第16話 災悪とダンジョン

 王都についた翌日、つまり入学式の前日、俺はアメリア様の王都観光に付き添うことになった。


「お嬢様、今日は無事起きられたのですね」

「ネルクは心配性なのよ。私はもう15よ」


 俺はアメリア様の使用人ではあるが、そう簡単に寮に立ち入ることはできない。

 最初の頃は多少多めにみてもらえるが、最終的には独り立ちしてもらう必要がある。

 もちろん護衛や学園生活のサポートなどは積極的に行っていく。

 今日の観光のお手伝いもその一つだ。


「でも私王都って全然知らないのよね」

「安心してくださいお嬢様、俺が完璧にエスコートしますよ」

「さすがネルクね!」


 正直彼女に勝手に動かれるよりこちらがプランを決めてしまった方が楽なのだ。



---



「王都ってどうしてこうも賑わってるのかしら」

「そうですね、学園があるというのが大きいですね」


 俺は歩きながらアメリア様の質問に答える。


「学園には貴族様が大勢います。そうした場所には自身の名を広めたいと思っている商人や職人が集まるのです。まぁ、元々王都というのは流行の最先端ではあるのですが、学園ができてからそれがさらに加速した感じですね」

「なるほど、学生が多いから私たちもこうして気軽に街に出れるのね!」

「そうですね」


 アメリア様は様々なものに興味を示した。

 流行りのお菓子、流行りの服、本当にさまざまなものにだ。

 だがそんな中で最も気に入った場所は……


「やっぱりここよね!!」


 キラキラした街の中で異彩を放つ装備屋だ。

 ここにくるまでの間には、流行りを取り入れた装備や、貴族様からも人気のある剣や弓などを取り扱っている場所もあった。

 だがそんな場所には一切興味を示さなかった。

 俺はそのことが少し嬉しかった。


「ネルク、ここ入ってもいいわよね」

「大丈夫だと思いますが、こういう店は頑固な店主が付きものですので気をつけてください」

「分かってるわよ」


 俺はアメリア様と一緒に店へと入った。



---



「……らっしゃい」


 俺の予想通り店主は仏頂面だ。


「へぇー、いい道具が揃っているわね」

「フッ、」


 アメリア様の呟きに少し微笑みを見せた。

 

「ネルク、この剣なんてどうかしら。私に似合ってるでしょ」


 彼女が選んだ剣はかなりの代物だ。

 だが、


「悪くは無いですが、いつも使っている剣で充分じゃ無いですか?」

「それもそうね。それにこの剣、私には少し重すぎるわ。他の商品を見ましょう!」

「はい」


 アメリア様が普段使用している剣はダンジョン産の一級品だ。

 学園でも上位の名剣のはずだ。

 それほどの剣を扱える彼女はもう別の武器に目移りしている。

 弓なんか見てどうするのだろうか。

 今度は自分より大きい大盾に興味が移っている。


「はー、」


 俺は軽くため息をつきながら、先ほど彼女が手にとった剣のところまで歩いた。


「惜しかったな……」


 俺は彼女の剣の隣の箱の中に埋もれていた一本の剣を取り出した。


(この剣を気に入っていたら、流石に買わないわけにはいかなかったな)


 俺はその剣を持ち上げてじっくり観察する。

 

「おまえさん、その剣の価値が分かるのか?」

「そうですね。非常に良い剣だと思いますよ」


 俺はいつの間にか近づいてきていた店主のオヤジさんに話しかけられた。

 俺が手に取った剣はダンジョン産の剣だ。

 見た目は少し薄汚れているが、よく出来た剣だ。

 

「おまえさんはその剣買わないのか?」

「僕では使いこなせませんよ。これ、魔力を流して扱う魔法剣ですね。それもダンジョン産の」

「そこまで分かっているとは驚いたな。お前さん何者だ?」

「少し詳しいだけですよ」

「ふっ、そうか。なら次来た時は自分が使える剣があることを願っとくんだな」


 オヤジさんは少し楽しそうにカウンターへと戻って行った。


「ねぇ、ネルク!これはどうかしら?」

「お嬢様、兜を必要ありませんよ……」

「えぇーー!かっこいいじゃない!このセンスがわからないなんて、ネルクはまだまだお子ちゃまだね!」

「はいはい、そうですね。オヤジさん、また来ますね!」

「あっ、ちょっと!」


 俺はアメリア様の兜を外して棚に戻すと、手を引いて店の外に出た。



---



「あー、楽しかった!」


 あの後アメリア様は拗ねていたが、美味しそうな料理屋を見つけると、ケロッと切り替えてしまった。

 このようなところには本当に助かっている。

 正直、美味しいもので何とかなるのだから、少しぐらい落ち込まれても問題は無い。

 そして料理に満足のいった彼女は、いくつかのお店を見た後寮に戻ることに決めた。

 

