第19話 アメリア様のお友達

「アメリア様、今日は一段と気合が入っていますね」

「当たり前じゃない、初めて友達と遊びに行くのよ」


 俺は今日、アメリア様がお友達と遊ぶお手伝いをすることになっている。

 相手の方には使用人がいないというので、成功は全て俺にかかっている。

 それでも俺があまり緊張せずにいられているのは、おそらくそのお友達がアメリア様と似たタイプだと考えているからだ。

 アメリア様はお友達に授業の実技で敗北したらしい。

 多少贔屓目かもしれないが、アメリア様は同年代では上澄みの実力を持っている。

 そんな彼女に勝ったのだから、きっと相手の方もアメリア様のようなタイプだと考えられるのだ。

 それなら今日のプランはアメリア様の好みに合わせるだけでいいのだ。

 これが俺が緊張せずにいられる理由である。



---



俺はアメリア様と共に待ち合わせ場所に向かった。


「あっ!」

「アメリア様!?」


 アメリア様は誰かを見つけたようで、突然駆け出した。

 俺は人混みを避けながらアメリア様を追う。

 待ち合わせ場所は噴水前ということで、それなりに人が集まっている。


「見失った……」


 俺は人混みをするすると抜けるアメリア様を見失ってしまった。


(いや、アメリア様はここで待ち合わせをしている。なら遠くには離れていないはずだ)


 俺はすぐに切り替えてアメリア様の捜索を続けようと後ろに振り返った。


 その時俺の視界に綺麗な黒髪が映った。


「あれは……」


 俺は引き寄せられるようにその黒髪を追った。

 だがすぐに人混みへと消えてしまった。

 そう思った時だった。


「アメリア様、おはようございます」


 そんな声がすぐ近くから聞こえてきた。

 俺はすぐにその声の場所に向かう。

 

 人混みから少し離れた噴水の前、そこに彼女たちがいた。


「様付けはやめてよね」


 金色の髪をなびかせ、深く鮮やかな紫色に光が差し込み、綺麗な赤色に見える瞳をした女性。


「そういうわけにはいきませんよ」


 その隣に立つのは、艶のある長い黒髪に透き通るような美しい水色の瞳をする女性だ。


「あっ、ネルク!全くどこに行っていたのよ」

「アメリア様、もしかしてこの方がお友達ですか?」

「えぇ、そうよ!彼女は、「先日は申し訳ございませんでした」えっ!?」


 俺は速攻謝罪した。



---



「まさかあなたたちがすでに知り合っていたとはね」


 俺はアメリア様に彼女との出会いを話した。

 幸い彼女は怒っていなかったが、俺のミスで怪我をさせてしまうところだったのだ。

 第一声は謝罪でなければいけないだろう。


「それよりもネルク、まだ彼女の紹介が終わっていなかったわね。彼女はマリン、私の友達よ!」

「ネルクさん、初めまして…ではないですね。私はマリンです」


 彼女は笑顔で自己紹介をしてくれた。


「マリン様、私にさん付けはいりません。私はアメリア様の使用人ですので、呼び捨てで構いません」

「そうよ、ネルク呼びでいいわ」

「いえ、私はそんな偉い人間ではないので……」

「マリン様は貴族様ではないのですか?」

「そ、そうですね。貴族ではないですね……」


 彼女は何かを誤魔化すように応えた。


(貴族様じゃないとしたら、何者なんだ?この前出会った時は、手練の兵が護衛についていたが)


 俺は貴族様ではないのにあの護衛といった矛盾に気がついたが、これ以上深く踏み込まないほうが良いと判断した。


「マリンが何者でも関係ないわ。マリンは私の大切な友達よ!」

「は、はい!ありがとうございます」


 アメリア様はマリンが没落貴族か何かだと思ったのだろう。

 そんなことは関係ないと言わんばかりに、熱い思いで手を取り合っている。


「それじゃあさっそく、遊びに行くわよ!」


 テンションの上がったアメリア様は1人で駆け出していった。


「マリン様、アメリア様と友達になってくださりありがとうございました」

「いえ、私もこの世界で初めてできたお友達ですので……」


 さすがアメリア様の友達だ。

 スケールがでかい。


「アメリア様は少し変わっていますし、入学早々私のせいで悪目立ちしてしてしまったので、苦い学生生活になるかもしれないと思っていたのですが……マリン様のような素敵なお友達ができたようでよかったです」

「様付けは恥ずかしいので、変えてもらってもいいですか。私は本当にただの一般人なので」


 彼女がそれを望んでいる以上続けるのは失礼である。


「分かりました、マリンさん。でもただの一般人というのは謙遜しすぎですよ。アメリア様はそれなりの実力者ですので、それに勝ったあなたは素晴らしい方ですよ」

「そ、そうですか。アメリア様は戦うことがお好きですよね。でも私は、戦うことが怖いのです……」


 彼女は何かを打ち明けるように話し始めた。


「変ですよね。才能?といったものが私の体にはあるみたいです。それを活かさなければいけないと分かってはいるのですが、戦うのが怖いのです。だけども、私には使命があります。そのために私がいるのですから。でもこの力は私には少し大きすぎますね」


 表面は笑顔だが、どこか寂しそうに彼女は言った。


(彼女は俺と同じなのかもしれない)


 俺は彼女の表情にどことなく、自分と似た心境を感じた。


「二人とも何してるの!早く遊びにいくわよ!」

「アメリア様待ってくださーい!」


 アメリア様が待ちきれなくなって俺たちを呼んでいる。

 マリンさんも俺に軽く会釈してアメリア様の方は走って行った。

 俺は心の中に少しの疑問を浮かべながら、二人を追いかけた。



---



「今日は本当に楽しかったわ!」

「私も楽しかったです!」

「今度は別のミュージカルも見たいわね」


 俺は予定していたプランを大きく変更した。

 マリンさんには合わないだろうと判断したからだ。

 当初は冒険者ギルドや、市場などの場所回ろうと考えていた。

 だが目的地を劇場や流行りのお店などに変更しておいた。

 アメリア様には少し物足りないかと思ったが、想像以上に楽しんでもらうことができた。

 俺は彼女の新たな一面に気がつくことができ、少し嬉しかった。

 マリンさんも始終楽しそうな表情を浮かべていた。

 その笑顔は心の底から出たものだろう。


「次遊びに行くのはいつにします?」

「アメリア様、学業の方も忘れないでくださいね」

「げっ、」


 アメリア様は楽しみすぎて学業のことをすっかり忘れていたそうだ。

 実技中心と言っても、課題も少なからず出ているはずだ。

 遊んでばかりはいられない。


「確かに遊んでばかりじゃいられないわね。ならマリン、一緒に課題に取り組みましょ!」

「それはいいですね。私もこの世界の常識に疎いので色々教えてもらえると助かります」

「もぉー、マリンは大袈裟なんだから」


 俺は二人の後ろを歩きながらその楽しそうな光景を眺めていた。


(アメリア様が学園生活を楽しんで過ごせるのか不安だったけど、必要のない心配だったな……)


 俺はそんなことを考えながら学園への道を歩く。


 日も落ち始め、前を歩く二人の長い影が楽しそうに揺れている。



---



「アメリアさん、どうして課題を忘れたのですか?」


 次の俺の講義の時、アメリア様が課題を忘れたことはまた別の話である。

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