第17話 アメリアの宣言

「君には、最前線のダンジョン攻略者として講師を頼みたい」


 学長が発したその言葉は俺に向けられたものだ。


「俺はそんなたいそうな人間じゃないですよ」

「それだけのダンジョン産アイテムを身につけておいてか?」

「うっ、」


 俺は痛い所を学長に突かれてしまった。

 どうやら目の前の彼は、俺がつけている道具に気がついているようだ。


「確かに俺はいくつものダンジョンに関わっています。しかし、こうして生きているのは運が良かっただけですよ」

「運だけでダンジョンを攻略できればどれほど楽なことか……」


 学長はため息をついている。


「仕方ない、この手は使いたくなかったが……やれ」



---



 学長の声と同時に窓に何かの影が映った。

 二つの人の影だ!

 俺はそれに気がついた瞬間、左手を動かした。


(武器も持ってないし、使うしかないか!)


 窓ガラスを割って二人の黒装束が入ってきた。

 学長にガラス片が当たらないように割っている。

 相当な手練だ。


 一人が前に出てきた。

 短剣を構えている。

 接近戦に持ち込む気だ。


 もう一人は後方に留まっている。

 あれは、投げナイフか!


 二人の連携は完璧だ。

 確実に俺の退路を塞ぎながら、仕留めにきている。


(これは任せるしかないな……)



---



「それでだ、ネルク君。君はこの状況でも、まだ運だけでダンジョンを攻略したと言うのかね?」


 俺の足元には二人の黒装束が倒れている。

 どちらも気絶して完全に無力化されている。


「わかりました。講師の話はお受けします。ただ一つお願いをしてもいいですか?」

「なんでも言ってくれ」

「講義をする際に仮面をつけさせてください。俺は普段からこの眼帯をつけているので、生徒として行動しにくくなってしまいます」

「分かった、仮面をつけることを許可しよう」

「ありがとうございます」

「これが講師としての日程だ。扱いは非常勤講師となっている」


 俺は学長から紙を受け取った。

 後でじっくり目を通しておこう。


「この学園では才能を持たないというだけで苦労することがあるかもしれない。だが、私は才能が全てではないと思っている。君のように、素晴らしい人間もいるのだから、自信を持って教師をすればいい。何かわからないことがあったら、いつでも聞き気に来てくれて良いからな」

「ありがとうございます。学園生活、全力で楽しみます」

「そう言ってくれると嬉しいよ」


 俺は講師になった。



---



「以上で入学式は終了です」


 次の日、学園の入学式は無事に終了した。

 アメリア様も時間通りに起床して、出席した。

 この学園では自身で学びたい科目を選択してその授業に出席する形だ。

 学園は定められた量の授業を受けることで、進級ができる。

 ただし、成績の良いものは飛び級をしたり、王国兵などにスカウトされることがあるそうだ。

 そのため、生徒全員がより良い成績を残そうと努力している。

 特に家を継がないものは、王国兵として仕えたり、研究所に仕えたりすることを目指しているらしく、頑張っているそうだ。

 もちろんスカウト以外にも、四年の過程を卒業すればある程度の身分が保証されるらしい。


 俺はとりあえず、講師としての仕事と被らないように科目を選択した。

 講師をやるということで、通常より少ない科目数で進級させてもらえることになっている。

 できれば同学年にバレないでほしい。



---



「おい、あの眼帯何者だよ」

「入学早々調子乗ってない?」


 あまり目立ちたくないという願いはすぐに打ち砕かれた。

 今まで普通に接してもらっていたから忘れていたが、眼帯をつけている奴なんて周りを見渡しても誰もいない。

 これじゃあただの痛いやつだ。

 

 俺は入学式後にアメリア様と合流するため早足で移動していた。

 俺の眼帯を見て、自然と道が空けていく。

 そのためすぐにアメリア様の所に辿り着くことができた。


「アメ……」


 俺は彼女に声をかけようとしたが、少し戸惑ってしまった。

 この状況で彼女に声をかけるのは迷惑ではないのだろうか。

 俺だけなら平気だが、彼女まで悪目立ちしてしまうのは使用人として失格ではないのか。

 そんな思いが俺の足を止め、声をかけるのを静止した。


「何やってんのよ、ネルク!」

「アメリア様?」


 まさか彼女の方から声をかけてもらえると思っていなかったので、俺は疑問形で返してしまった。


「それ以外何に見えるのよ」

「いえ、そういうわけでは。ただ、今アメリア様に声をかけるのは迷惑がかかるかと思いまして」


 俺の言葉の意味に気がついたようで、彼女は周囲を見まわした。

 俺の予想通り、周囲の視線は俺たちに集まっている。


「まったく、何を心配しているのだか……。これぐらいのことで私に迷惑がかかると思ったの?いい、私はバターリャ領辺境の地方貴族なの。これぐらい目立ったほうが、都合がいいってものよ!」

