第一章 学園編

第13話 教会の子供たち

「お嬢様起きてください」

「ん、もう少し…」

「今日は休日ですが、もう起きる時間です」


 俺は部屋のカーテンを開ける。

 窓から朝日が入り込んでくる。

 

「んっ、んー!今日は休日じゃない。もう少しくらい寝てもいいでしょ」


 お嬢様はベットから上半身を起こしてながら、文句を垂れている。

 これはいつものことなので相手にする必要はない。


「そもそもなんであんたが起こしにくるのよ」

「それはお嬢様の態度に問題があるのでは?」


 お嬢様は朝の機嫌が良くない。

 他の使用人では彼女を制御しきれないだろう。

 実際に今も入り口の扉からこちらを尊敬の眼差しで見てきている。

 

「後はお願いできますか?」

「分かりました。毎朝本当にありがとうございます」

「いえ、彼女の子守は私の仕事なので」

「ちょっと!」

「それでは失礼します」


 俺は朝の身支度を別の使用人に任せて部屋を出た。

 部屋の中から何やら声が聞こえてくるが気にしないでおこう。

 いつものことなのだから。



---



 お嬢様を起こした後は朝食の時間だ。

 早朝から鍛錬をしているため、非常にお腹が減っている。


「おっ、ネルクじゃないか!今日も朝からご苦労なこった!!」

「アンデさんも今から朝食ですか?」

「おう、一晩中門の見張りをしていたからクタクタだぜ!」


 気さくに話しかけてきたこの男性はアンデさんだ。

 元冒険者でその腕を買われて、イザベル家で警護をしている。

 俺の鍛錬仲間だ。


「お前がここにきてもう五年か、すっかりベテランだな!」

「アンデさんには及びませんよ」

「確かに歴だけなら俺の方が長いが、仕事の吸収速度で言えばお前がダントツだな。やっぱ若いってのはいいことだ!俺がお前くらいの時は冒険者として、しょうもない生活を送っていたからな。そう、あれは雨の日だった、」

