第11話 君の名前は
「勝負は真剣で行いますが、互いに寸止めでお願いします。こんなところで負傷者を出すわけにはいかないので」
試合の判定役は御付きの女性がやってくれるようだ。
「その剣、いいわね」
「父さんからもらった剣だよ。俺に残ってるのはこれだけだ」
「そう、それなら大切にしなさい」
「もちろんだ」
俺は父さんからもらった剣を右手に持ち少女と向き合った。
あの時と一緒だ。
違うのは互い真剣を使っていること。
そして互いに成長したということだ。
彼女は以前と同じ構えをしている。
あれは華流派の構えだ。
以前は俺の知識になかったが今なら彼女の流派についての知識も充分ある。
才能の有無の差があるのは百も承知だ。
それでも俺は戦う術を得た。
あとは全力でぶつかるだけだ。
「それでは試合開始!」
初手はどちらも動かない。
彼女が使う華流派は技の美しさに重点を置く流派だ。
しかし美しさというのは合理的な動きの組み合わせである。
こちらが隙を見せると一気に勝負を決められてしまう可能性が高い。
(攻めるべきか、待つべきか……)
俺は数多くの選択肢の中から最適なものを考えていた。
「来ないの?」
その言葉に体が反応しそうになるが、我慢する。
前回はこのタイミングで仕掛けて良いように返り討ちにされてしまった。
同じ手を喰うつもりはない。
相手に主導権を握らせてはいけない。
攻めるならこっちのタイミングでだ。
互いに動かない時間が続く。
(ここだ!)
俺は自身の呼吸と剣のタイミングを合わせて仕掛けた。
選んだのは勢流派の基本の型だ。
完全に呼吸と合わさった俺の一撃は現状の最適解だった。
しかし彼女はその技を受け止めた。
だが完全に受け止めれたわけではない。
彼女は次の技に移ることができていない。
だがそれはこちらも同じだ。
俺は一度距離を取るため後ろに飛んだ。
そして全く同じ勢流派の基本の型で仕掛ける。
同じ攻めなら相手は同じ防御体勢を取る。
しかも今回はこちらのタイミングが完璧だったわけではない。
彼女なら容易に受け止めてしまうだろう。
だが俺の剣は違う。
勢流派の構えから激流派の構えに変化する。
激流派の一撃は勢流派のものより遥かに重い。
それに型が途中で変化する者など相手にしたことはないはずだ。
この一撃は確実に通る。
俺には確信があった。
俺の剣を受け止めようとした彼女は想定外の一撃で弾き飛ばされた。
剣も手から離れて空中へと舞った。
明確なチャンスだ。
剣を持たぬ彼女の首元にこの剣を突きつければ俺の勝ちだ。
俺は自信を持って一歩踏み出そうとした。
((待て!))
突然俺の脳内に言葉が響いた。
それと同時に目の前の彼女が二重になり、左手から炎が放たれた光景が見えた。
それは一瞬のことだった。
すぐに彼女の姿は元通り一つに戻った。
だが俺は足を止めた。
彼女が左手を俺に向かって構えたのが見えたからだ。
すぐに寒流派の構えをとった。
彼女の手から炎の球が放たれる。
意表をつかれていれば、空中の剣を取られ俺が負けていただろう。
だが目の前の光景は先ほど見えたものと全く同じだった。
俺はその魔法に合わせるように寒流派の技を繰り出す。
炎の球は剣に触れると、その剣を滑るように移動し、軌道が逸れて後方で爆発した。
「嘘でしょ!?」
寒流派は相手の力を利用してカウンターに繋げる流派だ。
俺は魔法を受け流した力をそのまま利用し、滑るように距離を詰めた。
そして剣を取ろうとしていた手を足で払いのけ、そのまま彼女の首元に剣先を突きつけた。
「そこまで!!」
俺はついに勝負に勝った。
---
「非常に見事でした!本当にあなたは才能がないのですか?」
「えぇ、残念ながら」
「残念がることはありません。あなたは才能の差を今覆したのですから。もっと自信を持ってください!」
「あ、ありがとうございます」
判定役を引き受けてくれた女性は、非常に興奮しながら俺の手を握っている。
こんなに正面から褒められることはなかったので非常に照れくさかった。
「ねぇ、最後の技。私の動きが分かっていたような動きだったけどどういうこと?」
「あれは、俺もよく分からない」
「よく分からないって、普通あそこで魔法を使ってくるなんて思わないでしょ!」
「あの時は、魔法を使ったのが見えて、それで……それに合わせなきゃと思って」
「あの動きはライオットとのものだわ」
「ライ兄の?」
「そうよ。彼は未来が見えるからこっちの動きに完璧に合わせてくるのよ。あなたがやった最後の動きはまさにそれよ」
「そういえばあの時、」
俺は戦いの中で兄の言葉を聞いた。
幻聴だと思っていたが、直後に見えたあの光景。
あれは未来だった。
でもどうして……
「俺は兄さんに……えっ、」
俺は思い出したことを彼女に伝えようとした。
しかし異変に気がつき声が止まった。
視界の左側が真っ赤に染まってるのだ。
「ねぇ!その眼、大丈夫なの!?」
「大丈夫って?あれ、おかしいな」
左眼の痛みは無くなったはずだ。
だが流血が止まらない。
「ねぇ、ねぇ……」
「そういえば名前聞いてなかっ……」
俺は遠のく意識の中で彼女に名前を聞こうとしたが、そこで意識が途切れた。
---
……ここは?
