第10話 始まり
体が痛い。
左目にひどい痛みを感じる。
「雨か……」
俺は涙が枯れるまで泣き続け、下を見続けていた。
どれくらいその状態でいたのだろうか。
気がついたら雨が降っていた。
---
俺はいつまでこうしているんだろうか……
「ネルク、今日はこっちを手伝ってくれ!」
俺の大好きなあの村は消えてしまった。
もうみんなの声を聞けないんだ。
静かだけど賑やかなあの村はもうなくなってしまったのだから。
「気をつけてね」
母さんとの会話はこれが最後だった。
俺は才能が無くて、魔法が使えないから教えがいのない息子だったはずだ。
それでも、俺と父さんの剣の打ち合いを見て楽しそうに笑ってくれていた。
俺は腰に残っている剣を手に持つ。
父さんからもらった剣だ。
「ネルク、これを使え」
父さんはなまくらだと言っていたが、この剣は決してそんなものではない。
きっと父さんが冒険者時代大切に使っていたものだろう。
俺に残っているのはこれしかない。
でもこれが残っている。
「ネルク、頑張れよ」
ライ兄……
どうしてだよ、
どうしていなくなっちゃったんだよ。
兄にはすごい才能があった。
天才だと言われていた。
でも兄は、なんの才能もない僕に剣を教えてくれた。
一緒にいてくれた。
信じてくれた。
だから僕はここまで頑張ることができた。
そんな兄がいなくなった。
「お前なら、大丈夫だ」
(え?)
「いつまでここにいるつもりだ?」
(村も、父さんも、母さんも全部なくなった。僕はどうすればいいんだよ!)
「災悪を止めるんだ」
(……)
「失ったものは戻らない。だけど、これから守ることができるものは多くある」
(ねぇ、ライ兄……)
「どうした?」
(これからも、そばにいてくれる?)
「もちろんだよ」
俺はいつまでここにいるつもりだ?
失ったものは多い。
だけど俺は生きている。
なら、俺にはまだやるべきことがある。
これ以上悲しい思いをする人を増やしてはいけない。
俺には才能はない。
だけど、体は残っている。
なら、その全てを使ってやる。
「災悪は俺が絶対に止めてやる!」
不思議と体から痛みが取れていた。
左目の痛みもない。
俺は立ち上がる。
もう雨は止んでいる。
前に進もう。
---
「おい、誰かいるぞ!!」
俺が歩き始めてしばらくした頃だった。
前方から声が聞こえた。
目を凝らすと数十人ほどいることが分かった。
彼らはこちらに近づいて来る。
近づいてきたことではっきりとその姿を見ることができた。
きちんとした格好の者とそうでない者が合わさっている。
「お嬢様!待ってください!」
一人駆け足でこっちに近づいて来る。
どこか見覚えのある少女だ。
「ライオット!!」
彼女はそう言いながら俺に抱きついてきた。
「えっ、ちょっと待って!」
突然の出来事に俺は動揺しながら、少女を突き放した。
「俺はライオットじゃないです!」
「えっ!?よく見たら目の色が違うわね。それに少し体つきも違うわ」
「俺はネルク、ライオットの弟です。そういうあなたは一体誰なんですか?」
「君、あの時の弟君か!」
「あの時……あっ!」
俺はその言葉で気がついた。
目の前の少女が誰なのかに。
おそらく俺の質問には答えてくれないだろうということに。
「私の名前は教えることはできないかな。まだあの時の約束が残っているし」
俺は目の前の少女もある約束をしていた。
俺が彼女に勝てるまで名前を教えてもらうことができないという約束だ。
「お嬢様先に行かないでくださいよ!」
飛び出してきた少女を追って、一人の女性が来た。
「まさか彼は災悪の生き残りですか!?」
そして俺を見て驚愕の表情を見せた。
「あれ、よく見たらライオットじゃない!」
「いや、僕はライオットじゃないです」
「そうよ、彼はライオットじゃないわ。彼の弟のネルクよ」
「あぁ、確かに彼は弟がいると言っていましたね」
二人以外の人はこちらには来ないようだ。
「それにしてもよく生き残りましたね。でも、彼の弟さんなら納得できますね」
「あなたは知らないのだったわね。ネルクはライオットと違って、才能が無いのよ」
「え!?彼の弟は才能が無いんですか!」
「そうよ。それでも彼は生き残ったのよ。それをライオットと比較するのは違うわ」
「失礼しました」
「いえ、気にしないでください。俺はそんなたいした人じゃないんで。今生きているのも、ライ兄のおかげですから」
「そのライオットはどこにいますか?」
「……亡くなりました」
「えっ、嘘ですよね?彼が亡くなるんて、そんなはずないですよね!」
女性は信じられないと言った表情を見せた。
話を聞く限り、兄ことをよく知っていそうだった。
なら、兄の凄さも知っているはずだ。
だからこそ受け入れられなかったのだろう。
「……そうですか。彼も亡くなってしまいましたか。残念です。詳しい話も聞かなければいけないので、私たちと一緒に来てください。おそらくあなたは唯一の生き残りなので」
「わかりました」
「ちょっと待って!」
「お嬢様?」
「ネルク、今から私と勝負しなさい!」
「突然何を言い出すんですか!」
少女からの急な提案だった。
だが、
「いいですよ」
俺は何故かその勝負を受けてしまった。
体の痛みが取れたからだろうか。
やり切れない気持ちを発散したかったからだろうか。
理由は分からない。
それでも俺は彼女の提案に賛成した。
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