「アメリア様……」

「悪目立ち?フン、そんなの上等よ!目立たずにこの学園を去る方が嫌だもの。だからあんたは堂々と私の横に立っていればいいのよ!」

「はい!」


 俺はすぐにアメリア様の横に移動した。

 周囲から視線を浴びせられるが、不快感はない。


「いい機会だから言っておくわ!私は、イザベル・アメリア!この年の最も優秀な生徒になる者よ!!」


 アメリアは言い切った。

 そして笑顔でこっちを向いた。


「さぁ、寮に戻りましょう!」



---



「さっきの光景すごかったわね!」


 俺たちがアメリアの寮にたどり着くまでの間、周囲からはいろいろな言葉を投げかけられた。


 調子に乗ってんじゃねぇー!

 田舎者が出しゃばるな!

 頭のおかしい二人組が通るぞ!

 

 本当にいろいろな言葉を言われた。


 でも、アメリア様はなんとも感じていないようだ。


「アメリア様、強いですね」

「急にどうしたのよ、私が強いことなんて元々知ってるでしょ?」

「そうですね。アメリア様は本当に強いです。俺はこれからも、貴方に仕えますよ」

「あらそう、好きにすればいいわ」


 俺は彼女の強さを知っている。

 こんなに強い人を俺は彼女以外に知らない。


「ねぇ、ネルク?」

「どうしました?」

「私はあなたの凄さを理解しているわ。だけど、周りの人間はそのことに気がついていない。それが悔しいわ」

「アメリア様……。大丈夫ですよ。僕のことをしっかりとみてくれている人もいます。それに、アメリアは僕のことをちゃんと見てくれているじゃないか。それだけで充分だよ」


……


「それもそうね!私がネルクのことを見続けるわ。だから安心して、学園生活を楽しみなさい!」

「これじゃあどっちが使用人かわかりませんね」


 俺はアメリア様の宣言を聞いて笑みが溢れた。



---



 翌日から授業が始まった。

 俺とアメリア様は取った科目が一つも被っていない。

 俺は教師の件もあるため、取る量が少なくていいため、マニアックな座学中心にした。

 実践の科目は取らないことにした。

 俺は才能がないので、身体能力で明らかな差があり、授業についていけないと考えたからだ。

 魔法の基礎や剣の基礎といった座学はすでに充分なほど、頭の中に入っている。

 算術や歴史なども本の知識で基本を抑えているし、個人で図書館で学べばいい。

 こういった理由でマニアックな学問を取ることになった。

 

 声真似の極意

 百年前の薬学

 絶対に間違えない方角の知り方


 今日の科目はこの三つだ。

 俺の履修科目はこんな字面で埋まっている。

 そもそもこんな科目とるやついるのだろうか。



---



 結論から言おう。

 俺の選んだ授業は最高だった。

 

 まずは声真似の極意。

 これは本当に素晴らしい。

 魔力も道具も使わずに、学長そっくりな声を出すことができた。

 次の授業では異性の声の出し方を学べるらしい。

 本当に素晴らしい授業だった。

 ただし、受講者数は三人。


 次は百年前の薬学。

 講師は年齢不詳のおばあちゃん。

 本人曰く、永遠の18歳らしい。

 そんなお姉さんが教えてくれた薬学はとても興味深いものであった。

 そこら辺に生えている雑草でも応急処置に使える種があるらしい。

 受講者数は七人。


 最後の授業は、絶対に間違えない方角の知り方。

 科目名からして怪しさしかなかった。

 そして教室に入ってきた講師は、まさかの筋肉ダルマであった。

 そしてこの講師だが、とにかく声がでかい。

 元冒険者らしく、実戦的な内容で非常にためになる話だった。

 ただし声がでかい。

 受講者数は十人。

 だが半数はもう辞めていった。


 こんな感じで俺の科目はとても良いものだった。

 そして明日は、いよいよ俺の講義の時間だ。


「俺にできるのかな……」


 不安を感じながらベットにもたれかかる。

 既に話す内容は決めてある。

 どんな講義の予定もできている。

 だが緊張は取れないものだ。


「緊張も悪いものでもないか」


 緊張は悪いものではない。

 それは今までの経験から理解している。

 なら、あとはこの緊張を受け止めるだけだ。

 俺は明日のことを考えながら眠りについた。

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