俺が目を覚ますとそこには知らない天井があった。
確か俺は……
「倒れたのか、」
俺は直前の行動を思い出した。
災悪で全てを失ったこと。
その後試合をしたこと。
勝負には勝ったけど、眼の流血がひどく倒れたこと。
全てを思い出した。
(そうか、あれは夢じゃなかったか)
俺は大切なものを多く失った。
だけど前を向くことにしたのだ。
村の人の分も、父さんと母さんの分も、そしてライ兄の分も俺が生きるんだ。
「それでここはどこなんだ?」
俺は妙に体が重たく、ベットから起き上がる気にはならなかった。
左眼の痛みはないが、どうやら眼帯をしているらしい。
きっと誰かが処置をしてくれたのだろう。
それにしても体が重い。
特にお腹あたりが……
俺は顔を起こして自分の体を見た。
「んー、ムニャムニャ」
そこにはいたのだ、
あの少女が。
「おい、こんなところで何してる」
返事はない。
(こいつ、人の上で爆睡してやがる。一体どれだけ図太い神経してるんだよ!)
「おい!おい!」
俺が体を揺さぶると眠そうに目をこすりながら顔を上げた。
「あれ?ここどこ?」
「それは俺が聞きたいんだが!」
「えー!?なんであんたがここにいるの!」
俺の顔を見て少女は驚き、すごい勢いでベットから離れた。
それと同時に俺の体はすごく軽くなった。
どうやら調子が悪かったわけではないようだ。
「あっ!私が起きるまで面倒を見るって言ったんだった……」
どうやらお嬢様はポンコツなようだ。
「それでここはどこなんだ?」
「ここは、私たちイザベル家の屋敷よ」
「やっぱり、君はイザベル家のお嬢様だったか」
「そういえば、名乗る前にあなた倒れてしまっていたわね。私に勝ったら名前を教えてあげるという約束、果たさないといけないわね」
そう言うと彼女の顔つきが変わった。
「私はイザベル家次女のアメリア・イザベルです」
スカートの端をつまみ頭を下げながら挨拶する姿は様になっている。
「これでいいでしょ」
一瞬感心したのがバカみたいに感じる。
すぐに彼女はいつも通りの強気な態度に戻った。
そういつも通りのだ。
「もう体は大丈夫なの?」
「なんの問題もないです。それよりこの眼帯のことは何か知っていますか?」
「……その口調は何よ」
「アメリアお嬢様は貴族様なので」
「そういう堅苦しいのはいらないわ。だってあなたは私に勝ったのだから」
「それじゃあ元に戻すね。俺の眼帯については何か知ってるか?」
「詳しいことは分からないわ。ただカッコイイと思うわ!」
本当にアメリアお嬢様はこのようなものが大好きだな。
「それじゃあ私は行くわ」
「俺はどうすれば?」
「私がここにいたのはネルクが目覚めるのを待つためよ。確か父様が話を聞くと言ってたからそろそろ来ると思うわ。それまでそこで待ってるといいわ」
そう言い残して彼女は部屋から出て行った。
非常に元気なお嬢様だ。
でも不思議と落ち着く。
まるで何年も同じ空間で過ごしていたかのように。
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