朝の稽古も一緒にやらなくなった。

 それはさまざまな理由があるが、一つは俺がアメリア様の力の差が明確に開いたことだろう。

 正面からの打ち合いでは俺は彼女に歯が立たない。

 

「懐かしいわね」

「そうですね」


 俺は木刀を手にしながらあの日のことを思い出していた。

 きっとアメリア様も同じ日を思い出しているだろう。


「一度は追いついたと思ったのに、今ではあの日のように力の差が開いてしまいましたね」

「そうね、現実は残酷ね」


 現実は残酷。

 その通りだと思う。

 アメリア様は努力を怠らない。

 だがそれ以上に俺は努力をしてきたつもりだ。

 だけど明確に力の差は開いてしまったのだ。


「そうですね、現実は残酷です。ですが、それを言い訳にするほど俺は弱くなったつもりはありません」


 俺はあの日決めたので、才能が無くても、無能と言われても、あの目標に向かって突き進むと。

 その目標は本来の形ではもう叶えることができない。

 だけど目標が消えたわけではない。

 だから努力を続けるのだ。



---



「準備はいい?」

「えぇ、いつでもどうぞ」


 俺たちは木刀を構えて向き合っている。


(本当に見惚れるほど、綺麗な構えだ)


 アメリア様の華流派の構えには惚れ惚れする。

 だけどこの構えは俺に向けられているものだ。

 美しさの中に恐怖を感じる。


 開始の合図はアメリア様の踏み込みだった。


 一歩前に足が出た。

 そう思った瞬間には目の前に彼女がいた。

 目で追うことができるギリギリの速度だ。

 そして彼女の剣が俺の左側から迫っている。


 俺はその剣を受け流しながら距離を取る。

 正確にはその場で受け流そうとしたところを、弾き飛ばされてしまったのだ。

 彼女の一歩間の踏み込みと次の動作で何の型を仕掛けてくるのか判断はできていた。

 そして体は頭が考え終わるより早く反応した。


 何度も、何度も反復練習したからだろう。


 しかし想像よりも早く、そして力強い一撃は受け流しからことはできなかったのだ。


 すぐに追撃に来る。

 俺はそれに合わせるように華流派の型をくりだす。

 アメリア様と同じ華流派だ。

 俺が使えるのは初歩的なものだけだ。

 より高度な技術や身体能力を必要とする型は、知識の中にあるだけだ。

 アメリア様はその型を使いこなしている。


 だがそれに合わせるように華流派の型を使ったのには理由がある。

 華流派の特徴はその計算され尽くした美しい動きだ。

 他流派の中には見た目だけの流派などとバカにする声もあるが、それは大きな間違いだ。

 美しさとは合理性なのだ。

 華流派は全ての中で最も合理的な動きを突き詰めた流派だ。

 その合理性は型の至る所に現れている。


 だがその合理性はときとして弱点へと変わる。

 華流派の型にはその型に対応するための型が多くあるのだ。

 そのため華流派同士の打ち合いは、より多くの方を知っているものが型と言われている。


 俺が今アメリア様に合わせた型は、彼女の型に対応するためのものだ。

 初歩的な型にもそのようなものがあるのだ。


 俺はアメリア様の剣技を完璧に合わせきった。


 この一瞬を逃すわけにはいかない。


 俺はその勢いを利用して勢流派の型をくりだした。

 その一撃は完璧に近いものだった。

 俺の限界点と言ってもいい最高の一撃だった。


 だがそれを受けるのは彼女だ。

 その一撃で決まるはずがなかった。

 

 確かに俺の一撃は彼女の体勢を崩すほどのものだった。

 だが彼女の凄さはそこからだ。

 崩された体勢から華流派の型に強引に繋げてきたのだ。

 それは本当に人間の動きと言っていいのだろうか。

 気がついた時には俺の手元から木刀は無くなり、仰向けになって地面に倒れていた。


「やるわね!」

「ここまで完璧に倒しておいて、かける言葉がそれですか」

「私も危なかったのよ。ここまで追い込めるのは、学園にも一握りしかいないわ。さすがネルクね!」

「ありがとうございます。でも、アメリア様に勝てる光景が浮かびませんね」

「それはまだ一回目だからよ。百回やれば一回くらい勝てるかもしれないわ!」

「そうですね、諦めるのはまだ早かったです」


 俺は立ち上がって木刀を拾う。


「もう一本お願いします!」


 結局その日は、アメリア様から一本も取ることができなかった……

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