「まだ冒険者時代の話ですか?」

「お前も聞きたいだろ、冒険者時代の話」

「まぁ、そうですね」

「やっぱそうだよな。男なら冒険に憧れるよな!」


 アンデさんには冒険者時代の話をいくつも聞かせてもらった。

 所々話を持っているだろうが、とても楽しくためになる話だ。

 やはり本で得た知識だけでは物足りない。

 実践経験でしか得られないものも多くなる。

 そんな話をしてくれるアンデさんは俺の師匠と呼んでもいいのかもしれない。


 いや、そんな大した人でもないな……


 目の前で楽しそうに冒険者時代の話をしているアンデさんを見ながら、俺は朝食をとった。


「それで、今度はいつ遠征に出かけるんだ?」

「いや、もう遠征には出ないと思います」

「ん?なんかあったのか?」

「ほら、お嬢様は今年15歳になられたじゃないですか」

「そうか、学園か!お前はあの嬢ちゃんについて行くことになったんだな」

「えぇ、一週間後にはここを旅立ち学園に行きます」

「結構急だな!そうか、寂しくなるな。というか、お前才能はなかったよな。学園に行けるのか?」

「功績でなんとかなったらしいですよ。まぁ、俺はお嬢様の使用人兼護衛ですので、学園では最低限の行動ができれば十分ですよ」

「そう言いつつお前のことだ、普通の学園生活にはならないだろうよ」

「不安なこと言わないでくださいよ」


 俺はアンデさんの言葉に笑いながら食器を片付けた。


「それじゃあまた一緒に鍛錬しましょう!」

「おうよ!」


 俺はアンデさんと鍛錬の約束をして、一度部屋に戻った。



---



「学園か……」


 一週間後に迫った学園生活、非常に不安だ。

 学園は貴族を中心に、才能を持つ子どもたちが幅広く学べる場所だ。

 その目的は迫りくる災悪に対する力をつけるためだと言われている。

 そのような場所にアメリアお嬢様は通うことになる。

 そんな学園だが一つの特殊な制度がある。

 それは使用人を一人つけるというものだ。

 貴族の方にとって学園での一人暮らしというのは、そこそこ難易度が高いということで、使用人を一人つけても良いという制度が生まれた。

 もちろんつけなくて良い。

 そんな使用人だが、なんと学園で授業を受けることができるのだ。

 そのため使用人には才能を持つものを選ぶのだが、

何故かアメリアお嬢様は俺を使用人として学園に連れて行くと言ったのだ。

 当初は才能がないものが学園に入れるわけないと思っていたが、さまざまな理由で俺がついて行くことが許可されたのだ。

 許可されたのなら仕方ない。

 俺はアメリアお嬢様の使用人として学園生活を送ることになった。

 これが決まったのが今から1ヶ月前のことだ。



---



「それでお嬢様、今日は何をするのですか?」

「今から街に降りるわ!」

「まだ冒険者ギルドですか?それとも牧場にピクニックですか?」

「確かにそれも楽しそうだけど、今日はこの街をしっかり目に焼き付けておこうと思うの」

「なるほど、一週間後には学園生活が始まりますからね。しばらく戻ってくるのも難しいので、今のうちにということですか」

「そういうことよ。だから今日も付き添い頼むわね」

「分かりました」


 俺はお嬢様の護衛として同行する。

 そのため、使用人の服からお忍びの服に着替える。

 お嬢様も町娘に扮した格好に着替えたが、どうしても育ちの良さが出ている。

 昔の方が町娘感があったが、ここ数年で貴族様の娘らしくなってしまった。



---



「お嬢ちゃんかわいいね!サービスするよ」

「あら、中々見る目があるわね」

「アメリア、あれはお世辞だ。間に受けるな。おっちゃん、俺の連れなんだ勘弁してくれ」

「ん?なんだネルクか!それなら早く言えよ」

「悪いな、またなんか買いに来るよ!」


 俺は市場で捕まりかけていたアメリアを引き離した。


「あなた本当に顔が広いわね」

「俺はこの街に来て五年も経つんだぞ。買い出しやら、休日の鍛錬やらでそれなりに交流してるからな」

「そういうものなのね」


 アメリアは箱入りとまでは言わないが、少し世間知らずなところもある。



「あっ、ネルクだ!今日も遊んでよ!!」


 俺が街中を歩いていると子供達に囲まれてしまった。


「おっ、教会の子たちか!」


 俺は教会のそばまで来ていたようだ。


「ねぇ、この子達は?」

「こいつらは教会で暮らしている子供達だ。色々と事情がある子達だが、みんな元気のあるいい奴らだ!」

「へぇー、なら今日は教会に行きましょう!」

「街中全部見るんじゃなかったのか?」

「それよりも面白そうだわ!」


 彼女はあまり子供との交流という経験がない。

 未知のことに対する好奇心は昔から人一倍強い。

 こうと決めたらもう意見を曲げないだろう。


「分かったよ。それじゃあ教会に行くか!」

「「やったー!!」」


 子供達に混ざってアメリアも喜んでいる。

 相性は良さそうだ。



---



「お姉ちゃんはネルクの奥さんなの?」

「違うわ。ご主人様よ!」

「ご主人様?」

「んー、なんで説明したらいいかしら。ネルクは私にとっての犬みたいなものよ」

「ネルクは犬なの!?」

「そうよ、ネルクは犬よ!」

「それは違うぞー」


 俺は子供達とアメリアが遊んでるのを見ながら、間違った内容を訂正した。


「アメリアお嬢様も大きくなりましたね」

「心は子供の頃のままですけど」


 俺は神官様の隣に座って話をしている。

 彼はアメリアの選定の儀を取り行った人物らしい。


「ネルク君にはお世話になっています。あの子達がのびのびと暮らせているのも、君が時々遊びに来てくれるからですよ」

「俺もあなたに色々と恩がありますから」


 俺は休日などにこの教会によく来ている。

 理由は色々あるが、隣に座っている神官様にお世話になったからというのも大きい。

 俺がつけている眼帯を作ってくれたのはこの神官様だ。

 俺の左眼は厄介な代物で、この眼帯による封印が無いと、再び流血を起こしてしまう。

 神官様がいうには、左眼が過剰な魔力を使用しているための現象だという。

 左眼で何かを見ていなくても、魔力は失われ続けてしまうらしい。

 そんな現象を止めてくれるのが、この眼帯だ。

 今こうして普通に生活できてるのは彼のおかげだ。

 本当に頭が上がらない。


「あれから左眼に異変はありませんか?」

「大丈夫ですよ」


 俺は彼に一つ嘘をついてしまっている。

 この左眼が何故魔力を奪ってしまうのか原因は不明となっている。

 だが俺だけはこの左眼の力について知っている。

 そのことについて黙っているのは心苦しいが、この秘密は人に言えるものでは無い。


「一週間後に俺とアメリアは学園に行きます」

「時の流れは早いですね。しばらく戻ってこれないのですよね?」

「そうですね」

「それなら、今のうちにあの子達とたくさん遊んであげてください」

「はい」


 俺は腰を上げてアメリアたちの方は向かった。


「さぁ、今日は鬼ごっこでもやるか!」

「「やったーー!!」」


 その日は日が暮れるまでアメリアと教会の子達と遊び尽くした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る