「それじゃあ俺はここで失礼します」


 俺はアメリア様を貴族寮まで送り届けた。


「明日は入学式ですのでくれぐれも寝坊しないでくださいよ。どうしてもというなら、お菓子に行きますが……」

「大丈夫よ!」

「わかりました。あっ、服装は学生服ですからね」

「分かってるわよ!本当にネルクは心配性なんだから」


 俺は彼女が寮に入るのを届けて、自分の部屋へと向かった。



---



「そろそろか、」


 俺は部屋で身支度を整えで時間を確認した。


「剣は、持って行かないほうがいいか……」


 俺にはこの剣があれば充分だ。

 いや、この剣しか使えないが正しいか……


 俺は武器屋の店主との会話を思い出しながら、愛剣を壁に立て掛けた。

 そして日が沈みかけ、暗くなり始めてる外へと出た。



---



 俺はとある部屋へと通された。


「まぁ、座りなさい」

「失礼します」


 俺はこの部屋の主人の指示に従って行動する。


「こうして会うのは初めましてだね、ネルク君」

「始めして、イザナト学長」


 俺の目の前に座っているのは、この学園のトップである、イザナト学長だ。

 俺を真っ直ぐと見てくる彼の瞳は、青にも緑にも紫にも映る不思議な色をしている。

 こちらの考えなど全て見透かしそうなその眼に、引き込まれる錯覚を起こしそうだ。


「そんなに緊張しなくて良い。私は権力だけ持つただの年寄りだ」


 彼はそんな冗談を言っているが、笑えない。

 俺は彼が著者である本をいくつも読んできた。

 災悪に対する研究で最前線で活躍していた功績で、災悪に対抗する戦力育成の場であるこの学園を任されたのだ。


「まずはハッキリさせておこう、これは面接などでは無い。ちょっとしたお茶会だ」


 俺と学長の前に使用人がお茶を運んできてくれた。


「いくつか君に聞きたいことがあってな、時間をとってもらって悪かった」

「いえ、大丈夫です」

「そうか、なら良かった。さっそく一つ目の質問だが、君は災悪の唯一の生き残りであるということは間違いないか?」

「そうですね。あの災悪では俺しか生き残っていません」

「そうか、辛いことを聞いて悪かったな。次の質問だが、君はこの学園に入学する上での条件を覚えているかな?」


 才能を持たない俺がアメリア様の使用人として、この学園に入学できたのには様々な理由がある。


「はい、講師と学生を兼任することですね」

「そうだ。君にはこの学園で講師としても働いてもらうことを条件に出した。そして何を教えるかについては、学園に着き次第伝えると連絡してあったな」

「はい」


 俺はこの学園で講師を兼任しなければいけない。

 最初にこの条件を出された時は意味がわからなかった。

 もちろん今も理解していない。

 才能を持つものを育成する学園で、才能を持たない俺が教えるなんて意味がわからない。

 そして何を教えるかについても、未だわかっていない。

 俺はこの日まで不安でしかたなかった。


「最近の研究で、災悪とダンジョンに関係性があることがわかった」

「えっ?」


 初めて聞く情報だ。

 確かに俺もその可能性を考えてはいた。

 災悪が発生した土地、つまりは俺の村があって場所だが、今までなかったダンジョンがいくつも発生していたのだ。

 そのダンジョンは一般には知られていない。

 災悪が発生した土地なのだから、そもそも誰も行こうとは思わないのだろうが。

 だからそこのダンジョンはイザベル家によって、調査や攻略が行われた。

 ダンジョンに関わっていた者を遠征隊と呼んでいた。

 そんな風に、ダンジョンと災悪には何かしらの関係性があるのではと考えていたが、俺は災悪についての専門家でもないため、確証はなかった。


「この学園は災悪に対抗する力を育成する場だ。なら、災悪と関わりのあるダンジョンについての知識も必要になる」


 俺はここまでの話を聞いて、おおよそ俺がやるべきことが分かっていた。


「そこに都合がよく、君が入学したいと言ってきたのだ。わたしは特例を使うことに一切の迷いも無かった」


 俺が才能を持っていないのにも関わらず、特例で入学を認められたのはこのためだったのだ。


「君には、最前線のダンジョン攻略者として講師を頼みたい」

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